第七十一話:手向けの一杯と、山頂の「答え合わせ」
第七十一話:手向けの一杯と、山頂の「答え合わせ」
「……よし。あの繁栄、あの蕎麦の味……すべては過労による白昼夢だった。そうに違いない」
稲荷山の山頂から戻ったベルゼは、ルシファーの進軍陣へと帰還した。
ベリアルの壮絶な戦死を疑うなど、かつての同僚への冒涜である。何より、もしあの社が健在でベリアルが生きていると報告すれば、魔王軍の軍規が崩壊しかねない。ベルゼは「……蕎麦が美味かった気がするが、それも供養の魔力がもたらした奇跡だ」と自分に言い聞かせ、モノクルをキツく締め直した。
「――戻ったか、人事部長。どうだ、焼け野原の『社の跡地』は? 絶景だったか?」
先陣を指揮するルシファーが、傲慢な笑みを浮かべて問いかける。
「……ええ。まぁ、焼けていましたよ。……酷いものでした」
ベルゼは目を逸らし、曖昧に言葉を濁した。心臓がかつてないほど高鳴るが、管理職としてのポーカーフェイスを卒なく(そつなく)維持する。こうして、魔王軍のエストレア侵攻は「背後の安全」を信じ込んだまま再開された。
一方、天狐の社。
美形清掃員ベリさんは、午後の清掃ルーチンをこなしていた。
境内の掃き掃除を終え、大勢の女性ファンの熱視線を受け流しながら、彼は一人、稲荷山の頂上へと続く険しい参道を登っていく。これもまた、ショータから課された「足腰の鍛錬と環境美化」の一環だ。
頂上の「偽装爆破跡」に辿り着いた瞬間、ベリさんの鼻腔が微かな香りを捉えた。
「……。これは、魔界の銘酒……」
地面には、先ほどまで誰かがいたような形跡。そして、供えられた酒の残り香。
ベリさんは、ふと一時間前に『天狐亭』の隣の席で、異常なまでの執着で蕎麦を啜っていた、あの「生粋の蕎麦っ食い」の背中を思い出した。
「……天かすマシマシ。……それに、あの『効率こそが正義』と言わんばかりの箸運び……。ああ、奴はやはり、ベルゼ……だな」
確信に変わる。
ベリさんは、空いた酒瓶を「不法投棄(ルール違反)」として卒なく回収しながら、不敵な笑みを漏らした。
卒なく、しかし今や「魔王軍の幹部同士」が、互いの生存と嘘を黙認し合うという、奇妙な共犯関係が成立してしまった。




