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影添いの契  作者:


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1/5

第1話:忌み子の嫁入り

和風の異類婚姻譚です。


静かな物語になりますが、

誰にも受け入れられなかった少女が、

ひとつの“居場所”を見つけるまでのお話です。


最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。

雨は、やさしく降っていた。


まるで、誰かが泣くのを隠すみたいに。


少女は、濡れた葉の影にしゃがみ込んでいた。

黒髪は水を含んで重く、頬を伝う雫が血のような痣をなぞる。


その顔の半分を覆うそれは、

生まれた時から消えない“印”。


「バケモノ」


そう呼ばれるのには、もう慣れていた。


目は虚ろで、何も映していない。

まるで、死んだ魚のようだと誰かが笑った。


本当は——


優しい子だった。


泣いている子に手を差し伸べて、

転んだ子に布を巻いて、

寒そうな子に自分の上着を渡して。


けれど、その手は振り払われる。


「触るな」


「穢れる」


そのたびに、少しずつ、

何かが削れていった。


だから少女は、やめた。


笑うことも。

願うことも。

期待することも。


すべてを、諦めた。



「今夜だ」


村人たちは、彼女を囲んだ。


白い布をかけられ、

縄で軽く縛られる。


逃げないと知っているから。


「土地神様への嫁入りだ」


誰かがそう言った。


それは“嫁入り”なんかじゃない。

ただの供物——生贄。


この山に棲む白き大蛇へ捧げる、忌み子。


少女は、何も言わなかった。


どうせ、どこにも居場所なんてない。


ここで終わるなら、それでもいい。



深い森の奥。

水の溜まる静かな祠。


少女は一人、そこに置き去りにされた。


雨音だけが、世界を満たす。


「……ここで、終わり」


ぽつりと呟く。


怖くはなかった。


ただ、少しだけ——


寂しかった。


その時。


水面が、揺れた。


ぬるり、と白い影が浮かび上がる。


巨大な、白い大蛇。


金の瞳が、少女を見つめていた。


逃げるべきだと、頭は理解する。

でも、体は動かない。


いや——


動こうとしなかった。


「どうぞ」


少女は、静かに言った。


「食べてください」


声は、震えていない。


それを見た大蛇は、わずかに首を傾けた。


「……なぜ、泣かぬ」


低く、響く声。


驚きはしなかった。

もう、何もかもがどうでもよかったから。


「泣いても、意味がないから」


少女は答える。


「誰も、助けてくれないし」


雨音が、少し強くなる。


「……お前は、優しい」


大蛇は言った。


少女は、初めて目をわずかに動かす。


「優しくなんて、ない」


「優しかった、だ」


ぽつりと訂正される。


「削られたのだな」


その言葉に、胸がわずかに痛んだ。


忘れたはずの感情が、

小さく軋む。


「……どうでもいい」


少女は視線を落とした。


「もう、終わるから」


沈黙。


やがて、大蛇はゆっくりと少女の周りを巡る。


その巨大な体が、水面を割る。


だが——


襲ってこない。


「顔を、上げよ」


言われるままに、少女は顔を上げた。


痣に覆われた半分の顔。

虚ろな瞳。


それを、真正面から見つめて。


大蛇は言った。


「美しい」


その一言で。


少女の世界が、止まった。


「……え?」


聞き間違いかと思った。


「心が、だ」


静かに続ける。


「壊れかけても、なお優しさを捨てきれぬ」


「それを、美しいと言わずして何と言う」


ぽたり、と。


涙が落ちた。


自分でも、驚いた。


もう、涙なんて出ないと思っていたのに。


「……そんなの、初めて」


声が、震える。


「初めて、そんなこと言われた」



その時。


水面が、もう一度大きく揺れた。


白い巨体が、ゆっくりと形を変えていく。


鱗がほどけ、光となり、

やがて——人の輪郭を成す。


白い髪の男が、そこに立っていた。


静かに、少女を見下ろす。


その目は、先ほどと同じだった。


「ならば——」


男は、手を差し出す。


「我が伴侶となれ」


少女の呼吸が止まる。


「食うのではない」


「共に在れ」



その言葉と同時に。


水面に、もう一つの影が映った。


それは——黒。


少女の足元から、影が滲むように広がる。


冷たいはずの水が、どこか温かい。


「……これは」


戸惑う声。


男は、静かに告げた。


「影は、切り離せぬ」


「ならば——添え」


その言葉に呼応するように。


黒は、少女の輪郭をなぞるように絡みつく。


拒絶ではない。


侵食でもない。


ただ、寄り添うように。



「お前のすべてを、否定しない」


「そのままで、在れ」



少女は、震える手で顔に触れた。


痣は、消えていない。


それでも。


それを否定するものは、もうどこにもなかった。



「……いいの?」


消えそうな声。


「こんなのでも」


男は、迷いなく答える。


「ああ」



少女の中で、何かがほどけた。


壊れていたはずの心が、

静かに息を吹き返す。


黒い影は、少女の背へと流れ。


やがて、ひとつの“かたち”になる。


それはまだ曖昧で、定まらない。


けれど確かに——


“もう一つの存在”だった。



「……じゃあ」


涙を流しながら、少女は微笑んだ。


それは、とても小さくて、

不器用で、けれど確かに優しい笑みだった。


「よろしく、お願いします」



白と黒。


二つの影は、静かに重なった。


それが——


“影添いの契”の、はじまりだった。

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