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呪いのビデオ

挿絵(By みてみん)

しつこくなるチャイム音。鳴らし方からあきらかにまともな来客ではないのはあきらかだ。

「……誰やねん、こんな朝っぱらから」

味噌汁の椀を持ったまま、奥川雅也は露骨に顔をしかめた。

向かいの紫も、同じように眉を寄せる。

「嫌な予感しかしない」

「同感や」

鳴り止まないチャイム。

鍵を開けると返事も待たず、引き戸が開いた。

「やあ」

当然のように入ってきたのは、根地夕子だった。鞄から取り出したのは、黒いビデオテープ。

「ちょっと面白いものを手に入れてね。一緒に見ないか?」

雅也は深くため息をついた。

「……また随分な骨董品やのう。なんやそれ」

「驚きたまえ。なんと、呪いのビデオだ」

「だろうね」

紫が即答する。

「冷めた反応だね」

「逆にお前が違うもん持ってきたほうが驚くわ」

「じゃあ次は『わんわん物語』か『風と共に去りぬ』でも持ってくるよ」

「微妙なチョイスやのう。『容疑者Xの献身』とかの方がええわ」

「おや、意外だね。『孤狼の血』とかかと思ったよ」

「俺はミステリーの方が好きなんや。いいから帰れや」

「水臭いじゃないか」

そう言いながら夕子は雅也の静止を振り切って上がってゆく。

夕子は勝手に席に着く。

「ちょうど朝餉中だったんだろう?私もご相伴に与ろうかな」

「厚かましいのう……」

雅也は頭を掻いた。

「お前の学校、こんなんばっかりなんかい」

「知らないよ。たまたま来る人が厚かましいだけじゃない」

紫が淡々と返す。

(お前もその中に入っとるんやがな)

言葉を飲み込み、雅也は味噌汁をすすった。


三人で朝食を囲む。

湯気がゆらゆら漂う中、雅也が顎でビデオを指した。

「で、それ。どうやって手に入れたんや」

夕子はほんの少し間を置いた。

「ルートは言えない。ただ……とある殺人現場にあったビデオ、とだけ」

「……お前、したり顔で言うてるけど、完全に語るに落ちとるぞ」

「まあいいじゃないか」

夕子は立ち上がる。

「それで、なんで俺んとこやねん」

「君の家ならビデオデッキあるだろうなって」

「そんなもんあるわけ――」雅也は言いかけて止まった。「――当たっとるのが癪やのう」

紫が覗き込む。

「呪いのビデオって、見たら死ぬやつ?」

「世間的にはな。ただ、映像だけで呪いを成立させるのは難易度が高い」

「ありえなくはない?」

「まあな」

「わくわくするね」

夕子は躊躇なくデッキにテープを差し込んだ。

「勝手に入れんなや」

「貞子が出てきたらボコボコにしてよ、紫ちゃん」

「任せてよ。出てきた瞬間ボコボコにしてやるから」

「出てくるんは七日後や」


カチ、と再生音。

砂嵐。

ザーッというノイズが、やけに耳に刺さる。

長い。

「……遅いね」

紫が呟いた、その瞬間。

画面が切り替わる。

朝日が見える。

誰かの視点。荒い呼吸音。

――走っている。

暗い住宅街を、ひたすらに。息を切らして、何かを追いかけるように。

「なにこれ」

「思ってたのと違うな。スナッフムービーでも期待してたんだが」

夕子が首を傾げる。

「しょうもない。早送りせいや」

夕子がリモコンに手を伸ばした、その時。

「――待って」

紫が静かに、しかしはっきりと画面を指さした。

「今、桜花庵が映った」

「は?」

「うちの近所の甘味処」

沈黙。

夕子の口元がゆっくりと歪む。

「……なるほど。これは"記録"じゃない」

「中継だ」

「何がおもろいねん」

雅也は舌打ちし、テレビのコンセントを引き抜いた。

それでも――

映像は、止まらない。

「……クソが」

「先生、もう家の前だよ」

画面の中の"それ"が、玄関に手をかける。

――バンッ!!

衝撃。画面が大きく歪む。

一瞬だけ、影が映る。

人の形を、していない。

「結界や」

雅也が低く言った。

「ある程度の怪異とかは弾くようにしてるが……」

"それ"は、もう一度手をかざす。

ミシ、と軋む音。

パリン、と何かが割れる。

雅也の顔が、歪んだ。

「……壊しよった」

「珍しいね。たいていの怪異は弾かれて消えるのに」

「お前がいろいろ連れてくるから強化したんや」

「先生も苦労が絶えないね」

紫が、楽しそうに言う。

「誰かのせいでな」

苦々しく雅也は言う。


玄関が、開く。

足音。

重い。湿った何かを引きずるような音が、廊下に響く。

だが、同じ景色を回り続ける。

夕子が目を丸くする。

「今度はどんなからくりだい」

「無限回廊や」

雅也が言う。「出られんようにしとる」

「君の家、アトラクションか何かなのか」

「他人事みたいに言うのう。誰のせいやと思っとんねん」

その時。

"それ"が、止まる。

ゆっくりと、顔を上げる気配。

見えないはずの――こちらを、見る。

ドアノブが。

内側から。

ギィ……と、回り始めた。

「……来るね」

紫が一歩、前に出た。

次の瞬間、振り返りもせずテレビへと踏み込む。

――バキィッ!!

拳が叩き込まれ、画面が砕け散った。火花。映像が潰れる。

「よし、これで――」

だが。

止まらない。

廊下の向こう。

ドアノブが、さらに回る。

ギリ、ギリ、と音を立てて。

「……あ、これダメだね」

紫が静かに呟く。

雅也はすでに銃を手にしていた。

「伏せとけ」

紫が自然に耳を塞ぐ。

ドアが――

わずかに、開く。

隙間から差し込む、黒い影。

何かが這い込もうとする。その輪郭が、じわじわと広がる。

「……チッ」

引き金が引かれた。

轟音。

ドアの向こうで、

ギャアアアアアアッ!!

空気が震える。そして――静寂。

完全な、無音。

紫がゆっくりと顔を上げた。

「……消えた?」

雅也は煙草に火をつける。

「やっぱり、これに限るのう」

「最近躊躇ないよね、先生」

「今さらや」

夕子が肩をすくめる。

「むちゃくちゃだな」

「原因の張本人がどの口で言うとんねん」

「……先生」

紫が指差す。

テレビの下。

白い煙が、ゆっくりと立ち上っていた。

「ビデオデッキからなんか煙出てるよ」

「……ああああ……」

雅也が頭を抱える。

「動くデッキ、貴重なんやぞ……!」

夕子がくすりと笑う。

「この呪いは、君には効いたみたいだね」

「やかましいわ。さっさと帰れ」

朝の光の中、白い煙だけが静かに漂っていた。

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