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7. ゾーイとユーニス

 ユーニスの動きがおかしいと気付いていたのは彼女だけだった。

 ゾーイは何度かレダと剣を交えたが、その度にレダは呪文の詠唱のみで魔法を使って彼女を退けた。レダとの距離をあけて仕切りなおす都度に、彼女はユーニスの様子を確認していた。

 護衛剣士のギルドにユーニスがやってきたのは、ゾーイが訓練を始めて3日目のことだった。

 子は十四歳になったらなにかしらの職業につくか育成機関に入らなければならない。親の職業を手伝うものもいれば、力のある商人や下流貴族の下人として一人で生きていくものもあり、貧困層でなければ、貴族や商人のつくる”学校”というものに通えたがそれなりに資金を積まねばならないものであった。最悪、親に売られてしまうケースも多々あった。

 ゾーイは自分の意志で、ユーニスは売られてギルドにやってきた。

 それからというもの、彼女とユーニスは同じ訓練を受け、寝食を共にし、仕事も2人でこなし、4年もの間ずっと一緒に乗り越えてきた。それでも、ユーニスは彼女に心を開くことはなかった。必要以外に体に触れさせることを嫌い、微笑みはしたが笑顔を見せることも嫌い、自分の生まれのことさえも話すのを嫌っていた。

 ゾーイは憤った。

 ユーニスと暮らすうちに、どんどん彼女が美しくなってゆくのをゾーイは許せなかった。どんなに好意を寄せても突き放すユーニスが美しくなるほどに心を惹かれてしまう自分が許せなかった。

 ユーニスの透き通った金の髪と違う、赤くくすんだ金髪の自分が恥ずかしかった。だから、ギルドの許す程度に短く切り揃え、世間の女性の間では上流階級以外には珍しくうなじを見せる髪形にした。

 白磁のようなユーニスの肌が羨ましく、そばかすの浮いた自分の顔が心底嫌いだった。だから、表情を変えないユーニスの代わりにずっと微笑を張りつけた。

 そして、ゾーイはユーニスよりも強くなった。

 彼女は求めても報われないならずっと守り続けようと、強さを求めた。

 護衛剣士のギルドの仕事は危険なものばかりである。盗賊から隊商を守り、田畑を荒らす魔獣を狩り、時には今回のように暗殺じみた仕事もあった。それらのなかでユーニスに危険が及べば、彼女は全力でユーニスを守ってきた。

 それは狂信的な愛情に似ていた。

 ゾーイの視線の先で、ユーニスは肩を震わせ、頬を染めていた──。



 ペイバックが四人の黒づくめの男のうち二人目を丸椅子の盾で殴り倒したとき、異変は起きた。

 黒づくめの首級の肩越しに青いメイド服が煌くのが見えた。

 黒づくめの首級もペイバックの視線に気付き、ゆっくりと首を回す。

 大聖堂が青白い光に徐々に照らされていく。

「おまえたち下がれっ!」

 ペイバックは大聖堂の祭壇側に集まるコッドとアラン、そして修道女たちに向けて怒鳴った。

 続けて、黒づくめの首級も事態を把握して狼狽した叫び声をあげた。

「やめろ! 城伯の使者を殺す気かっ!」

 なるほどそういうことか、とペイバックは腑に落ちた。

 黒づくめの男たちの残る二人が背後の事態に注意を向けた隙を、ペイバックは見逃さなかった。

 鈍い音がふたつ鳴り、丸椅子の盾は真っ二つに砕け散った。



 視界の端で魔素が滲み出すように見えた。

 エリオットはぞくりとする感覚に身構えて、左側のそれを注視する。

 レダと戦っていたはずのメイド服の女性がエリオットを見据えていた。

「エリオット様! お下がりくださいっ」

 メイド服の女とエリオットの間にレダが割って入る。彼女の緊張感はその声からも伝わってきた。古語魔法を扱うほどのレダが緊張を露にするほどに事態は切迫してるといっていい。

「レダ、防御魔法を」

 エリオットは魔素の光に包まれ行くメイドを見据えたまま言う。

「勿論です。3箇所にそれぞれ展開します」

「いや彼女にかけてあげて」

「えっ?」

 予想外のエリオットの言葉にレダは無表情を崩して驚きの声をあげた。

「レダ、ガントレットを変える」

 レダは頷いて、エリオットに向き直って胸元を開いた。エリオットはそこに広がる闇に金獅子のガントレットを嵌めた腕を差し入れた。レダがわずかばかり身をよじると、エリオットは腕を闇から引き抜いた。

