第5話;修羅場
予測の出来なかった事態だった。
普段の彼女の行動原理から逸脱していると言っても良いのかもしれない。
それほど、僕には、予測できない事態が起きた。
普段の彼女の行動パターンから、それこそあり得ないと思っていた。
僕でさえ予想できなかった出来事にクラスメート達は、この状況が奇異に映ったに違いない。
僕も、誰もがそれは、アリエナイとそう思っていた。
だが、現実が今・・・僕の目の前に展開されていた。
僕の座る座席の右隣には、萩原美咲が存在していた。
そして、左隣には、佐倉曜子が立ち、萩原美咲を睨みつけていたのだ。
「ねえ、貴方が萩原美咲?」
先に声を掛けたのは、佐倉曜子の方だった。
美咲は、曜子の言葉にコクリと頷いて見せる。
「えっと、あのさ・・・」
僕が口を挟もうとすると、曜子がキッっと鋭い目で睨んできた。
「賢治は、黙ってな!!」
少し大きめの曜子の声にクラスメート達がビクリと身体を振るわせた。
「ちょっと、話があるんだけど、ツラかしてくれる?」
「はい、解りました」
美咲は、冷静な口調で答えるとジッっと曜子の顔を凝視した。
そして、教室から出て行こうとする佐倉曜子の後ろを萩原美咲は、しっかりとした足取りでついて行く。
僕がそんな彼女達の姿を目で追って居ると、トンっと背中を軽く叩く人物が居た。
いつの間にか隣にやって来た工藤麻美。
「ねえ、後追わなくて、良いの?」
「えっ? 黙ってろって・・・」
僕がそう答えると工藤は、脱力した様子で「はぁ〜」っと息を吐く。
「あんた、美咲と付き合ってるんでしょ? こう言う時は、彼氏のあんたが・・・・あーーーーっ、もういい!! 心配だから行ってくる」
工藤は、そう言い終える前に彼女達の後を追うように教室を飛び出して行った。
そして、クラスメート達が遠巻きに僕を見ながらヒソヒソと会話を始める。
そんなクラスメートの声を掻き消すように一人の男子生徒が僕に声を掛けてきた。
「大槻、いいのか? ほっといて」
その声の持ち主は、クラスメートの桂木祐二だった。
桂木は、クラスメートの中でも僕とよく会話する部類に属する友人である。
「姉さんが話しがあるのは、美咲の方だった。僕に話しがあるようには、見えなかったよ」
「あー、まあ、そう言う事を言ってんじゃんくてな・・・・姉さん・・ね。いったいどういう関係なんだ? 彼女は、3年の佐倉曜子先輩だろ?」
桂木が言うには、佐倉曜子は、この学校では、意外と有名人だという事らしい。
冷たい感じのクール・ビューティーとして、ある特殊な男女の間では、ひそかな人気を保っているのだと言う。
そんな人物が突然、僕のクラスにやって来た。
それも僕の目の前でまるで三角関係の様な構図だと桂木は、力説する。
「親戚なんだ。親戚の姉さん。従姉って言うのかな」
「そうなの? とても、それだけの関係とは、見えなかったね」
桂木は、僕の説明に納得が出来ていない様子でいぶかしげに顔を覗き見る。
「まあ、あれだ。お前が・・・まさかこんな修羅場を見せてくれるとは、思わなかったよ。お前は、もっとこう。周りに流されない。他人に無関心な奴だと思っていたからさ」
桂木のその言葉に僕の心の奥の何処かがチクリと疼いた。
このままでいいのか。僕が彼女達の後を追った所であまり意味の無い事だと思った。
佐倉曜子は、萩原美咲に用事があったのだ。
彼氏だからとか、付き合っているからとか、そう言う理由で彼女達の後を追いかけるのは、少し違うような気がした。
それよりも、僕は、曜子の目的が気になった。
何時も学内では、大人しい曜子が・・・これでは、まるで家で僕に見せるような逸脱した曜子の姿に見えてしかたがなかったからだ。
僕が席から立ち、教室から出て行こうとすると桂木がポンと僕の左肩に右手を置いた。
そして、左手の親指を立てる桂木。
「頑張ってこいよ」
桂木は、そう言って楽しそうな笑顔を僕に向けた。