漆
「着物、めんどくさい…」
人型になった私に待ち受けていた試練は着物だった。
何枚もの布を重ねて最後に帯を締めれば今まで経験したことの無い息苦しさに時折呼吸を忘れてしまいそうになる。
勢いよく蓮に帯を締められた際はぐえ、と情けない声を出してしまった。
浜辺を歩いていた女の子たちはこんな苦しい思いをしていたのかとふと思い出す。
「ほらほら覚えてよ。
椿は絶対教えられないから。」
興味が無いな、と彼は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
ならば蓮はそういうことに興味津々なのだろうか。
気にはなるが嫌な予感がするから聞かないでおこう。
「歩けそうか?歩けないならしばらく此処にいろ。
無理に外を歩いても他の連中からじろじろ見られるだけだ。」
「え、どうして?」
そう問いかければ椿は私の髪を一束掬いとってじっと眺めている。
「桜の髪の色は大陸の人間と同じだから珍しいんだよ。その目の色も、ほとんど見ないね。」
疑問には蓮が答えてくれた。
それなら確かに外はあまり出たくない、まだ本調子でないのに見世物のように扱われては精神的に参ってしまう。
「俺はもう帰る。
傷が開く前にとっとと寝てしまえ。」
「でも気づいたら動けるようになったよ?」
「いいから寝ろ、また明日来る。」
「はいはい、気をつけてね。」
蓮が声をかければすぐに椿は退室した。
私は寝台に腰掛けたまま窓の外を眺めていた。
気づけば夕方、先程まで青空を背景に桜が花びらを散らしていたが今は風も収まったのか橙色の中に佇んでいた。
蓮は着替えついでに取り替えた包帯を片付け始め、その手にいっぱいになるほど抱えた。
恐らくここ数日?分はあるのかもしれない。
「そういえば桜ってお腹は空くの?」
「空くよ。でも今は平気、大気中の魔力だけで足りるから。」
「へぇ、面白い構造してるね。今度調べさせてよ。
…ひとまず僕は隣の部屋にいるから、傷が痛んだりしたら呼んでね。」
こくり、一度頷けば蓮も退室した。
一人残された部屋で自然と考え事を始める。
まずあの二人は何者なのか、うっすらと魔力を感じるあたり人ではないことは分かっていた。
人であれば私を見つけた時点で解体して売りさばくか生きたまま見世物として各地を巡業する、かつての姉さんや妹達の末路だ。
人魚、という生き物に人は期待し過ぎている。
見た目は確かに珍しいだろう、その上漁の網にかかることもある間抜けな生き物。
それでもどこから出たのか血肉を食えば不老不死になるだの、不治の病に効果があるだの噂には尾ひれがつく。
つくのならもう少し美しいものがいい。
なら人でなければ人魚に何を期待するのか。
私はとうの昔に戦う力は失った、あるのは自衛のためのちょっとした技。
ただただ退屈な日々を海の底で堕落したまま過ごす生き物だと言うのに。
わからない、考えれば考えるほど。
それとも人と同じように不老不死を求めるのか。
でも、ようやく退屈が終わりそう。




