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追憶のICカード  作者: 松山 さくら


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プロローグ

 今日は疲れた。車との接触事故が起きたとかで朝から電車が止まり、ようやく動き出した電車の中は超満員。駅から学校まで走ったおかげで、制服は汗だくで髪の毛はぐちゃぐちゃ。気づかれないようにそっと後ろの扉から入ろうとして、建付けの悪いドアの取っ手に指をかけたらドアが開かず、少し力を入れるとドアが一気に開いて、バタンとなる始末。眠そうに授業を聴いていたであろうクラスメイトたちが、先生に叱られたと勘違いして一斉に視線を向けてきたので、私は頭に手を遣って「エヘッ」と苦笑いするしかなかった。

 なんとかその場をしのいで受け始めた数学の授業では、課題を家に忘れてきたことに気づいて、あろうことか先生から指名されて答えられずに大恥をかいたし、体育の授業では、曲に合わせてダンスをしていて、勢い余って体勢を崩して尻餅をつき、密かに思いを寄せていた隣のクラスの男子に彼女ができたことを知って、やきもちを妬いた。

 昼休みに行った学食の日替わりランチは売り切れで、気分直しにジュースを買おうとした自動販売機は釣銭切れ、いつも英語でダジャレを連発して一人で受けてばかりいる英語の先生のトークだけが、やけにキレキレだった。

「なんてついていない一日なんだろう……」

 家に帰ってきて、リビングのソファーに座り込んで、「はぁ~」っとため息をついてばかりいる私。母の陽菜はまだスーパーのパートから帰って来ていないし、少し前から一緒に暮らしている母方の祖母の陽子は、近所の集会所での習い事に忙しい。

「はぁ……何もやる気になれない」

 テレビをつけてみて、画面に現れたのは、母がまだ若かった頃に放送されていたと聞いたことのあったドラマ。今は、トーク番組などでよく見かける元人気アイドルグループのメンバーが、ドラマの主演を務めている。母が、黄色い声を出しながら、追っかけをしていたと言うけれど、なるほどこの透き通るような瞳で見つめられたら、私も一撃必殺で虜にさせられてしまうかな。

 テレビドラマは、佳境に入っているようだったが、前の回まで見ていた訳ではないので、ストーリーはよくわからない。でも、なんとなく主演の男性が、このまま中学校の同級生と言うヒロインの女性と結ばれるような気がする。キスシーンなんかもあったりするのかなと密かに期待を寄せながら、私は喉の渇きを覚えて続きのダイニングに向かう。コップに麦茶を注いでリビングに戻ろうとしたとき、ふと私の視界にあるものが入ってきた。それは、ダイニングテーブルの上に置かれたパスケース。誰のだろうと思って、カバーを開けてみると、中に入っていたのは電車のICカード。青の文字でカードの愛称がプリントされたそれは、最寄り駅の券売機で購入できるタイプのもので、私はそれを通学用の定期券として使っている。

「こんなところに、パスケースが置きっ放し。お母さんかなぁ……」

「不用心だなぁ」と続けそうになったが、ここは私の家。置き忘れていたとしても、誰かに持って行かれるようなことはない。

 きっと、母が置き忘れたのだろうと思った。だから、私は出していたカードをパスケースの中に戻してケースを元の場所に置くと、リビングに戻る。

「しまった」

 戻った瞬間に声を上げたのは、今さっきまで見ていたドラマが、エンディングに入っていたから。

 パスケースに気を取られていなければ見られたであろうキスシーンを、見逃してしまった。万事休す、あぁ、とことん今日の私はついていない。

「もう……どうしてこうなるの」

 やり場のない怒りを言葉でぶつけた私は、植物がぐったりするように、ソファーに座り込んだのだった。


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