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太陽と月 クロ②

いつもお読み頂きありがとうございます。


誤字報告ありがとうございます。

 

side 皇遥


 リフルテッド ギルドバトル会場。

 クロとGENESISのメンバーが、一定の距離を取って対峙する。


 先程、両者同意の元でデスペナルティの変更が行われた。

 内容は、ワタルさんが提案した通りのもの。

 死亡すれば、着けていた全ての装備が消えてなくなる。


 観客達は変更されるまで半信半疑だった。


 ランカー最弱と罵られているとはいえ、クロだって太陽と月のメンバー。

 身に着けた装備が簡単に手に入らないモノなのは、マギアをある程度プレイしたプレイヤーなら、一目見ればすぐにわかるからだ。


 1対6の戦い。

 しかも相手はトップランカー。

 結果は火を見るよりも明らか。

 にも関わらず、クロは、迷うことなく同意した。


 自暴自棄。

 そういってしまうのは簡単だ。

 でも、そうじゃないことは、この会場にいる全員が、薄々気づき始めていた。




 いよいよ始まるんだ。


 私はクロを見つめる。

 賽は投げられた。

 もう引き返すことはできない。

 握った拳に、自然と力が入った。


 観客席も先程までとは打って変わり、シンと静まり返っている。

 全員が事の成り行きを、見守っている感じがした。



 両者が、アイテムストレージから武器を取り出す。


 GENESISの編成は、

 舞帝のミナトさんをはじめ、竜槍士、聖騎士の前衛3人と、

 大司教のシュウジさん、召喚術士、魔導師の後衛3人。

 全員が、事前に調べた情報と同じ武器を手に持っている。



 それに対し、クロが取り出したのは、虫の翅(はね)。


 巨大な昆虫の翅を加工して作られた、大振りの2本の短剣。

 翅脈が広がる刃は、反対側が透けて見えるほど薄い。


 斬れ味はありそう。

 だけど、すぐに折れてしまいそうで、見た目でいえば 、いつもの毒短剣の方が強そうに見える。



 でも、


「クロ先輩、本気で戦うみたいですね」


 そんな私の耳に、セツキくんの声が届いた。


 あの武器が、クロの本気?


「......ねえセツキくん、クロが持ってるあの武器ってすごいの?」


 体をひねり、後ろに座るセツキくんに聞いてみる。

 セツキくんの言い方。

 あの武器について、詳しく知ってそうだったからだ。


「すごいです。

 ただ、普段使いするには向かないので、クロ先輩も滅多なことがない限りは使わないんです。

 僕が最後に見たのはマギアの下層攻略の時なので、本当に久しぶりです」


 セツキくんは、目を輝かせながら、喜々とした表情で、クロが持つ武器の説明をする。


「あの武器は、七つの大罪の一つ、暴食の悪魔、ベルゼブブの素材から作られたものなんです」


「ベルゼブブ......」


 聞いたことない名前。

 でも七つの大罪が、すごい悪魔達だってことは知っている。

 そんな悪魔から作られた武器が、弱いはずがない。


「はい。全短剣の中で、最高位の攻撃力を誇る武器です。名前は......」


「......メイフライ」


 突然、セツカちゃんが横から口を出し、セツキくんの言葉を奪い取った。


「え? メイフライ?」


 思わず聞き返す。

 すごく有名な、強い悪魔から作られた武器で、

 全短剣の中で一番強い武器。


 その名前が、メイフライ?


「......そう......メイフライ」


 力強い肯定。


「......そっか。メイフライかぁ」


 なんというか、もっと強そうな名前だと思ったんだけど、公式が決めた名前なら......


