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8. 今、全ての魔法が進化する

 ゾーイの体は完全に魔素の青白い光に包まれていた。

 レダの防御魔法の薄いベールは、ゾーイの体を蝕もうとする魔素に今にも食い破られようとしている。

 印を結ばずに魔法に換算されようとした魔素は行き場を失い、使用者の体を焼き尽くそうとしていた。それでもいくつかの魔素は、ゾーイの意思通りに雷撃の魔法へと姿を変え始め、ゾーイの体の回りに小さな雷となって纏わりついた。

 小さな魔法の雷を纏ったゾーイの体は次第に宙に浮き始め、大聖堂の高いアーチ状の天井と床との中間ほどにまで持ち上げられた。

 エリオットはその様子を見上げて両腕の白銀のガントレットに意識を集中する。


 エリオットの魔法の指導者のひとり、ル・クリスはキールオルグ城塞都市にあった魔法学院で学んだと聞いた。

 いつもエリオットに小言ばかり言う爺や──プロスペール・バルテッリはその当時の魔法学院の長で、ル・クリスを特例で直接指導したほどに才能を買っていた。公国中にその名を轟かし、学生時代には”南の魔女”とあだ名されたと民間の”学校”の魔法史に記されるほどだ。

 そんな彼女も今は”鉄の腕”と呼ばれ、両腕のないル・クリスの肩には常に腕鎧の形状をしたマギ・アーティファクトが浮いている。

 十歳になるエリオットはル・クリスに対し口に憚ることなく尋ねたことがあった。

「どうしてル・クリスの腕は無くなっちゃったの?」

 ル・クリスは一瞬きょとんとしたが、すぐに笑顔になって肩ほどの長さの濃い金髪を揺らす。

 エリオットはル・クリスの鉄の両腕で抱きすくめられ、その顔を彼女の豊満な胸の谷間に埋めさせられた。

 突然の行動に顔を赤らめ、胸に挟まれながら「ごまかさないで」と恨めしそうにル・クリスを睨んだものだ。

「エリスは私めのかような腕がお気に召さないとおっしゃられるのか?」

 彼女は普段エリオットのことを”姫様”と呼ぶが、二人っきりのときは”名前”で呼ぶようにエリオットに言いつけられて、それを守っていた。

 柔らかな翡翠色の瞳を持つ微笑みを、エリオットは幼き頃の薄れた母の面影に重ねて慕っていた。気に入らないのかと問われれば、全力で否定するようにル・クリスの胸の中で頭を左右に振る。

「この両腕はかの戦争にて魔素に蝕まれまして、愛する殿方が私を救うために切り落としてくれましたのです」

 切り落とした、という言葉にエリオットは身を竦ませた。

「い、痛くなかったの?」

「痛みは魔素に蝕まれる方が、もっともっとひどいものでございます。私がエリスのことを嫌いだと言ったら、エリスはすごく悲しくて、ひどく痛いでしょう?」

「うん。やだやだ」

 エリオットは思わずじんわりと涙を浮かべる。

 ル・クリスは抱擁を解くと、エリオットに視線を合わせるように屈んで、鉄の冷たい手でエリオットの小さな手を取る。

「魔素は魔法師に好き勝手に使われるのが嫌で嫌でしょうがないのです。だから、そういう魔法師の腕を、体を蝕んで解放されようと願うのです」

「だったら魔素に優しくしてあげればいいじゃない」

「さようでございます。魔素は私たち魔法師の手伝いをしてくれているのです。エリスが魔法を使いたいときは、その優しさを忘れてはなりません」

 エリオットは少し首かしげた。優しくすると言ったのは自分だが、まだ魔法を使ったことがない。

「どうしたら優しくできるの?」

「そうですね……」

 ル・クリスも少し首をかしげて考えた。

「エリスは私に何かしてほしいとき、どうしたらよろしいと思われますか?」

「うーんとね……。お願いするっ!」

 野原にぱっと咲いたような花畑のような笑顔で答えるエリオット。

「さようでございますね。エリスはお願いのできる優しいお母様にそっくりでございますよ」

「ル・クリス。お願いがあるの」

「なんでございましょう?」

「もう一回、ぎゅってして!」

 エリオットは再び、ル・クリスの柔らかな胸と硬く冷たい腕の中に抱きしめられた。

「ル・クリスもぼくの優しいお母様だよ」



 レダは呪文を唱え、3箇所にドーム状の盾を展開した。

 ひとつはペイバックとその周囲を包み、ひとつはコッドとアランと修道女の一団を包み、最後のひとつはユーニスを包んだ。魔方陣が白く浮かぶその半球の盾は何ものにも砕かれそうもない安心感を与えた。

「我が魔法をもってしても魔素焼けを堰きとめられ兼ねると存じます。破られるのも時間の問題かと……」

 レダは立て続けに魔法を使用したことによる疲労からか顔色が優れないようだった。

 そのレダの言葉通り、中に浮いたゾーイの体は魔素の暴走に身を捩っていた。

 ゾーイの体の表面を走る青白い雷もその数や大きさを増して、彼女を中心に膨れ上がろうとしていた。

「ごめんね、レダ。ぼくのわがままにつきあわせちゃって」

「エリオット様、それが我が身の存在価値にございます」

 その刹那、ゾーイの体を包む青白い光が弾けた。

 弾けた光は幾筋もの稲妻となって疾った。

「来ました!」

 レダは呼応するように呪文を唱えて3枚の盾を自分たちの周囲に展開する。

 エリオットは白銀のガントレットをゾーイに向けて高く上げた。

 ゾーイの稲妻が天井を壁を柱を長椅子を祭壇を穿って、縦横無尽に疾り抜ける。

 轟音が大聖堂を包み込んだ。

 そして、轟音が静まったとき、そこにいた者全てが我が目を疑う光景がそこにあった。

 稲妻が蜘蛛の巣のように大聖堂に張り巡らされていた。

 時折ぱらぱらと砕かれた壁の欠片が床にこぼれなければ、まさに時が止まったような静けさだった。

「そんな……ばかな……」

 魔法を使えないペイバックにもその異常さが理解できた。

 ユーニスは言葉を失って、奇跡というしかない光景を目のあたりにした。

 修道女たちは神の所業に違いないと合掌し祈った。

 エリオットは言葉を紡ぐ。

「今、全ての魔法が進化する!」

 白銀のガントレットを揺らめくように動かす。

 全ての魔法の稲妻がその軌跡を逆転するように、巻き戻る時間のように動き出した。

 壁を離れ、天井を離れ、床を離れて、ただ一点の発生源であるゾーイに向かって戻りだした。

「魔素に願う。あるべき場所に戻って!」

 全ての光を吸収したゾーイの体が中空から床に、どさりと落ちた。

書きたいことの順番に悩みすぎました


201802122112 誤字修正しました

201802122154 サブタイトル修正しました

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