朱雀さんの愛情表現 64
どこを探しても清明様が見つからないので葛の葉に文句を言ってやろうと思い白虎は部屋に向かった。
眠っているはずだが、たたき起こしてもいいはずだ。
こないだ清明様ルンバと一緒にあんなに回転し、その上 靴代までだまし取られたのだから・・・・
葛の葉は夢を見ていた。
耳を裂くような大きな音がする、火のはぜる音、人間と獣の走る音
大きな背中の後ろ、水を入れた竹筒を冷やして、できるだけ冷たくしてわたす
あの時、あの人は何と言った。
「すまんがこの辺で頼む」自分の頭を優しくなでてありがとうと言った。
御簾を上げると月は曇ってしまったがぼうぼうと火が燃えているのが見える。
もう時間がない。
海に向かってはだめ、追い詰められてしまう
本能が言う
自分は、地面にとんと降りて、決心を込めて振り返っていう
「私はこれから全力で走りますから見失ってはいけません、振り向いてもいけません、お願いします」
そして走り出す。
速く速く速く本能がつたえるほうに、速く速く私を捕まえて、そして殺して・・・
その時、チャイムの音がした
空気が重い、と思ったら胸の上に黒いものが乗っている。
(どけ)というと素直にどいた。
ドアを開けると立っていたのはけわしい顔の白虎殿だったが、自分を見て驚いたらしい
「どうぞお入りください、明かりは少しだけでいいでしょうか?」
白虎が見たことのない寂しげな、だがとても美しい表情で言って、小さな行燈に火をともす姿は霞の
ように見える、とても水とタンパク質でできたものには見えない、同一人物なんだろうか?
もっとおどろいたのは後ろに一回り大きいぴったりと寄り添った黒い影が見える。
「ああこれ」 屑の葉が後ろを振り返って言う。
「何も害はありませんの、ながい知り合いで時々ね、やって来るんです、さあもうお帰り」
いうと影が消えた。
「それよりお茶でも」葛葉が椅子すすめ「何か」と言ってお茶を注いだ時白虎はほとんど混乱というか
戸惑っていた。
さっきの怒りがきれいに消えて、逆に自分が理不尽に感じられた。
その心を読んだかのように
「いい香りでございましょう、カモミールです。心を落ち着ける作用がありますから」と下を向いたまま
言った。
それでも話さなければと思い話すと、差し向かいにいつもと全く違う葛の葉はとてもつらそうで
寝入りばなに起こされたせいか、うっすらと紅に染まった瞼を伏せ少し苦し気に話し出した。
「つまり、あなたはこの世界が気に入らないと・・・」ゆっくりと言った。
そのころにはすっかり毒気を抜かれた白虎は「はあ」言って
うなずいた。
うすぼんやりと行燈の青い光が行き過ぎていく静かな部屋は、空気もしっとりとしていて
水の中にいるようだ。
時々行き過ぎるひかりはなんだろうか?
「元の世界が正常だと、絶対的に正しいとおっしゃいますか?」
なんだかこの部屋ごと深海に漂っている
気分になってきた。
「残酷なことや理不尽なことをたくさんご覧になったでしょう
あれが優れているというなら戻ることもできましてよ」つつまし気に笑った。
「いえ、そんなわけでは・・・」
清らかな白い袖と、襟元から微かに本当に幽かにジャコウのようなにおいがした。
「私には、もうこちらが現実で、あちらが異世界に見えます、あなた様の分身が必要なのはあの方たち
が戦国時代を生きたからです、小姓というのはご存知でしょう、それも忠義の一つで名誉なことでもあっ
て、でも時代は変わります、普通のことが異常になって差別が生まれる、見ている角度が変わだけのこと
ですのに、だからみんないろいろなものに姿を変えました」ぽつりぽつりとつらそうに言った。
「はあ」白虎はもう何を怒っていたかもわからなくなった。
その時、葛の葉の体がぐらりとかしいで、テーブルの上に倒れた。
カップがガシャリとたおれた。
白虎は慌てふためいて立ち上がってその体を支えた。
「もうしわけありません、昼間は苦手で」
「いえいえ大丈夫ですか」急いで肩を貸して布団まで運んだ
「一つ忘れていらっしゃいますわ、あなたがどんなに幸せか、道場に行ってごらんなさい」
白虎が出て行ったあと、寿命以上に生きてしまったのかもしれない
と葛の葉は思った。
死ぬべき時はたくさんあった、なのに自分一人だけ生き残ってしまった。