「......それ、セツカが勝手に言ってる名前でしょ。

 まぁ、いいけどさ......」


 セツキくんの呆れの混じった声。


 だよね。

 やっぱり、メイフライは正式な名前じゃなかったみたい。

 でも、セツキくんのこの諦めが漂う感じ、きっと何回も同じやり取りを、セツカちゃんと繰り返してきたことが何となく伝わってくる。


 だから私も納得することにした。

 あの武器はメイフライだ。



「......へぇ、メイフライまで使うのか」


 喜色が滲んだ声。

 ワタルさんだ。

 いつの間にか近くにいて、クロがいる方向を見つめている。


「ワタルおつかれ」


「うん、ありがとう」


 無言でサムズアップするセツカちゃんに、同じように親指を立てたワタルさんは、ミミさんからの労いを受けながら、自分の席、ミミさんの右隣に腰を下ろす。


「あいつ、どうだった?」


 ミミさんがワタルさんに尋ねる。


「俺が何か言うまでもなくやる気だったよ。まさかメイフライまで使うとは思わなかったけどね」


「ふーん、そっかぁ。あいつがねぇ......」


 メイフライ。

 どうやら相当すごい武器らしい。

 視界の端に映るセツカちゃんも、ワタルさんがメイフライって言うたびに得意げな顔をしている。


「やっぱハルカの影響?」


「そうだろうね」


「へぇ......」


 ミミさんが、ニヤニヤした顔を向けてくる。

 でも、そんな顔をされるほど、私とクロの関係に進展はない。


「だと、いいんですけどね......」


 優しいし、気遣ってくれるし、嘘でも恋人になってくれたけど、

 クロからは、そういう気持ちが全然伝わってこない。

 だからふとした時に、全部私の勝手な思い込みなんじゃないかって思ったりもしてしまう。


 だけど、ワタルさんから見たクロは、私とは違うみたいで。


「クロは感情を表に出さないから、わかりにくいと思うけど、ハルカのことをちゃんと想ってる。

 それこそ俺達とは違う、別の感情すら持っているかもしれない」


「そんなこと......」


 あるわけない。

 そう言おうとして口を噤む。


 覚えがあるからじゃない。

 ただ、否定したくなかっただけ。

 ワタルさんの言葉を。

 そうであって欲しいと思ったから。



「ハルカはこの試合、クロが勝つと思うかい?」


「......勝って、欲しいです」


 絶対勝ちます。

 本当は、胸を張ってそう言いたかった。

 断言したかった。

 でも、言えなかった。


 散々みんなの前で、クロは勝つよ! なんて言ったけど、あれは私の願望。


 実際にGENESISと戦って、力を目の当たりにしたからわかる。

 GENESISはすごく強い。

 それこそ、私なんかじゃ、底がわからないくらいに。


 でも、


「クロは勝つよ。間違いなくね」


 ワタルさんは断言する。


「今回の戦い、クロの勝ちは最初から揺るがなかった。

 でもクロは、メイフライを使うことを選んだ。

 ハルカには、その意味がわかるかい?」


「......わかりません」


「おそらくだけど、クロは、ハルカに見せたいんだと思う」

 

「......なにをですか?」


 クロが私に見せたいもの?

 それって一体なに?


 そんな私の顔を見たワタルさんは、ニコッと笑う。



「圧倒的勝利さ」



 その言葉で、クロの気持ちがわかった気がした。


 そっか、クロは、実現しようとしてくれているんだ。

 私の言葉......



