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1. 男の価値は金貨の枚数

 海風が木と煉瓦で造られた家々の壁を撫でて細い通りを吹き抜ければ、細かい砂がつむじに巻き上げられてふたりの旅人の足元で散った。

 金髪の少年と黒髪の女の旅人──否、旅人というにはあまりに軽装で、このクルービオンの城砦集落から遠く離れた街々から来る商人とは様相が違った。

 少年は大人の男たちと同じように、長い髪をうなじで一つに束ねて麻紐で結わえ外套の内側に入れ込んでいた。顔つきは十四か十五あたりではあったが子供らしさが残って、柳眉に彩られた緑青の瞳は大きく美しかった。

「ねぇ、レダ。神官さんはどんな人かな?」

 少年は横を半歩下がって歩く長い黒髪の女にやや振り向き加減に声をかける。

 無垢な笑顔とはこういうものをいうのだろう。

 レダと呼ばれた女は、年のころなら二十歳そこそこで、この地方では珍しい黒髪に黒い瞳を持ち、少年よりも幾分背が高い。それでも大人の女性としては背が低いほうで、旅人の外套は彼女の体をくるぶしまで覆っている。彼女もまた長い髪を外套の内側に入れ込んで、フードを背中側に垂らしていた。

 レダは少年と変わらないくらいの整った顔立ちで、眉ひとつ動かさぬ無表情で少年に応えた。

「神官としては高位にあたると聞き及んでおります。かつてはジェイク殿とともに”いくさ場”に居られたとかで、魔法学院ではエリオット様の母上様と同じ教室で学ばれたと存じております」

「ぼくのお母様と?」

「はい。19年前の第5次魔人戦争では同じく母上様の友人のキールオルグ男爵とともにご活躍されたと」

「マリアおば様も? 小さいときに会ったきりだからなぁ。おば様にも会いたいな……」

 少年──エリオットはまつげの長い目を伏せ、少しだけ唇を尖らせてみせた。

 レダに愚痴ったところでどうにもならないことだということは解っていた。この度の目的を果たせるだけの用意しかしていないため、片道4日もかかる隣の集落まで足を延ばすには心許ない。

 そんなエリオットの様子にも表情を変えず、レダはやや事務的に

「あそこの角を左に折れれば開けた場所に教会が見えてきますので」

 と、突き当たりの丁字路を指差した。



 貼り付け板金の革鎧は、小さな板金の隙間から覗く赤と黄の彩色でクルービオン城砦の民兵だと判別できた。それらの革鎧は胸宛てだけの支給品ではあったが、市中見回り程度の業務では用を足したし、”いくさ場”で身を守るような全身装備は高価でもあったので普段使いされるものではない。

 クルービオン城砦の最高兵士長を務めるスゥインター・ペイバックも例外なく胸宛てだけを装備し、部下にあたる二名の新兵を連れて教会へと向かっていた。不機嫌そうな顔をしていたが、普段からそういう態度と数日で理解した新兵は雑談に興じながらペイバックの後に続く。お調子者のコッドにいたっては、上司であるペイバックにも話題を振ったりした。

「兵士長殿はあの旗を見ました?」

 話題を投げかけられてペイバックは褪せた白金の短い髪をかきあげる。

 太い眉に三白眼、こけた頬にはうっすらと髭さえ生えていた。民兵の鎧を身につけていなければ、盗賊の親玉だといわれたなら信じてしまうほどの強面だ。

「あぁ? ラッフェルガウの黒い旗か?」

 酒焼けに似たしゃがれた低い声。正直興味のない話ではあるが娯楽の少ない街だけに、こういったゴシップは格好の話の種だ。無碍にするわけにもいかないな、と当たり障りなく返答をする。

「あの旗が揚がってからどうもキナ臭い……」

「……と申しますと?」

 コッドはペイバックの物言いに、大きな体躯を縮こまらせてペイバックの右に並んだ。

 もうひとりの新人、アランも慌ててペイバックの左で耳をそばだてる。

「昨日旗が上がって、今朝早くに神官が連行された。で、俺たちゃあ、その神官を連れ去ったのがチボー伯爵の兵で間違いないかと確認をしに行くってのは分かってるな?」

 すかさずうなずくコッドとアラン。

「確認しに行くだけだ。それだけだ──それなのに、俺が直々に行って確かめてこいというのさ、コルレオ・アンソンは」

「アンソン男爵ですね」

「あの野郎、カウチに寝そべってなんて言ったと思う? ”お使いに行ってもらえるかな” だとよっ」

 あぁ、やっぱり不機嫌だったんだ、と新兵二人は思った。

 その矢先に通りの奥から言い争う声が聞こえてくる。

 声の高い少年のような声と呂律の回らない酔っ払い男の声。

「──何度も言ってるけど、嫌だってば」

「ちょっち遊んでやるろうかって、おれたちゃ護衛剣士もまっつぁおの腕利きだぞ。そうそう一緒に寝屋にへいるこたぁこの先一切ねぇでよ」

 ペイバックが通りの角から覗いてみれば、どうやら痴情のもつれというわけでもない。

 旅人の外套にすっぽりと身を包んだ金髪の少年と黒髪の女が、耳まで真っ赤に染め上げた酔っ払い三人に絡まれて困っているようだ。酔っ払いたちの腰紐にナイフのシースが挟まれているのが見て取れた。

「兵士長殿、ど、どうしますか?」

 コッドは新兵ゆえに初めての事態で声がうわずっていた。


 

 エリオットとレダは三人の酔っ払いに絡まれて、どうしたものかと考えあぐねていた。

 目的の教会は目の前だというのに、酒に飲まれた輩はどうも人語を理解せず、二人の行く手を阻んでいた。

「俺たちを雇うにゃ、十日で金貨4枚じゃたらねぇほどだ。商人たちも引く手あまたの……引く手あまたの……」

 相当酔いが回ってるのか言葉すら出てこない様子。

 だが金貨4枚といえば、先ほどの食事を1日3食としても一月半は続けられる計算だ。

 エリオットは掴まれてしまった外套の裾で綱引きをしながら皮算用。否、それどころではない。

 腕力で勝てそうもないし、彼らの腰紐にはナイフが挟まれてるのはとっくに確認していた。無闇に抵抗すれば刃傷沙汰にもなりかねない。

 いざという時以外は禁じられているが魔法の心得はある。今がそのいざという時ではないかとこじつけてもみたが、レダに視線をやると見透かすように首を横に振られた。かといって、黙って男たちの慰みものになる気はとんとなかった。

 どうしてこの窮地をやり過ごそうかと思案していると、やにわに酔っ払いの一人の体が宙に舞った。

 あれよという間に、エリオットの外套を掴んでいた男も地面に叩き伏せられた。

 白金の髪を逆立てて鬼のような形相の男が、倒れ伏した酔っ払いの背に膝をめり込ませていた。

「なんだ、てめぇ!」

 残った酔っ払いが腰のシースからナイフを抜く。

 さすがに手馴れているのか、ナイフの刃の部分が上を向いていた。

 白金の髪の男はやおらに立ち上がり、いつの間にか二人の男から掠めた二本のナイフを背後に投げ捨てた。

「抜いたな……覚悟はできてんだろうな? 俺ひとり、十日で金貨5枚は下らないぞ」

 白金の髪の男──スゥインター・ペイバックは腰に佩いた”だんびら”をすらりと抜き放った。

金貨1枚は何ソントでしょうか?(配点5点)

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