1-14 怪異
僕達は森の中で発見した、地獄のような殺戮の現場を暫く検分したあと、立てたポールを辿って村へと戻った。
宿に戻る前に、村外れの女神像に立ち寄り、彼女からいただいた恩恵をお返しした。
その道中に何人かの村人に姿を見られ、何度見かされたが、もうそんなことはどうでもいいと思えるくらいに、三人が三人とも別のことに考えを巡らせるのに夢中になっていた。
時間はとっくに正午を過ぎていたが、誰一人として昼食を摂ろうとする者はいなかった。
「なあ。当然、あの熊と馬の死骸は僕らが退治したヤツの片割れってことでいいんだよな?」
自分のベッドにぐったりと横たわりながら僕は訊ねた。
『さすがにそう考えるしかないよね。』とアルメル。
「でもさ、二つの生き物を合成させるなんて、錬金術では不可能なんだろ?」
『不可能です。』とクロメルが即答した。
『ですが、不可能とされています。と言った方が正しいのかも知れません・・・』
珍しくクロメルは弱気そうに言い直した。
事実、そうやって人為的に造られたとしか思えない存在と状況証拠が揃ってしまったことが、かえってこの世界の秩序をよく知る彼女たちを強く困惑させていた。
『生き物を錬金術の対象にできるっていうのもおかしいけど、兎くらいならともかくとして、熊や馬なんてでっかいものにも使えちゃってるところもおかしいよね。』
『限界錬成質量を明らかに超えています。』
「もしかしてさ、錬金術じゃないんじゃないの?」
『うーん。ケイみたいに変わった能力を持ってる人がいたらあり得る話なのかもしれない・・・』
アルメルとクロメルは何か含みのありそうな表情で、お互いの顔を見合わせていた。
「どちらにせよ、あの焚き火と住処の跡を見る限り、短期間でもあの場所に人がいた事は確かだよね。」
僕たちは村人に聞き込みをして、森によく出入りする人間はいないかを調べた。
たまに山菜を取りに行くという人は何人かいたが、ほとんどの人は立ち入らないとのことだった。
しかも、この時期は熊が冬眠から目覚める時期と重なっているので、山菜摘みにも行くことはないとも。
あの罠は村の猟師の方が仕掛けたものらしく、その熊を駆逐するために村人の生活圏外に仕掛けているということもわかった。
そんなわけで、特に有力な情報はつかめず、僕たちはがっくり肩を落として、宿泊している宿に帰ってきた。
くたくたに疲れてどんよりとした雰囲気が部屋中に立ち込めていた。
そこへ耐えかねたアルメルがこう口火を切った。
『よし!考えても分からないことは考えないのがイチバン!とりあえずさ、日が暮れる前にお茶でも飲みに行かない?グラウスの紅茶は香り高いって有名なんだぞ~。』とアルメルがにこにこしながら言った。
僕とクロメルは曇った表情を無理矢理引っ込めて、気分を明るく切り替えるように努めた。
やはり、アルメルには今日の天気のような暗い心模様を吹き飛ばしてしまう天性の才能があるみたいに思えた。
彼女の導きで僕達はこぢんまりとした喫茶店へ足を運んだ。
喫茶店というよりは、茶葉を販売している店舗に、四人がけの小さいテラスが併設されている形だった。
そこで僕達は思い思いの紅茶を注文した。
『わあ。いい香りが鼻に抜けるね・・・』
アルメルが恍惚顔で言った。
『これはよいものです。』
クロメルは瞼を伏せながら言った。
僕はというと、あまり紅茶に頓着がなく、美味しいとは思うものの彼女らほどの感動はなかった。
『ねぇねぇ。ケイのいた世界にはさ、どんな飲み物があるの?』アルメルが身を乗り出して僕に訊ねた。
「僕の世界にもお茶はあるよ。緑色に濁ってて、少しの苦味と渋味を楽しむんだ。鼻から抜ける香りもすごくいい。」
『うぇ~。不味そうだね。』
『あまり美味しくなさそうです・・・』
「なにおう。緑茶は身体にいいんだぞ。」
よく知らないけど、カテキンとか。
『紅茶だって身体にいいよ?』
「ま、まあ、それはそうだな・・・」
子供の頃、祖父と祖母にやたらと『日本茶を飲みなさい』と言われていたのを思い出して、僕はこの辺りでやめておこうと思った。
そういえば緑茶も紅茶も烏龍茶も、茶葉自体は全く同じもので、それらの味の違いは製法によるものだと聞いた覚えがある。
原料が同じでも、風土の違いで様々な味になるのだから不思議なものだ。
三人は紅茶を啜りながら、とりとめのない四方山話に花を咲かせながらひとときを過ごした。
帰りがけにアルメルは車掌のところへ寄ってみないかと提案した。
もしかしたら資材補給の進捗がわかるかもしれなかったからだ。
僕達はグラウス村へ到着してから『何か困り事があれば言って欲しい』と、車掌が宿泊する宿を言い含められていたため、彼の居所はわかっていた。
宿に着くと、店主に彼の宿泊する部屋を教えてもらい、僕達はその部屋を訪ねた。
コン、コンと扉をノックして僕は「車掌さん、いらっしゃいますか?」と少し大きめの声で言った。
『おぉう!入ってくれて構わんよ!』と野太い声で車掌は応えた。
僕達は扉を開けて部屋の中に入り、挨拶をした。
『おうおう、君たちか。どうした、なにか困ったことでもあったかね?』と車掌は訊ねた。
『いえ、そういうわけじゃないんですが、進捗どうかな~と思いまして・・・』アルメルが精一杯控えめに言った。
『ははは、そういうことか!ちょうどさっき遣いに出していた二人のうち一人が帰ってきてな。明後日の昼くらいには補修にとりかかれそうだよ。君らには世話になったからなあ。早いとこトリストスへ乗せてってやりたいんだが、面目ねぇな・・・』と恰幅のいい車掌はしょんぼりした様子で答えた。
「いえいえ、目処が立ったことがわかっただけでもよかった。」
『私たちに手伝えることがあれば、いつでも言ってください。』とクロメルが言うと『うんうん。』とアルメルも同調した。
それからの二日間は三人で過ごす時間は夜だけで、昼間は別々に好きなことをして退屈を凌いでいた。
クロメルは宿で本を借りて読んだり、メルアさんに帰りが遅れることを伝える手紙をしたためたりしていたし、アルメルは昼寝をしていたかと思えば、どこかへ出かけていって買い物でもしたのか、紙袋を持って帰ってきたりと、二人とも自由に過ごしている印象だった。
一方、僕はここにあっては趣味もお金もないので、本当に部屋でごろごろしているだけだった。
村に下宿し始めて三日目の夜などは、アルメルが安いワインと干し肉を買ってきた。
僕も飲ませてもらえるものだとばかり思ったが、どこぞの意地の悪い女二人が『お子様にはまだ早い』とか『未成年の飲酒は認められません』とかケチなことを言うもんだから、僕は仕方なく我慢して恨めしそうに干し肉をしゃぶっているだけの男だった。
元の世界における僕は、晩酌などあまりするタイプではなかったが、その時ばかりはコンビニで売っているアルミ缶に封入されたピルスナーを思いっきり喉を鳴らして飲み干してしまいたい気分だった。