 世界で一番強い姿を。



「クロ......」


 フィールドに目を向ける。

 クロは私の視線に気づかない。

 ただ真っ直ぐ、対峙するGENESISを見据えている。


「ハルカ、クロから目を離さない方がいい。

 メイフライはそう長い時間使える武器じゃない。

 勝敗はすぐに決まるはずだ」


「はい」


 ワタルさんの言葉に、強く頷く。


「そして、これからハルカや観客達が目にするのは、俺達しか知らなかった、太陽と月の月(クロ)、本来の姿だ」




「俺がやる。お前らは手を出すなよ」


 フィールドの上、対峙するクロを睨みながら、GENESISの先頭に立つミナトさんは、メンバーに向けて言い放った。


「......状況がわかってるのか? 全員で確実に仕留めるべきだ」


 それに対するシュウジさんの声は冷たい。

 ミナトさんの意見を真っ向から否定する。


「あんなヤツ、全員で殺ってどうなんだよ? バカにされるだけだろうが。俺がやる。絶対に手を出すなよ」


 散々馬鹿にしてきた相手に6人がかり。

 勝ったところで、世間になんて言われるかなんて目に見えている。

 だからこその選択。

 ミナトさんの意思は固い。

 シュウジさんも、それは十分わかっているから、


「......危険と判断したら、すぐに介入する。いいな?」


「......ああ、わかったよ」


 ミナトさんの意思を尊重した。



「おい無能、聞いた通りだ。俺が相手をしてやる。全力で潰してやるから、覚悟しておけ」


 ミナトさんはクロに向けて言い放つ。

 相変わらずの物言い。

 あんなことがあったのに、クロのことをまったく危険視していないようだ。


「......好きにすればいい。俺のやることは変わらない。ただ、あとで言い訳するなよ?」


 そしてクロも負けてない。

 相変わらずの物言いで、ミナトさんに言い返す。


「......殺す」


 両者が対峙する中、試合開始のブザーが鳴り響く。



『それではバトルを開始してください』


「『獣装、酒呑童子』」


 機械アナウンスがバトルの開始を告げると同時に、ミナトさんが獣装を使った。

 体から緑色の魔力が溢れ出し、髪は真っ白に染まり、額には発達した二本の大きな角が現れる。


 っ......


 あの時の記憶が甦る。

 悔しさ。

 不安。

 恐怖。

 絶望。


 私は、刺された胸の辺りをギュッと握り締めた。


 怖い。

 あの姿を見ると足が竦む。

 でも、私は見届けるんだ。

 クロの戦いを。

 クロが見せようとしてくれている姿を。



 そして私は、息を飲んだ。


 私だけじゃない。

 対峙するミナトさんも、

 GENESISのメンバーも、

 会場にいる観客達も、

 全員が、息を飲んだ。


 変わったのだ。

 クロの纏う空気が、

 明らかに。


 殺気だ。

 そしてこの感じ、

 肌がピリつくこの感覚を、

 私は、知っている。



「『獣装......ナイトメアキャット』」



 体から溢れる濃密な紅紫色の魔力が、フードを捲り上げ、空間を染め上げていく。

 髪は紅紫色に染まりながら背中まで伸びていき、頭には同色の猫耳、瞳はアメジストのように輝き、尾骨辺りからは2本の尻尾が現れる。


 観客達は、その姿に息をするのも忘れ吃驚した。

 クロが素顔を晒したことに。

 クロが獣装を纏ったことに。

 そして、その圧倒的存在感に。


 そんな会場に、けたたましい音が鳴り響いた。




 なに? この音。


 突如鳴り響いた甲高い音に、意識が引き戻された。


 この音はどこから?

 なんて考えるまでもなく、音の発生源はすぐに見つかる。


「え? 揺れてる?」


 クロが持つ、あの虫の翅の短剣が、ものすごい速さで揺れているのだ。


 音の正体って、絶対あれだよね?


「クロが持っているあの短剣は、魔力を流すことで、超振動を起こす高周波ブレードなんだ。

 正直、あれで斬られたらひとたまりもないね」


 そう言ってワタルさんは、あの短剣のすごさを教えてくれたけど、私にはそのすごさがいまいちピンと来ない。

 その代わりに、答え合わせのつもりで、気になったことを聞いてみた。


「じゃあ、この音はやっぱりあの武器からですか?」


「そうさ。そしてこの音が、あの武器を五月蝿い(メイフライ)と呼ぶ理由だよ」


 え? そういうこと?


 名前の由来に唖然とする。

 だけど、そんなことがどうでもよくなる出来事が起こった。


 クロがこっちを見たのだ。

 私を一瞥するように、

 あのラハの森の時と同じように。

 キラキラと光り輝く、アメジストの瞳と目が合った。


 胸が高鳴った。

 あの時とは、比べ物にならないくらい。

 伝わってきた。

 あの時と同じ言葉が。


『すぐ終わらせてくる』


 私は頷いた。

 頑張れ って気持ちを込めて。


 クロは驚いたように目を見開き、頬を緩ませ、小さく頷いた。

 そして、前を向き、スキルを唱えた。



「......『電光石火』」




「っ!? 『獣装!サンダルフォン!』」


 シュウジさんは獣装を使った。


 体から白色の魔力が溢れ、頭の上には光輪、背中には1対2枚の翼が現れ、素早く空に舞い上がった。


 ミナトさんの言葉は、最低限守るつもりだった。

 でも、そうも言ってられなくなった。


 クロから放たれた殺気。

 そして、唱えられたあのスキル。


 ありえない。

 そう思いつつも、額には大量の汗が滲んでいる。


 あいつは......?

 クロの姿を探す。

 すぐに見つかった。

 同じ場所に立っていた。


 動いてない......?

