4. 教会は剣戟の音ありて
まさか教会が襲撃されるとは思っても見なかった。
ペイバックが部屋から大聖堂の様子を伺えば、部下のコッドとアランが浅い傷を負いながらも丸椅子で抵抗している姿があった。
「よいしょっと」
エリオットが緊張感のない声で、片手で持ち上げていた黒づくめの男を大聖堂のほうへと投げた。まるで小石を放るかのような軽さで男が飛んでゆく。
これ幸いとペイバックは投げ飛ばされた男のあとに続いて大聖堂へと転がり込んだ。
「いたぞ!」
黒づくめの男たちの中から声があがる。
ペイバックに続いてエリオットが無警戒に部屋から現れたことに、闖入者たちが色めき立った。
エリオットは再び足元に倒れている黒づくめの男を掴んで持ち上げると、闖入者と修道女の間を分かつ位置へと放り投げる。ひき蛙が蹴り飛ばされたような声がした。思惑通りに陣営は別れ、ペイバックが修道女たちを背に守るよう立ちはだかった。
天井の高い大聖堂は一気に静まり返った。
ゆっくりと状況を把握しながら、エリオットはペイバックの横に進む。教会の入り口に目をやれば、この場に似つかわしくないメイド服姿の二人が見えた。一息遅れてレダがファルシオンを手に現れる。
「ユーニス。あの二人を視て」
微笑を貼り付けたメイドが言う。
ユーニスと呼ばれたもう一人のメイドは小さく頷いて細く長い指で印を組む。
短い呪文に呼応して彼女の目が蒼く輝いた。
「臙脂色の女のほうが魔法師だね。白いほうは全く魔素を持っていない」
「わかったわ。あっちはわたしが抑えるから、ユーニスは白いのと強そうな男はお願いね」
「了解、ゾーイ」
明らかに黒づくめの男たちよりも”いくさ場”に慣れた様子で、メイド二人が駆け出した。
ペイバックは傷を負ったコッドとアランを戦力外と見て指示を出す。
「下がって修道女の手当てを受けろ!」
怒鳴る声にコッドとアランは弾かれるように後方へと下がる。
その様子にさせじと壁沿いの黒づくめの男が動き出せば、ペイバックは祈祷者用の長椅子を蹴り出して敵の脚を狙った。長椅子と壁にはさまれた男の足は乾いた高い音を立てて折れた。
「エリオット、やれるか?」
「まかせてください」
仲間が倒されたのを見て、黒づくめの男たちも思い出したかのように散開した。
「ペイバックを狙え! やつの口を封じろ!」
彼らの首級であろう男が布に覆われくぐもった声で指示を出す。
戦況は混戦の様相を見せていた。
「ちょっと狭いなぁ……」
黒づくめの男たちと違って、祈祷者用の長椅子の列に紛れるよう身を低くして近づいてくるメイドたちを目で追い、エリオットは一人ごちた。
「なら、広くしちゃえばいいんだよねっ」
言うが早いか、エリオットは手近な長椅子に手をかけると、ガントレットで強化した腕力に物を言わせて前方に放り投げた。ひとつふたつと前に進みながら長椅子を次々と放り投げる。
上から降ってくる長椅子に微笑のメイド──ゾーイが足を止めた。
「こんの馬鹿力がぁ!」
慌てて右手に印を作ると、視線で長椅子を追いかけながら呪文を唱える。
指先に白い輝きが集まると、視線と長椅子の間で右腕を振った。同時にその空中に白く輝く光の魔方陣が現れ、盾のように長椅子を弾いて彼女の後方へと受け流した。
ユーニスはさらに降ってくる長椅子を掻い潜って、エリオットの眼前に姿を見せる。
小柄なエリオットよりも低く屈めたユーニスを、エリオットはしっかりと見下ろして視界に捉えていた。
弾けた音を立てて床を踏み切ったユーニスの体が大きくしなって、まるで斬るような軌道で蹴り足がエリオットを襲った。空気を裂く音が鳴るほどの速さで左側繰り出された蹴りを、エリオットは右手のガントレットで待ち構えて受ける。
