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追憶のICカード  作者: 松山 さくら


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エピローグ

「陽茉莉、どうしたの、そのネックレス?」

「えっ、あっ、これのこと?」

 私がわざと見えるように、ブラウスから出していたネックレスを指さしながら、彩香が訊いてきた。

「それって、私がつけているのと同じものじゃない。でもどうして……」

 そう言って、彩香は自分が身に着けているネックレスのチェーンに触れてみる。

 私は、できるだけ平静を装いつつ、

「これね、お母さんに頼んで、三宮のデパートで作ってもらったんだ。前に、彩香にネックレスを見せてもらったでしょ。錨と山のデザインがなんだかこの街らしくて、私も欲しくなったんだ。ごめんね、真似しちゃって」

 と言って、笑顔を浮かべる。

「そっ、そうだったんだ……」

 そう答える彩香は、不意を突かれたように、少し考える素振りを見せていたが、しばらくしてから顔を上げると、

「と言うことは、私と陽茉莉のお揃いってことだね」

 と、今度は頬を赤らめて、恥ずかしそうに言った。

「うん、お揃い。私たち、仲良しでしょ」

「そうだね、仲良しこよし」

 そう言って、彩香は出しかけていたネックレスを元に戻す。

 その様子を見て、私はそっと胸を撫で下ろした。どうやら彩香は、それ以上、深く考えてはいなさそう。

 休み時間に、私たちは気分を入れ替えようと、校舎三階の廊下の窓に並んで立っていた。開いた窓からは、冷たい空気が吹き込んできて、勉強で疲れた頭を冷ましてくれている。

 街の向こうに見えるのは、青い海。太陽の光を反射して、キラキラと輝いているのが見える。空気が澄んでいるので、遠くを行き交う船までを眺めることができて、私たちはぼんやりと束の間の二人の時間を過ごしていた。

 私が身に着けているネックレス、彩香には母に作ってもらったと嘘をついたが、実は私の誕生日の日に、祖母からもらったものだった。祖母と話した後、私が部屋を出ようとしたとき、「ちょっと待って」と言って、祖母があの化粧台の上に置いていた箱を、私に差し出してきたのだった。

 最後まで私に渡さなかったのは、祖母なりの迷いがあったのだと思う。だけど、私と話したことで、そんな祖母の迷いが晴れたのだろうか。

 もちろん祖母のことは、これからも誰にも話さないでおこうと思う。彩香には今の彩香の家があって家族がいる。それは私だって同じ。それにこの先、受験を控えているので、本当のことを打ち明けることで、余計な波風を立てたくなかった。そんなことをしなくても、彩香とはいつでも心は通じ合っているのだから……。

「もうすぐ、先生との面談があるでしょ。そろそろ志望校を本格的に決めないといけないけど、私はやっぱり山手学院大学を受けようと思うの。陽茉莉はどうするの?」

 不意に彩香が口を開いた。そうだ、近々、面談があるのだ。志望校によって三年生のクラスが変わってくるから、これまで以上に大事な面談になるのだけど、でも大丈夫。志望校なら私も決めてあるから。

「私ね、実は、老人ホームでボランティアをやっているの。ほら、彩香から、子供たちと一緒に遊んだり、図書館で読み聞かせをしたりしているって聞いていたでしょ。彩香、とても楽しそうに話していたから、私も始めてみようと思って、老人ホームでボランティアをしているの。そこで、色々な利用者さんと接していて、たくさんのことを勉強させてもらっているんだ。皆さん、とっても元気で、笑顔が素敵なんだ」

「えっ、陽茉莉がボランティアをやっているなんて、私、知らなかったよ。どうして、私に知らせてくれなかったの。知っていたら、一緒に活動ができたのに……」

 彩香は、ぷくっと頬を膨らませて、拗ねたような表情を見せている。そんな彩香に、私は微笑みながら続ける。

「ごめんね。彩香に黙っているつもりはなかったんだけど、長続きするかわからなかったから、とりあえずある程度続けてから、彩香には話そうと思っていたの。でも、彩香のおかげで、私もなんとか続けることができた。それに夢も見つかったの」

「えっ、夢って?」

「それはね、社会福祉士になること。老人ホームで生活をする人たちを見ていて、誰もが自分らしく安心して過ごせる社会になればいいなって思ったんだ。ちょうど、私に色々教えてくれていた施設長さんがその資格を持っていて、私にその仕事の楽しさややりがいを教えてくれた。私も施設長さんみたいに、バリバリと働きたいと思った。だから決めたの。私も、山手学院大学の社会学部を目ざすって」

 それまで訝しげに私のことを見つめていた彩香の顔が、大学の名前を聞いた途端に、明るくなった。

「えっ、そうなの? やったぁ。陽茉莉も山手学院を目ざすんだ。それじゃ、受かったら、また一緒にいられるね」

「うん、そうだね」

 頬を赤く染めて言い返す私。

「私、なんだか、やる気が湧いてきた。絶対に、陽茉莉と一緒に、山手学院に行くぞ」

「ちょっと、彩香、何よそれ。大袈裟過ぎるよ」

「だって、陽茉莉と一緒にいることができて、私、嬉しいんだもん」

 そう言って、彩香は私に肩を寄せてきた。制服越しに、かすかに伝わってくる肌の温もりが、なんだか懐かしかった。彩香とは、ずっと前から繋がっていたかのような、不思議な感覚だった。

 そんな彩香が、耳元で囁くように言った。

「ねぇ、陽茉莉、私たち、友達だよね」

「どうしたの、急に?」

「うんん、ちょっと訊いてみたかっただけ」

 ほんの少し彩香の表情が寂しそうに見えたのは、気のせいだろうか。

 私は、そっと彩香の手を取ると、優しい口調で言った。

「ずっと、友達だよ。これからも、ずう~っとずっと、彩香と私は一緒」

 そんな私の声に安心したのか、彩香は顔を私の肩にもたげてきた。

 そのとき、廊下にチャイムが鳴り響いた。次の授業の開始を告げる音。

「あっ、陽茉莉、次は古文の授業だよ」

「えっ、古文と言えば、たっ、田中先生……」

 たった十秒の遅刻でも、鬼のような形相で叱り飛ばす先生の顔が私の頭に浮かんだ。

「陽茉莉、早く行こうよ」

「うん、そうだね。遅れたら大変」

 そう言葉を交わして、私たちは教室に向かって駆け出した。その私たちの胸元では、裏に『H&A』と刻まれたお揃いのネックレスが揺れていた。


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。本作品は、私が学生時代を過ごした街をモチーフにしたものです。風光明媚な街並みを描写したつもりすが、街の雰囲気を感じ取っていただけましたでしょうか。是非、ご感想をお聞かせいただけますと嬉しいです。

 なお、本作品はフィクションであり、実在の人物・場所とは一切関係がありません。


☆TALESに最新作を随時連載しています。そちらもあわせて目を通していただけると嬉しく思います。

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