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6. ぼくの騎士にならないかい?

 白金の髪のペイバックは一人奮闘していた。

 さすがに一人で四人を相手にするのは骨の折れる所業だ。相手が民兵に毛が生えた程度の腕しか持ち合わせていないのは不幸中の幸いだった。

 彼は巧みに障害物を利用して有利な位置を作る。

 壁沿いに前に出ると、丸椅子を拾い上げ盾のように左手に構えた。整然と並ぶ長椅子を相手側に与えることで行動を制限し、壁を背にすることで前からの攻撃にのみ集中できる。その結果、黒づくめの男たちは数の上で一方的に有利なはずであるが攻めあぐねることになった。

 なぜなら、ペイバックにはこの闖入者の目的が分かっていた。

 自分の名を知っていること、聞き覚えのある声、自分がここにいることを知っている者は誰なのか──。

 相手が複数だとしても自分以外を襲うことは考えられない、とペイバックは読んでいた。現に、戦闘経験のない新兵が命を落とさずに耐えていられたのも、その考えに至る動機になっていた。

「無傷じゃ済まないだろうなぁ……」

 呟きながらも、足を踏み出し剣を薙いで相手の出先を挫く。勿論フェイントだが効果はあった。

 こいつらは狭い場所での戦いを知らないんだ。ペイバックはかつて騎士として”いくさ場”に身を投じていた頃を思い出す。

 馬の嘶き、剣戟の音、家々の燃え朽ちる匂い、空気に混じる鉄の苦味、そして、略奪の声を……。



 ユーニスの体術は完全にエリオットに読まれて防がれていた。

 ユーニスが思うに、目の前の少年は先読みができ、魔素の動きが見える特殊な能力の持ち主だ。ならば、読まれてもなお防ぎきれない手数で対抗すればいい。しかし、それは契約の遂行を不可能にするものである。

 護衛剣士としての雇い主の要求は、ペイバック兵士長の密会の相手が戦闘要員だった場合の無効化、生け捕りだった。

 先ほどの魔素量可視化の魔法で見た限り、この少年はただの一度さえも魔法を使える魔素を持っていない。魔法師になれない欠陥品といって差し支えなかった。

 ならば勝機はある。

 問題は金獅子のガントレットがどういうものなのか。マギ・クチュールのような魔素供給型のようにも見えない。

 もし、マギ・クチュールと同様ならば魔素量可視化の魔法で見えるはずなのだ。

 ユーニスは印を組んで魔素を集める。

 組んだ印を眼前に伸ばすと、小さくはっきりと呪文を口にする。

 炎が噴出し、それはユーニスの体の半分ほどの直径を持つ球体に肥大した。肥大した火球は弾かれるようにエリオットに向けて撃ち出された。

 エリオットはやはり落ち着いていて、ガントレットを嵌めた右手でその火球を平手打ちのごとく無造作に引っ叩く。

 火球の下をもぐりこむように身を低くしてエリオットの死角を狙っていたユーニスは、魔法を生身で叩き落すという常識外の事態に驚いた。むしろ魔法に対してそんな芸当が通用するということに驚いた。

 エリオットが叩き落した火球は、ユーニスの進行方向の手前で音を立てて弾け散った。

 ユーニスは両手で顔を防御するように交差させて、再び後ろへと飛びのいた。

 エリオットの追撃はない。

 少年はキラキラとした目でユーニスを見ていた。

「君、強いんだね。ぼくの騎士にならないかい?」

「な、なにをふざけたことを」

 ユーニスは呆気に取られた。

 敵として戦っている最中の相手を勧誘するなんて馬鹿げている。

 やはり見た目通りの浅薄な輩なのだろう。ラッフェルガウ城からの使者といってもこの程度なのだと考えを改めなおした。

 この少年は汚れひとつない服を着て、魔法さえ弾くガントレットを身につけ、魔素さえ見える恵まれた能力を持って、何の苦労もせずに生きてきたのだろう。

 ユーニスは自分の境遇に比べて優遇されているんだと思い込んで、目の前の少年を睨みつけた。



 エリオットは髪を後ろで結ったメイド姿の女性──ユーニスの目に怒りの感情を見た。

 自分よりいくつか年上だろう彼女の視線に、かつてラッフェルガウ城伯の養子として迎えられた時のことを思い浮かばせられた。

 年老いた女城伯には伴侶も子もなかった。カーリアン・ショー・ラッフェルガウが生涯独身を貫いたが故に後継者がおらず、その領内に暮らす島民たちはいずれクールビオンの一部となるのだろうと感じていた。しかし9年ほど前に、それまで頑なに養子を取らずにきた城伯がエリオットを迎え入れたことは島民たちに大きな衝撃を与えた。

 封土を賜る侯爵や伯爵の領地において、領民もまた封土の中に含まれていた。領民は領土を離れることはできなかったが、領土の中ならば申請して移住することができた。つまりラッフェルガウ城の島民たちは城伯の領民であり、島を離れることが許されなかったが、城伯が倒れて封土が吸収されればその領地の民として島を離れることが可能になる。

 エリオットが幼い頃の島はとても肥沃な土地があるとは言えなかった。島民の誰もが、まともな土地や大きな街での収入の増加を望んでいた。それゆえにエリオットの登場を喜ぶものは誰一人としていなかった。島民たちに紹介された幼いエリオットの目には、憎しみと羨望と悲しみを怒りに変えた島民たちの目が突き刺さった。

 あぁ、彼女の目はそういう目なのだと、エリオットは理解した。

「ぼくはふざけていないよ」

 エリオットはユーニスに語りかけた。

「ぼくには君が思ってるほどの自由などないからね」

 ユーニスはその言葉に困惑した。見る見る間にエリオットの表情は愁いを帯びた少女のような儚さを浮かべはじめた。

「自由なんて、わたしにもない……」

 そうユーニスは答えて拳を振るう。

 エリオットはいとも簡単にその拳を受け止めて、掴んだ。ユーニスの目に焦りの色はない。

 彼女の意図を瞬時に汲み取って、エリオットは戦ってるさまを装いながらユーニスの耳元に囁く。

「ぼくは直に、ラッフェルガウの城伯になる。君を騎士に叙任することができる」

 甘い罠だとユーニスは思った。

 だがエリオットの目は真剣そのもので、ちょっと飛ばすよ、と耳打ちしてユーニスが受身を取りやすいように高く投げた。

 身を翻し木板の床に着地を決めたユーニスは、再び接近するように蹴りや拳を何度となく打ち込んだ。全く打ち合わせをしなくとも、エリオットはそれをギリギリで見切って、絶妙なタイミングでユーニスの動きを制して見せた。

「叙任を受けた騎士は封土領民の制限をかけられない特例が認められるよ。これは君にとっても悪いことじゃない。それに──」

 近づきすぎていた。

 ユーニスが首を回すと、エリオットの唇が柔らかく彼女の頬に触れた。

 エリオットは少し照れた顔を見せて、言葉を続けた。

「君はこの戦いを望んでいないのでしょ?」

 この人は、どこまで、自分を理解しているのだろう。

 ユーニスは両手でエリオットを突き放し、膨らみのない胸を押さえて肩を震わせた。

サブタイトル10文字が思い浮かばなかったのです


※201802102233 誤字修正しました

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