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5. 護衛剣士は斯くなる者

 かつてアトルヘイア公国には剣しかなかった。

 剣しかないというのは語弊があるかもしれない。鎧を着て、手に武器を持ち、国に害をもたらす敵と戦う術が”剣”である。

 しかし、公国の領土の南西に広がる森を隔てて、その向こう側には魔人の世界があった。そこに棲む魔人たちは”剣”を持たなかったが、角と翼と”魔法”という人間の国に害をもたらす不思議な力を使った。

 最初の戦争は魔人の圧勝であった。公国は領土の三分の一を焼かれ、領民は角を持ち、翼で飛び、”魔法”を使う侵略者に怯えて生活するしかなかった。騎士たちは身を挺して命を賭して国を守り、貴族たちは民を捨てて王城に逃げ込んだ。そんな生活は優に五十年にもわたって続いていた。

 かくして転機は女神スケアドによってもたらされる。

 二度目の大きな戦争が起きた時──それは”第2次魔人戦争”と呼ばれたが──女神から”魔法”というものを授かった者が現れた。

 十年以上に及ぶ戦いは双方を疲弊させたが、”剣”を持たぬ魔人に対し、人間は”剣”と”魔法”の力によって次々と領土を奪還し、気勢は人間側に傾いた。

 公国は”魔法”を使う者を魔法師と呼び、騎士とともに運用することを提唱し始めた。

 魔法師の適正のある者をひとところに集め、教育と管理を行って魔人に対抗する手段を増強しようとしたのである。

 それらの機関は魔法学院と呼ばれ、それから二百年にわたって魔法師を育成することとなる。

 魔法学院は世に送り出す魔法師が不当な扱いを受けぬように、騎士と同じように自由伯や魔法師という爵位として認めさせ、充分な報酬と権利を公国側に約束させた。公国は魔人を森の向こう側へと押し込めるなら願ってもないことだと喜んだが、再び領土を取り戻した貴族たちからは反発の声も多く生まれた。百年と二百年と経つうちに、魔法学院はその規模を減らし、輩出される魔法師の数は年度を区切って制限されるようになってゆく。

 魔法師の適正が低い者は学院に入ることも許されず、ある者は学院出身の神官の元で学ぶため修道士となった。またある者は非合法の組織に属して闇に生きた。

 そういった輩を快く思わない者や利用する者も多くなり、アトルヘイア公国の南方に位置するバスキア侯爵領を戦場とした”第5次魔人戦争”を境に公国は一時的な魔法学院の閉鎖を決定したのである。それは同時に魔法師たちの反発を呼び、貴族と魔法師の確執はより強いものとなっていった。公王直属の魔法師団や一部の兼任自由伯を除いて、多くの魔法師が隠居した。

 貴族は魔法に対する対抗策を失ったが、魔人の脅威なく流れた19年の歳月は魔法師の必要性そのものを薄れさせ、”剣”に対する脅威として私利私欲のために非合法の組織の”魔法”が利用されるに至った。

 それが護衛剣士である。



 護衛剣士は元々魔法師としての適正が低い者たちが多い。

 適正の条件としてはひとつに魔素と呼ばれるものがある。魔素は魔法を使用するために必要な力で、その魔素をどれだけの量持って生まれるのかには個人差がある。魔法は魔素を消費して使用されるため、その個人の限界量を超えることはほぼないといってよい。つまり、持って生まれた魔素の限界量が高ければ高いほどよいということだ。

 そしてひとつに魔力に対する耐性があるかというのも必要な適正である。魔素を消費して魔法を使う際に、魔素は通常魔法師の指先に結ばれる印を通して魔力となり、呪文という声によって魔力を魔法に変換する。これは”魔素焼け”と呼ばれる魔力の逆流を防ぐもので、耐性の低い者は印を結んだとしても魔法を使うことすらできない。

 護衛剣士にはそれらの適正が低く魔法師になることを拒否された者が集まっていた。

 彼ら護衛剣士の日当は3グネリ──大銀貨3枚を超え、平民の3倍から4倍の収入は実に魅力的だった。それゆえに平民から半貴族となれる魔法師に選ばれなかった者たちには、自ら進んで護衛剣士の道を選ぶ者が後を絶たなかった。

 彼らは騎士や魔法師に師事するか、護衛剣士の先達から学ぶことで技術を手に入れ、ひどく高価なマギ・クチュールと呼ばれる魔法師の手袋やローブなどを借金をして手に入れた。マギ・クチュールは魔法師としての適性のない彼らに魔素を供給し、”魔素焼け”から耐性のない彼らの身を守った。

 こうして護衛剣士となれた彼らは、晴れて隊商の護衛や貴族の召抱えとして日当を稼ぐことができるようになる。

 しかし、ゾーイやユーニスは違った。

 先の”第5次魔人戦争”以降には、たとえ彼女らに魔法師の適正があったとしても、魔法学院は閉鎖されてしまって魔法師の道を歩むことができなかった。また、現存の魔法師さえも隠居生活となってしまい、若いゾーイやユーニスが魔法を学べる機会は激減していた。彼女らは護衛剣士となるしか魔法に関わることはできなくなってしまっていた。

 ただ以前から護衛剣士の門戸は広いわけではなかった。現役の護衛剣士としても商売敵が増えるのは自分の首を絞めるようなものであったし、魔法師は無闇に魔法を伝授してはならないと魔法学院が規則を打ち立てていた。

 そこで貴族の中に一計を案じる者が現れた。

 護衛剣士を統率し輩出する機関を作ればよいと──。



「ギルドがあるとは聞き及んでおりました」

 レダは叱責するような目でゾーイを見た。

 貴族の中に現れたパトロンは護衛剣士を育てることに利益を見出していた。彼らを護衛の名目で派遣した収入を集めて上前を撥ねるのは、貴族にとてもおいしい副収入となった。世間の目を欺き、パトロンとなる貴族とのつながりを隠すために、その派遣元はギルドという立場で運営されるようになっていた。

「あなた方──護衛剣士が悪事にさえ加担させられ利用されることを、我が主様は善しとしません」

 眉ひとつ動かさず強い口調でレダは言い放つ。

 ゾーイはすっくと立ち上がり、おもむろにメイド服のスカートを左手でたくし上げる。

 白い肌のふとももが露になり、その中ほどに革ベルトで止められたショートソードが垣間見えた。

「仕事にお説教に耳を傾けることは含まれていないわ」

 ショートソードを右手で抜き放って、ゾーイは再び焦りのない微笑をその顔に貼り付けた。

今回は説明回です。


読みにくかったらごめんなさい!


※20181930 サブタイトル修正しました

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