第一話
本当に何となく、ちょっとした思いつきだった。
何となく死のうと思って、美しい世界に囲まれたまま、何となくこの世を去るはずだった。が、どうもうまくいかなかったらしい。気づけば単調な黄色の壁に囲まれた何も無い部屋の中にいた。
突然のことで驚きはしたし、問うても意味がないような質問も浮かんだが、問題は別にある。死ぬ方法がない。死ぬと踏ん切りをつけたのに死にきれないのは私的に良くない。どう死のうか?蛍光灯をとって割って首にでも突き刺す?ダメだ。背伸びしてもジャンプしても届かない。
探そう。
死ぬ方法を。
震える足をおさえながらゆっくりと立ち上がる。ふらふらしながらもゆっくりと歩き出す。ずっと同じ黄色の壁と蛍光灯に吐き気を催す。あまりにも単調すぎて面白みがない。精神がさらに狂ってしまいそうだ。
どこまで歩いただろうか。ずっと繰り返す光景のせいかどれだけ進んだのかわからない。けど時間で言ったら数分、いや数十分は経っただろう。ちょっと休もうか。
壁を背に座り込んで息を整える。
すると。突然。
「……コン、コン」
ノックのような音がした。誰かいるのだろうか。この頭のおかしい空間に私以外の人もいるのだろうか。周囲を見渡してみる。
何かが網膜に映る。居た。但し人では無い。人型の、全身が黒い、ワイヤーが絡み合ったような見た目をしている。
化け物だ。そうだ、化け物に違いない。なぜならこんな生物、存在するはずがないのだから。
化け物が動き出す。
いや――こちらの方に振り向いた……?
「ゥ゛……ゥ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛……ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛――ッ!!」
叫び、いや咆哮だろうか。その化け物から発せられたけたたましい音が黄色の壁に反響する。そして、化け物は走り出した。こっちに向かって一直線に。
敵意。明らかな敵意だろう。いや、もはやあれは敵意を超えた殺意だろうか。
私は走り出した。化け物から逃げるため。死にたいはずだった。死のうとしてたはずだった。けどあんな気味の悪い化け物に殺されるくらいなら、生きてそのあと死んでやる。恐怖が背後から迫ってくる。徐々にあの化け物が迫ってくる。死にたいと言う気持ちより先に恐怖から逃げたいと言う気持ちが勝つ。必死に黄色の壁だらけの空間を走りぬける。嫌だ。あんな化け物に殺されたくない。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいや……
1
「はぁ!はぁはぁはぁ……」
目覚めるとそこはベッドの上。私の家のベッドの上だった。
息が苦しい。心臓が激しく鼓動する。
何だったんだあれは。夢であったのだろうか。
そのわりにはかなり現実のように思えたが、やっぱりあの空間やあの化け物は非現実的だった。
周りを見渡してあの空間でないことを確認すると、安堵のため息をついた。時計は夜の8時を指していた。が、少しばかりの違和感があった。
「20××年5月12日…?」
20××年5月12日。それは、私がこのアパートの屋上から飛び降りたはずの日の前日だった。まぁ、いい。夢なのだから。夢だったおかげで、ちゃんと自分の手で死ねる。あんな化け物に追い回され殺される心配はないのだ。私は自らの手で死ぬ手段を得たのだ。
日を跨いでからまた屋上に来た。深夜。夢の中と同じ光景。ほぼ同じ時間だろう。同じように屋上の端に立ち止まり、腕を広げる。
夢の中のように落ちてもあの空間に飛ばされることはないだろう。だってあれは夢なのだから。あんな非現実的な空間が存在する訳が無い。このまま落ちよう。
相変わらず夜空は綺麗だった。そして、飛んだ。私の体は地面へと投げ出された。次こそちゃんと自分の手で死ねた。
――はずなのに。
目が開く。体も動く。痛むところもない。まさか。まさかこんなことが。目の前に広がる光景を見て受け入れ難い真実を信じざるを得なくなってしまった。これは現実なのかもしれない。
古くて湿ったカーペットの匂い。単調な黄色の壁と耳障りなハム音を響かせる蛍光灯が、どこまでも連続する。恐怖感と共に懐かしさをなぜか感じさせるような何も無い空っぽな部屋。
まただ。
またしても。
私はこの空間に、落ちてきてしまった。
第一話読んでくれて圧倒的感謝....!次も読んでね!