 そうしてる間にもメイド服の女──ゾーイの着衣はその輝きを増していた。魔素が着衣であるマギ・クチュールから溢れだして、マギ・クチュールに守られていない素肌をちりちりと焼き焦がし始めた。彼女の左半面がゆっくりと焼け爛れ始めた。

 エリオットの腕にはピンクがかった銀色の長い爪のついたガントレットが嵌められていた。金獅子のガントレットと違って、全体的に細身で女性の手のようなシルエットを醸し出していた。すべての指の根元にある指輪状の飾りは互いに2本ずつの鎖で繋がれて、手の甲側に垂らされている。その手の甲には大きな紫色の宝石がひし形に彩を放っていた。

「魔素焼けがもう始まってる。レダ、彼女に防御をかけてあげて」

「御意に。……サークレ・エレ・ブェッシェ!」

 レダが振り返り、ゾーイに視線を向けると同時に魔法は発動する。

 ゾーイの素肌と着衣の間に薄いベールが張りめぐらされるように、彼女の体だけをレダの防御魔法が包み込んだ。



 ユーニスもまた異変に気付いていた。

 ゾーイの激怒は今回に限ったことではない。

 魔獣の爪にユーニスが傷ついたとき。隊商の護衛の傭兵に手篭めにされかけたとき。その度にゾーイは膨大な魔素を使って焼き払った。

 しかし今回のはそれらの比ではなかった。

 彼女が魔素焼けをするほどに暴走したことはただの一度もなかったのだ。

 なにが彼女をそこまで暴走させたのか。

 原因はただ一人しか考えられなかった。

「わたしだ……」

 ユーニスは縋る目でエリオットを視界に探す。

 今日この日、初めて会った少年だというのに、なぜこんなにも信頼して頼ろうとしてしまうのだろう。

 ユーニスの養父は最低の男だった。彼女が幼い頃、キールオルグの片田舎に住んでいた。朝、目が覚めたときには両親は何者かに殺されていた。母方の弟である養父は彼女を引き取り、残された財産をあっという間に食いつぶしてしまった。

 ユーニスが十二歳を数えた頃から、養父は酒に酔っては夜な夜な彼女の寝室に忍び込んで若い体を貪ろうとした。その度に彼女は強く抵抗し事なきを得た。

 しかし十四歳になろうとした数日前は違った。養父は素面でユーニスの体を求めてきた。十四になったら、きっとこの子は養父の下を去ろうとする。ただで育ててやったわけじゃないと養父は言った。養父は酒に弱く、それまでは酔ってさえいれば力づくでなんとか逃げ出すことができていた。このときばかりは違った。

 ユーニスは腹を括った。枕元に隠してあった鉈を手に身構えた。

「やられるくらいなら殺してやる……」

 彼女は必死の抵抗をして、養父の右腕を肩から肘まで引き裂いた。あまりの叫び声に近所の農夫妻が駆けつけて、大きな事件となって裁判となった。養父は事実を捻じ曲げて、陪審員たちをまんまと虚言で言いくるめた。

 ユーニスは有罪となった。他人は誰も信用できない。その時から彼女は心を閉ざした。

 キールオルグ男爵の使いという母子がやってきた。母親であろう女は鉄の鎧をつけた腕でユーニスに”身代金示談書”という書状を突きつけた。

 無罪放免と養父からの解放と引き換えに、ユーニスはホロー金貨で500枚で護衛剣士のギルドに売られたのだった。

 自分と人間の価値は、屑のような男がたった十年遊んで暮らせる程度の金額でしかないと知ったとき、それはユーニスの心を泥のような虚無感で襲った。

 涙は出なかった。

「なかないで」

 男爵の使いの子供だった。

 小麦色の金髪の子は大きな緑青の瞳に大粒の涙を溜めて、ユーニスをぎゅっと強く抱きしめてくれた。

 あの子がいなかったら今のわたしはなかっただろう。それほどユーニスにとって大きな存在だった。

 あの子がいなかったら護衛剣士としての厳しい訓練や生活に耐えられなかっただろう。

 あの子がいなかったら、今でもゾーイを助けたいとは思わなかっただろう。

 あの子がいなかったら──。

「お願い! ゾーイを助けてっ!!」

 エリオットは緑青の瞳で真っ直ぐにユーニスを見て、微笑んだ。

やっとキャラの心情に踏み込めました。


201802112055 誤字など修正しました

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