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3. ガントレットを此れへ

 窓を閉め切った安宿の部屋はじめっとした空気を漂わせていた。

 六人の男たちは皆一様に黒い革鎧を身につけ、頭には黒い布を巻いて目だけを出している。腰には刀身を炭で塗ったファルシオンを佩き、ブーツにも黒布を被せて足音が立たぬようにされていた。

 彼らの前には一人の修道女が床に座して、まるで神にひれ伏すように頭を低く下げている。

 部屋の出入り口には、この場の雰囲気に似つかわしくない鮮やかな青を基調としたメイド服の女が二人。一人は微笑を浮かべ、もう一人は不機嫌そうに整然と立っていた。

 黒い男たちの一人が口を開く。

 粗末な雑用卓に腰掛けて、修道女を見下ろしながら言う。

「民兵が三人と怪しい旅人が二人で相違ないと申すのだな?」

「はい……そのとおりでございます」

 修道女は恐縮し上ずった声で答える。

 その男がこの連中の首級であり、とても身分の差がある者だとわかっていた。

「神官様の予見どおりでしたなら、お城からの使者で間違いございません。上品な振る舞いも見受けられました。下々の者とはとても思えません」

「ふむ……。ご苦労であった」

「あ、あの……恐れながら、や、お約束したことについては──」

 修道女はあっさりとした男の返事に戸惑いながらも顔を上げて訊ねる。

「かまわんよ。アンソン卿も快諾されておるゆえ、明日からでも下女として使っていただける手筈にはなっておる。安心するがよい」

 修道女はさらに頭を低く床にこすりつけ感謝を示した。

 別の黒い男が修道女の腕を引いて立たせると、微笑を浮かべているメイドが扉を開けて退室を促した。

 修道女の姿が消えると、首級の男は音も立てずに雑用卓から腰を上げる。首を二度回して肩の力を抜く素振りを見せ、二人のメイドに言い放った。

「護衛剣士さんの腕の見せ所ですよ。敵は公王様に仇なす逆賊。公王様より拝領されかし侯爵様の腹心にあられるチボー伯爵により、このクルービオンを任せられた我らが主殿アンソン卿が手柄を示される時ぞ」

 揚々と黒い男たちは首級に、そして二人のメイドは六人の後に続いて安宿を出立した。

 メイドたちは黒い男たちに気取られぬように言葉を交わす。

「ゾーイ。わたし、この仕事気に入らない……」

「ギルドの決定は絶対よ、ユーニス」

 窓を閉め切った安宿の部屋にはじめっとした空気だけが残された。



 突如、修道女たちの悲鳴とスゥインター・ペイバックの部下二人の怒号が教会内に降って湧いた。

 すぐにペイバックは流れるような動きで、会合にあてがわれた小さな部屋の出入り口の脇に身を潜めた。聞き耳を立てれば何者かの襲撃を受けていることは火を見るよりも明らかだ。

 部屋の窓に視線をやれば鉄格子がはめられていて、そこから逃げ出すのは小柄なエリオットでも無理そうだ。

「ちっ……」

 ペイバックは小さく舌打ちをして、できるだけ音が鳴らぬように”だんびら”を抜いた。

 エリオットとレダも異変に身を翻して長椅子から立ち上がる。

「いかがなさいますか、エリオット様」

 冷静なレダの声が囁くように耳に届くと、エリオットは少年の顔つきで

「ガントレットを此れへ」

 そう言って、レダの顔を見やった。

 レダの無表情はさっと気色ばんで、一瞬で恥じらいに変わった。

「っしかし、殿方がございます!」

 小声ではあったがレダの強い口調に、思わずペイバックがそちらを見る。彼と視線が合い、ますますレダの顔は紅潮して一種の色気さえ醸し出した。なぜだかペイバックも気恥ずかしさを覚え彼女から目を逸らす。

 対照的にエリオットは落ち着いて、すっぽりと身を包んでいた外套をマントよろしく背中に肌蹴させると、そこには若い男が好んで着るような、膝上は太ももの中ほどまでの丈の短いチュニック姿があった。きめの細かい純白の布地には金糸で刺繍が施され、丁寧なつくりの縫製は見事というしか他ならない。その上衣に誂えた黒のショースは内ももが露になった流行の最先端であった。

「今は非常事態だよ。騎士様もきっと気にしないよ」

 エリオットの物言いに、若干女日照りの続いていたペイバックは気まずさもあったが、なにが起きるのかと興味さえも湧いてきた。だが、扉の外では未だ喧騒が続いている。新兵二人には荷の重い自体であるが、どうやら善戦している様が聞き取れた。

「わかりました……」

 恥じらいは表情どころか声色にも乗って、レダはするりと長い外套を足元に落とした。

 美しい黒髪は背の中ほどまではあろうか。外套のすべるに任せてはらりと揺れた。

 外套の下には濃い臙脂色の丈の長いチュニックが現れた。胸元は大きくスリットになっていて、木の実のボタンにリボンの輪を引っ掛けたものがいくつも並び肌が露にならぬように布地を重ねてある。濃い鮮明な色の布は褪せたものよりも品質がよい指標であり、彼女を使用する主の身分の高さが窺い知れた。

 レダは丁寧にすばやく胸元を止めたボタンを次々とはずしてゆく。

 さすがにペイバックは事態を飲み込んだ。

「おい! なにやってっ……」

 思わず大声が出てしまい、扉の外から誰何の声がする。

 ボタンをはずし終えたレダがチュニックの前身の布を両手で真横に開く。

 ペイバックは凝視した。

 だが、そこにあるはずの柔らかな胸はなく、鎖骨から下はぼやけるようにやがて漆黒の闇に飲まれていた。

「エリオット様。……どうぞ」

「うん。ガントレットを此れへ」

 レダに導かれてエリオットはその暗闇に両腕を差し入れる。レダは短く艶のある声を一度押し殺した。

 小さな部屋の粗末な扉が蹴破られる。

 同時に入ってきた最初の黒ずくめの男の闖入者は真横に立つペイバックの鮮やかな足払いで床に転がった。

 レダが転がる男の右手にあるファルシオンの刀身を靴の踵で床と挟む。

 男は驚いて顔を上げたのが災いした。黒布で覆った覆面ごとがしっと硬い手指で顔面を掴まれて持ち上げられ、首が抜けるかという痛みに耐えるために膝立ちになるのが精一杯だった。

 エリオットの両手には黄金に輝く獅子模様の腕鎧──ガントレットが嵌められ、大の男の顔面を掴んで軽がると片手で持ち上げてみせていた。

やっと主人公らしくなってきました。


※20181932 脱字修正しました

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