【幕間】どうか、この国を……
アイゼルの父である先帝の、最期の独白です。
……妻が逝ってから、世界の“色”が消えた。
何もかもが灰色に見え、何を壊そうが、誰を殺そうが、胸の内に波立つものは一つもなかった。
何人の首を刎ねたか——もう覚えていない。
怯えようが、泣き叫ぼうが、命乞いをしようが……耳を貸す気にもなれなかった。
苦言を呈してきた臣下でさえ切り捨てた。
やがて、歯向かう者は消えた。
従わぬ者はいらない。ただそれだけだ。
属国との関係が荒れたときも、私が赴けば相手は震え上がった。
それでもなお反抗する愚か者は、その場で斬り落とした。
見せしめとしては十分だった。
……休息を取るのをやめて、どれほど年月が経っただろう。
疲労の感覚さえ麻痺し、己の限界も曖昧になっていた。
制圧は終わった。
あとは国へ戻るだけ——そう思った瞬間、気が緩んだのかもしれない。
野営中、背後に忍び寄る気配に気づけなかった。
鈍い痛みが、胸を貫く。
「貴方はやりすぎた……! 皇太子殿下こそ、この国の主に相応しいお方だ!!」
倒れ込む体を支えられず、その場に沈みながら、言葉だけが頭の中で反芻される。
皇太子——アイゼル。
妻の、忘れ形見。
……ああ、そうだ。
灰色の世界で、彼だけは“色”を持っていた。
——ただ。
私は、“息子”とどう接すればいいのかがわからなかった。
いつも妻が間に入り、私とアイゼルを結んでくれていた。
彼女を失ってからは、言葉のかけ方一つすら見つけられなかった。
だから私は決めた。
間違った接し方をして壊すぐらいなら、せめて“皇太子”として立派に育てよう、と。
気にかけていたのは、妻に似ていたからだけではない。
後継者として立派だからというだけでもない。
あれは私の……ただ一人の息子だ。
壊すわけにはいかなかった。
その才能も、志も、優しさも。
どれを取っても、後継者として申し分ない。
間違いなく、立派な皇帝になる。
私は、父としては、何一つ残してやれなかったが——
どうか……
どうかこの国を導いてくれ、アイゼル。
帝都には「皇帝は遠征先で敗残兵に討たれた」と伝えられていましたが、
実際には、自国軍による反乱により命を落としました。
真相は極めて限られた者しか知らず、公式には決して語られることはありません。