 いや、そんなはずはない。

 考えを打ち消す。


 そして、違和感に気づいた。


 音がしない。

 クロが持つ武器。

 あのけたたましく、うるさい音が止んでいる。


 何かをした?

 この一瞬で?

 何ができる?

 背中に汗が伝う。

 嫌な予感がした。


「テメェ! 何しやがった!?」


 突然の怒声。

 すぐに視線を向ける。

 ミナトさんがいた。

 怒りに顔を歪め、歯を剥き出しにして、クロを睨みつけていた。


 その姿に驚愕した。

 両腕が無かった。

 武器を持ったままの、左右の腕が、地面に転がっていた。


 こいつはヤバい。

 直感が言っている。

 本能が警鐘を鳴らしている。

 もう、ミナトさんの言葉を守るつもりはなかった。


 全員でやる。

 でなければ勝てない。

 なのに、4人からの反応がない。

 獣装の声すら聞こえない。


 何をやっているんだ?

 この状況がわからないのか?

 少しは自分で考えたらどうなんだ?

 4人への苛立ちが募る。


 そして、


「何をしている! 早く獣装を......!?」


 怒りのまま、振り向き、怒鳴りつけようとして、絶句した。


 後ろに控えていた4人のメンバー。

 その首が同時に落ちて、白い粒子となって、消えた。




「......え?」


 自分の目を疑った。


 見ていたのに。

 見逃さないようにしていたのに。

 全然わからなかった。


 クロがスキルを唱えたら、体がブレて、一瞬でその場からいなくなった。

 すぐにフィールド中を探してみたけど、どこにもいなくて、気づいたら元の場所に立っていた。


 その間、数秒も経ってない。

 経ってないはずなのに。

 ミナトさんの両腕がなくなって、4人のメンバーが死んでしまった。



「......ワタル先輩、クロ先輩、今、電光石火って......」


「......ああ、とんでもないね......」


 セツキくんの言葉に、ワタルさんが頷く。

 二人の声からは、動揺が伝わってくる。


「セツキくん、電光石火って?」


 フィールドに視線を向けたまま質問する。

 すごく失礼なのはわかってるけど、クロから目を離せなかった。


「移動スキルです。

 開発者が、速さだけを追求して生まれたのがあのスキル、電光石火なんです」


 セツキくんは、そんな私の態度に気にした様子もなく、そう教えてくれた。


「移動スキル? 瞬間移動じゃなくて?」


 一瞬で消えて、戻ってくるって、それはもう瞬間移動なんじゃ......


「移動スキルです。ただ、光速移動なので、瞬間移動といっても過言ではないですね。

 それで、当時はすごいスキルだって話題になったんですけど、問題があったんです」


「問題?」


「はい。速すぎて、制御できなかったんです。

 広い場所を移動するだけならいいんですが、制限のあるフィールドだと、壁に激突してしまうんです。

 それで自爆スキルなんてバカにされるようになって、怒った開発者がレシピを公開したんです。

 制御できるものならしてみろって......」


 それはそうだ。

 目に見えない速さ。

 制御なんてできるわけないよ。


 あれ? でもクロは......


