04 人はどうやってデキる?
地面の正の字は莫大な量となっていた。それはこの世界ご誕生してから、創造主が己の感覚で毎日、記していた日にちの数々であった。
創造主の毎日は、始めの頃の立派なものとは、かけ離れたものとなっていた。
それもそのはず、印は、ゆうに百を超えていた。
言葉も常々、発しなくなり、それはまるで亡霊の
しかし、創造主もただ怠惰だったのではない。今や指を振るだけで、山を創ることさえ容易となっていた。
せっかく手に入れた飛行能力を利用することなく、その場で、山を創ることに専念していた。
家に引き篭もり、山を創る一瞬でしか、家から出ることはなくっていた。
目覚めは、昼夜関係ない。
創った人のセンスが疑われそうな太陽が昇ろうと、起きることはない。
そして、家の近くでしか、山を創ることなかったので、その一帯は、この世界の雄大な山岳地帯となっていた。
山は、繁茂しているだけというバリエーションのなさからは、創造主は卒業しているようだ。
山頂に近づく度に険しさは増していき、地面は凸凹としていく。
その姿を遠目から見た者は、その山に目を惹かれて、身体を震わせるのであろう。
その山々に、創造主は『神の山岳』と名付けた。
名の意味は、考察の意味を残したままであった。
つまり、創造主は安直にその名を名付けたのであった。
その日の天気は、雨であった。
天気において、気圧や湿度などの科学的なものはメソッドではない。
天気が変わるのはまるでランダムだ。
いや、創造主の気分としても、何ら問題はないだろう。
しかし、今日の天気はまったくの偶然。
創造主が意図したものではない。
創造主が唯一、毎日続けていることがあった。
それは山の創造ではなく、人を創造することであった。
けれど、人を創造することはいつまでも挑戦しようと、人を創造することは叶うことはなかった。
孤独は募り、いつしか、精神をも蝕まれ始める。さすれば、自然と創造の力も弱まっていく。
今では、人を創造することは、運に祈るのみ、実力で解決するのは不可能に近いのであろう。
雨に打たれても、一切の動揺を示さない。
いくら服が濡れようとも、問題はない。
しかし、服を増やしているのではない。ただ乾燥をさせることが出来るのだ。
その方法も、彼が創造主であるので、少し特別。
火に近づけても、服は乾かない。それどころか、火は延焼をしない。近くにあろうとも、それは何も燃やすことは出来ない。
なので、創造主は、その服を乾燥したものと想像することで、その服を乾燥されるのである。
そうすることで、創造主は、毎日同じ服を着ることができるのである。
そして、創造主は、外へと出た。
ぽつぽつと降る雨。その雨は胸へと染み込むようであった。
地面には水たまりが現れるが、決して地面に水は染み込むことはない。
それはこの世界で、考慮されていない事象である。創造主が染み込むように設定していないのである。
深呼吸をするが、空気は綺麗とは感じない。空気の変化はこの世界には創られていない。
この一瞬に全ての力をかけた。
そこには、人の影があった。
この世界で、創造主の手によって初めて人が誕生した瞬間であった。
創造主は、力を絞りきり、また倒れていった。
創造主の意識がどこかへと飛んでいく前に、その人影が、こちらへ向かってくることを創造主は認識していた。




