第4話:白のかたち
雨の夜だった。
いつもと同じはずなのに、どこか——空気が違った。
男は、森の奥へと足を運ぶ。
理由は、もうはっきりしていた。
確かめるためではない。
ただ——あの場所に、いると知っているから。
祠の前。
水面は、静かに揺れている。
しばらく、何も起きない。
だが——
「……来たか」
声がした。
振り向く。
そこに立っていたのは——白い男。
長い髪。
静かな眼差し。
だが、その存在は人とは明らかに違う。
「……白き神」
男は、思わず呟いた。
白い男は、否定しない。
ただ、わずかに目を細める。
「珍しいな」
低く、落ち着いた声。
「人が、ここまで来るとは」
男は、少しだけ笑う。
「もう何度も来てるよ」
「……そうか」
それ以上は、何も言わない。
沈黙。
雨の音だけが、二人の間に落ちる。
「……あの子は」
男が、口を開く。
白い男の視線が、わずかに動く。
その時、水面が揺れた。
黒い影が、浮かび上がる。
やがて、それは形を変え——人の姿を取る。
黒髪の少女。
「……また来てる」
少しだけ呆れた声。
けれど、その響きはやわらかい。
「悪いか?」
男が返す。
少女は少しだけ考えてから、
「……別に」と視線を逸らした。
そのやり取りを、白い男は静かに見ていた。
何も言わない。
ただ、自然に少女の隣に立つ。
距離は近い。
触れてはいない。
けれど——離れてもいない。
それだけで、わかる。
「……そうか」
男は、小さく呟いた。
白い男が、視線を向ける。
「何がだ」
男は、少しだけ笑う。
「ちゃんと、隣にいるんだなって」
少女の目が、わずかに揺れる。
白い男は、何も言わない。
だが、ほんのわずかに少女の方へと距離が縮まる。
それは無意識のようで、
けれど確かに——“そこに在る”ものだった。
「……ここが、いいの」
少女が、ぽつりと呟く。
「ここにいると……静かだから」
白い男が、横目で見る。
「それだけか」
少女は少しだけ困ったように黙り、
やがて「……それで、いい」と小さく言った。
否定はしない。
肯定もしきらない。
けれど、白い男はそれ以上何も言わなかった。
それが——受け入れている証のように。
雨が、少し強くなる。
三人の影が、水面に映る。
白。
黒。
そして——人。
やがて、二つの影はゆっくりとほどけていく。
人の形が崩れ、白と黒へと戻る。
最後に、黒がほんの一瞬だけ振り返る。
何かを言うように。
けれど、そのまま水の中へと消えた。
静寂。
男は、しばらくそこに立っていた。
やがて、ぽつりと呟く。
「……番、か」
雨は、何も答えない。
ただ静かに、すべてを包み込むように降り続いていた。