「......それで、大勢の人が挑戦したんですけど、誰一人制御できた人は、現れなかったんです............今日までは」


「......じゃあ、クロって?」


 セツキくんは笑う。


「化け物です」




「......そいつの腕、早く治してやったらどうだ?」


 クロは、4人のいた場所を見つめ、絶句しているシュウジさんに言い放つ。


 残りは2人。

 1人は手負い。

 勝ちは目前。

 なのにクロは仕掛けない。

 それどころか回復を促している。


 余裕の表れ。

 その態度が、シュウジさんの神経を逆撫でる。


「......その驕り、すぐに後悔させてやる。『エクスヒーリング』」


 シュウジさんが魔法を唱えると、ミナトさんの欠損した両腕が回復した。

 ミナトさんは、腕の感覚を確かめると、落ちていた柳葉刀を拾い上げ、クロを睨みつけた。


「ぶっ殺してやる!」


 そう叫んで、クロへと駆け出した。


「ミナト! 待て!」


 でも、すぐにシュウジさんに止められた。


「......あ? 止めんじゃねーよ」


 振り返ったミナトさんが、シュウジさんを睨みつける。

 顔からは怒りが滲み出ている。

 今にも飛びかかりそうな程に。

 逆に、シュウジさんは冷静だ。

 眼鏡の位置を直し、見上げるミナトさんを見下ろし、話しかける。


「落ち着け。あいつは危険だ、二人で連携して......」


 次の瞬間、


「『グリムリーパー』......あんた、もういいよ」


 背後から声が聞こえた。

 シュウジさんは、振り返り、目を見開いた。


「......えっ?──」


 そこには、死神がいた。



 一瞬の出来事だった。

 シュウジさんの背後に移動したクロは、武器に魔力を纏わせ、漆黒の大鎌を作りだした。

 そして、体を回転させ、その勢いのまま大鎌を振り抜き、シュウジさんの首を切断した。


 誰も反応できなかった。

 気づい時には、シュウジさんの首が落ちていて、白い粒子となって消えるところだった。



「......あとはお前だけだが、腕は治っただろ? 俺の相手をすると言っていたが、来ないのか?」


 クロは問いかける。

 当然のように、

 何事もなかったかのように、

 嘲りも罵りもない、

 普段と変わらない、平然とした口調で、

 ただ呆然と立ち尽くす、ミナトさんへ。



「......お前、なんなんだよ?」


 ミナトさんの目が、ギロリとクロを睨む。

 その額にはびっしりと汗が滲んでいる。


「こんなことありえねぇ......ありえるわけねぇだろうがっ!」


 ミナトさんが駆け出した。

 恐怖を打ち払うように。

 膨大な緑色の魔力が、両手の柳葉刀に集中する。


「『風神乱舞・級長津彦舞(しなつひこのまい)』死ねよ! クソ野郎がぁっ!」


 凄まじい斬撃。

 舞うように放たれる、一撃一撃が致命傷の威力を持った風の刃が、際限なくクロに襲いかかる。


 なのに、


「なんでだよ! なんで当たんねぇんだよっ!?」


 当たらない。

 全ての攻撃がかわされる。

 まるで見えているかのように。


「お前マジでなんなんだよっ! 最弱じゃねぇのかよ! いい加減死ねよっ!」


 クロは何も話さない。

 何も答えない。

 ただ無言で、ミナトさんの攻撃を避け続ける。


 そして、あのけたたましい翅音が鳴り響くと同時に、ミナトさんの両腕が宙を舞った。


 会場の全員が、その両腕に目を奪われている間に、クロは素早くミナトさんの懐に入り込み、鳩尾と丹田に拳を当てる。


 唯一それに気づいたのはミナトさん本人。

 恐怖に顔を歪め、引き攣らせ、口を開いた。


「お、俺のまけ──」


「『......闇勁(あんけい)』」


 直後、ミナトさんの上半身が吹き飛んだ。

 内側から破裂するように、黒い衝撃に押し出されるように、跡形もなく消し飛び、

 残された下半身は、崩れ落ちるように倒れ、白い粒子となって消えた。


 そして、会場全体に試合終了を告げるブザーが鳴り響いた。



 1対6で始まった戦いは、蓋を開ければクロの圧勝で終わった。

 この結果を予想できたのは、私を抜いた太陽と月のメンバー4人だけだったと思う。


 獣装を解いたクロは、フードを被り直すと、出口に続くゲートへと戻っていく。


 歓声は上がらない。

 困惑してるのはもちろんけど、上げられないんだと思った。


 散々バカにしてきた相手。

 最弱だと見下した相手。

 始まる前には、ヤジだって飛ばした。


 すごい戦いだった。

 きっと全員が叫びたい程に興奮したと思う。

 でも、上げられない。

 今さら、どんな顔をして上げればいいかわからないから。


 でも、私は違う。

 私達は違う。

 ずっと待ってたんだ。

 この時を、この瞬間を。


「クロ!」


 私は、フィールドに向けて叫んだ。

 シンと静まり返った会場、自分の声がやけに大きく聞こえた。


 クロは振り返る。

 フードで顔はわからないけど、目が合った気がした。


「やったね!」


 私は叫びながら、サムズアップした。

 観客の視線が集中している。

 でも、そんなの気にならなかった。


 私一人じゃないから。

 私達5人だから。


 クロは、そんな私達を見て、困ったように頬を掻いた。

 そして、同じように、親指を立てた。

 

お読み頂きありがとうございました。

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