第参拾弐話 荒死郎復活、ありすの叫び
ハカセは内ポケットから財布を取り出し、ありったけのクーポンを握り締めるとヤスオの前に叩きつけた。それを見たヤスオは愕然とした。そこにはハカセが苦労して貯めたであろう、オトナランドのDVD割引券、点心本因房のシューマイひと皿無料券、人妻喫茶マタニ亭の一時間延長券等々が散らばっていたのである。
「お、おい。これ、どっかから支給されたやつとかじゃなくて、オッサンの私物だろうがよ。こんなもんを受け取るわけにはいかねえだろ」
「まだ言うか! まだ足りないのか! なら、ハカセのポイントカードもくれてやる。かれこれ一万ちかく貯まってるはずだ! なんにでも使いやがれ!」
ハカセは涙を流しながらポイントカードに手を掛けた。が、ヤスオはそれより早く立ち上がり、ハカセの腕を押さえた。
「やめろよ! ポイントってのは商品と引き換えられるだけのモンじゃねえだろ! オッサンの、いままでの人生の歩みそのものだろうが! そんなものを軽々しく他人にくれてやるんじゃねえ」
ヤスオの言うことは決して大げさではない。。ポイントはただの通貨とは意味合いが大きく異なる。貯めたポイントはまさに人生の来し方であり、貯まれば貯まるほどその重みは増す。ポイントに価値を求めるあまり、一ポイントも使わず、貯まったポイントカードを眺めてニヤニヤするだけのポイントマニアも存在する。企業が倒産してポイントが失効すると分かっていても、いままで貯めたポイントを使うことができず、ついに数万円分のポイントを消失させてしまう者も決して少なくはない。そう、ハカセは自分の人生のすべてをヤスオに投げうったと言っても過言ではないのである。
ヤスオに動きを止められたハカセはその場に泣き崩れた。
「ううっ。じゃあどうすればいいっていうんだ。ハカセはどうすればおまえの信頼を得られるというのだ。ハカセを信じて、フレイムライダーに乗ってくれるっていうんだ。これまでの人生をくれてやるくらいしかないだろ」
ヤスオはハカセの手を取った。
「天才エースパイロット、破天荒死郎を見くびるんじゃねえ。そこまで見込まれて、心動かされない安い男だと思っていたのか。俺、乗るよ。オッサンの人生とかスーパー兵器とかは全然信用できねえけど、俺がスーパーな男だってのは信用していい。いままでの連中とはひと味違うってところを見せてやる」
「本当か? 本当にやってくれるのか? 命の危険もあるんだぞ? いやいや、ハカセの設計に間違いがなければ命に関わるようなことはもちろんないが。でもまあ戦闘となるともちろん安全とは言いがたい。実戦ではなにが起こるかもちろん分からん。しかし機体の安全性はもちろん実証済みだ。だが世の中には不慮の事故や万一ということももちろんある。それでも、やってくれるんだな?」
「なんかオッサンの言い訳を聞いてると逆に凄くやりたくなくなってきたんだが。不慮の事故や万一が起こったときのための予防線をとりあえず張っとくみたいな。でもまあ、俺以外こんな貧乏くじを引く奴もいねえんだろ。なら仕方ねえだろ。その代わり、マッタリーズコーヒーのクーポンはきちっと用意しとけよ。私物じゃない、ちゃんと支給されたやつだ」
「おう、任せとけ。上層部の尻を叩いて、何が何でもクーポンを支給させてやる。タイタニック号やセドル号に乗った気分で待ってろ」
「どっちも沈没船じゃねえかよ。そもそも兵器に乗るよりクーポンの支給のほうに安心しろってスタンスはどうよ」
二人がそんなことを言い合っていると地上をモニターしていた鬼椿が報告を上げた。
「ふだりどもー、ざっぎがらありずがえずおーえずだじでるわよー。どりあえずがいぜんひらぐねー」
なにを言っているのか皆目見当もつかなかったが、メインモニターにありすの搭乗するツインストームからの映像が映し出され、その隅にはありすの顔をモニターするサブ画面が開かれた。




