変異完了
何がワンチャンなんだろうか。
俺の目の前でそんなバカなやり取りをするのはいい加減にしてもらいたいもんだ。
と言うか……酒をあんまり飲まない事って噂になるくらいな訳?
別に良いじゃないか。
リーサの世話とか色々あるし、俺自身が酒にあんまり興味がないだけなんだから。
心の中で献身のサンダーソードを歌って平静を保とう。
この歌はサンダーソードの為に節制をして献身的に行動すると誓う歌だ。
「ヴィーヴル……」
ハーピーの爬虫類バージョンみたいなイメージがある。
語り手のよって色んな姿があるって聞いたけど、彼等の反応的に多分人型なんだろう。
日本に居た頃の記憶ってのもそこまで専門的じゃないからなぁ。
「サレルは会った事ある?」
「無いな。居たとしても相当の辺境なんじゃないかって囁かれる程度だぞ」
「ルーフェがヴィーヴルになるのかな?」
「それは奴に聞けばわかるだろ」
「……」
リーサが俺の方を見てくる。
ここで教えてあげればいいのかな?
そう思ったら視線を外されてしまった。
「ルーフェがなりたいって願った姿になれると良いな」
「リーサは……前に会った時よりも強くなったな」
サレルがそんなリーサに言う。
「……ううん。私は強くなんてなってないよ。強く、なりたいの」
「そんな風に言えるようになっただけでも強くなったと俺は思う。あの頃のリーサは……今にして思えば、物静かだと思っていたけど無気力だったんだろうな。それに比べたら……」
「そう、なのかな……」
顔見知り故に思い出話に花が咲いてるなぁ。
ちょっと騒動にはなったけど、友達というのは良いものだ。
彼に限らず、リーサにはこういう友達を沢山作って欲しいな。
それはともかく、俺はどうしたらいいんだ?
教官&冒険者側に行くとルーフェをネタにした猥談に巻き込まれそうだし、かと言ってリーサとサレルの方に行くのは憚られる。
「イストラの街の方には俺が行って説明しておく。騒ぎを聞いて捜索を手伝ってくれている奴もいるからな」
ここで教官が背を向けてイストラの街の方へと歩き出した。
「あ、俺も行きます」
「お前が来てどうするんだ。お前が世話している魔物だろうが」
ここに来て教官の拒絶。
この微妙な空気の中に留まれと?
ルーフェには激しく申し訳ないけど居心地滅茶苦茶悪いのですけど!
くっ……ルーフェの変異させるタイミングを見誤ったか。
だが街、いや、俺達の家の庭でやったとしても似たような流れになった可能性は高い。
あの冒険者達の雑談は間違いなく広がっていくだろう。
孤児院のやんちゃな子供達が耳にしたらどうなる?
紫電の剣士という二つ名が別の名に変わってしまうような気がする。
だからここでよかったと納得するか、ルーフェの友人をしている冒険者達を黙らせる方向に行くしかない。
「じゃあ行ってくる」
「教官! 置いていかないでください!」
「情けない声を出すんじゃない! お前らもいい加減にしろ!」
「うえーい」
「良いじゃないかー変異は夢があるんだよ」
「ルーフェネットが美女になるかならないか」
「賭けの始まりだぜ」
ふっ……ここで俺は若干性格が悪いから黙ってやろうじゃないか。
ルーフェは別に人型になる訳じゃない。
美女ではないわ!
盛大に美女に賭けて大損するが良い!