ユーニスはその反射速度に驚き、掴まれまいと蹴り足を戻してすぐに床を蹴って距離を取った。
「ふぅ。予想してなかったら危なかったよ」
エリオットはにっこりと微笑んで言った。
なぜこの状況で微笑んでいられるのか、ユーニスはふとゾーイの微笑を思い浮かべたがそれとは異質な何かを感じた。
ユーニスは左手を背に隠すように印を組む。
「君の服には魔素が組み込まれているんだね」
エリオットの言葉に驚いて、ユーニスは印を解くとさらに距離を置くように離れた。
「おまえ……見えるのか? 呪文も使わずに!?」
「うん。君が炎を呼び出そうとしたのも見えたよ」
平然とエリオットが答える。
予想したとも言ってた。ユーニスは自分よりも年下であろうこの少年に、動きの一切を見透かされていると知って愕然とした。頭の中で警鐘がわずかに首をもたげた。
レダは突如現れたメイドに襲われるエリオットに気付き、先ほど手に入れたファルシオンを半身に構えた。
「どこ見てるのさ! あんたの相手はこっち!」
左側から女の声がした。
見れば、微笑むメイドがレダの左側の壁を蹴って中空にいた。
「閃光よ、きたれ」
印を組んだゾーイの両手が振られ、青白く輝く光の矢が放たれた。その矢はまさに光の速度で、まっすぐレダの胸の中央に突き刺さった。
トンと床に着地して、ゾーイは歯を剥いて笑う。
「魔法師なんてあっけないものだねぇ」
目の前の臙脂色の女を見れば、輝く光の魔法の矢が、未だ胸に刺さっていた。
ゾーイは微笑を忘れて、かっと目を見開いた。
レダの胸に刺さった魔法の矢は消えずにそこに刺さっていた。ゆっくりと彼女の胸に吸い込まれていた。ずぶずぶと音さえも立てそうな速度で食われたいた。
「あんた、なんなんだよ? おかしいだろ? そんなはずないだろっ!?」
「なにかおかしいのかしら?」
狼狽した声で彼女を非難するゾーイに、レダはいつもながらの無表情を向けて言う。
「あなたの知っている世界がすべてではないと知って驚くほど狭い世界で生きていたのでしょうか……」
向き直った胸元を見れば、チュニックのスリットの奥にあるのは暗闇。
光の矢はその闇にすべて飲み込まれ、消えた。
そして女の黒髪が揺れた。
「バンド・フィルチュア!」
レダの口から呪文が放たれた。
「古語魔法?」
印も結ばずに呪文を放つレダに、ゾーイは思わず身を引いた。
木板の床が変化した鋭い枝が数十本、ゾーイの目の前で踊りだして彼女の足を追いかける。後ろ向きに跳ねて回避を試みるが木の枝の動きは速い。ゾーイは堪らず印を結んで炎を召喚した。
「燃え朽ちろ」
呪文の完成とともに灼熱の炎はレダの魔法の枝を焼き払おうと暴れる。
レダはすかさず呪文を続けた。
「グォ・ラティア・バル!」
右手に持ったファルシオンをレダが前に突き出すと、逆巻く暴風が渦となってゾーイに向かって放たれた。数十の枝を焼き払う炎が風の渦に巻かれ、そのままゾーイの体を飲み込んだ。
ゾーイは転がるように炎の渦から逃げ出す。ソバージュの赤い髪の先端がちりちりと焦げた匂いを漂わせていたが、鮮やかな青のメイド服には焦げひとつついていなかった。
「さすがにマギ・クチュールのドレスですね。護衛剣士さん」
無表情を崩さず言うレダに、身上までばれていると知ってゾーイは背筋にぴりぴりと走る寒気を感じた。
魔法の枝が燃え尽きて消える。
周囲の剣戟の音も聞こえぬほど、二人は互いに睨み合った。
もしかしたら修正する可能性高いです
※201820102240 誤字修正しました