なんて感じで居心地の悪い時間が一時間くらい続いた。
「ふあああ……」
「さすがに暇だな。交代で――」
暇になってそんな事を言い出したと同時だっただろうか。
帯電しているような繭がパチンと弾けて光が溢れた。
「ルルーン!」
と言う声と共に光の中から……青いシルエットの身長70センチくらいの3頭身程ほどの体型をした幼いドラゴンみたいなのが姿を現した。
シルエットと姿が一致している。
どうやら変異は上手く終える事が出来たっぽい。
「ルル? やった! みんな小さくない!」
「お前、ルーフェネットか?」
「ルルン!」
膜から出てきた幼いドラゴンに冒険者達が近づいて声を掛けると、幼いドラゴン……どうやらルーフェはコクリと頷く。
それからルーフェらしきドラゴンは自身の手をグーパーして見たり、尻尾や足を見直す。
「ルーフェ、子竜みたい!」
それからパァっと背中から……なんか青白い光の羽みたいな物を出して浮かび上がる。
「ルルー! 飛べる! 羽で飛べる! すごい! ルル!」
新しい自身の変化にルーフェが喜びを表している。
そのままルーフェは俺とリーサの元に飛んで近寄って来た。
「チドリー! リーサ! どう? ルーフェ、姿が変わったー!」
「ああ」
「小さくなったね」
「ルルン!」
「本当にその姿で満足?」
「ルル? ルルン! これでやっとルーフェも巣の奥に入れる!」
ああ、そんなにも俺達の家の中に入りたかったのか。
まあこのサイズなら普通に入れるだろう。
「家事ももっと出来る!」
その姿でも家事がしたいのか。
と言う所でサレルがルーフェの姿をマジマジと見つめながら言った。
「こんなドラゴン見た事無いんだが……」
「サンダーマジックジュエルドラゴンって名前だ」
「……聞いた事が無い。相当な希少種かもしれない」
未発見のドラゴンになってしまったという事か?
飛んでいるルーフェに手を伸ばして抱きかかえる。
おや? 胸に魔石っぽい物があるな。
前の異世界で見た魔宝石に見えなくもない。
「ルルー」
こう……成長したはずなのに小さくなってしまった。
わかっていたけど、ここまで小さくなるとは……世界の謎に遭遇した気分だ。
「チドリに抱きかかえられてるー! ルルーン!」
「シュタイナー先生や学園の人に聞いてみる?」
「それが良いかもしれないな」
「ルル……」
あ、なんか嫌そうな反応。
やはり研究者な人達に体を見られるのは嫌か。
「……変異したのは良いが前の体と違って違和感とかはないのか?」
「ルル?」
ルーフェは俺の質問に小さな手を伸ばしてグーパーしたり尻尾を振り振りして様子を見ている。
「特にない!」
「ルーフェがそういうならそれで良い様な気がするが……今度は何が出来るのかって事になるな」
「んー?」
ルーフェが放してほしい様なそぶりを見せるので降ろす。
「えっと……すぅうううう……」
それからルーフェは深呼吸をするように息を吸い込んで誰も居ない方向に息を吐く。
直後、ルーフェの口から光と共に雷が放たれた。
「ルル……パチパチが吐ける? 次は……」
ボワァっと炎も小さく吐いた。
吐ける竜の息の種類が増えたって事で良いのかな?
で……ルーフェは変異前まで持っていた斧の元に飛んで移動し、持ち上げようと試みる。
「よいしょ」
一応持ち上がったけど、体のサイズに合っておらず、不釣り合いに見えるな。
小柄な体でもそこそこ力はあるみたいだ。
それでもドラゴンウォーリアーだった時のような持ち方はできそうにない。
「ルル、大きい」
「そうだな。持てなくはないみたいだけど、もうその武器は卒業かな?」
「ルル……? なんか出来そう。こう?」
ルーフェはふわりと飛び上がると胸の宝石が光った後、電気の羽が全身を包みこんで膨れ上がる。
そして即座に膜のようになっていた羽が戻ると……そこには変異前のドラゴンウォーリアー姿のルーフェが立っていた。
ただ、ドラゴンウォーリアーではあるのだが、体の所々が変異前との差異がある。
胸に宝石があるし、少しばかり前に比べて丸い。
「姿が……戻った? いや、少し違う?」
成り行きを見守っていた冒険者達が唖然とした表情で言う。
「ルル、戻った。これで斧を持てる。ルル……小さくなる」
再度ルーフェは羽で自身を包むとサンダーマジックジュエルドラゴン姿になる。
「前の姿に戻れるって事なのかな?」
リーサの分析にルーフェ自身が考えるように小首を傾けている。
「まだなんか出来るのがわかるールル」
色々と出来る事が増えたって事で良いのかもしれない。
「ルルルー……」
ルーフェは両腕を上げて更に何か始める。
羽が再度ルーフェを包み込んで膨れ上がり……今度は、大きな西洋風のドラゴン姿になった。
スラッシュウイングドラゴンの項目を確認した時のシルエットに似ている。
この姿だと羽が光とかじゃなくしっかりと物理的な蝙蝠の羽っぽい感じだ。
ただ、なんとなく羽の形状の鋭さは弱いか……どっちにしても雷属性っぽい青い色合いのドラゴンだ。




