書籍2巻記念SS:第一王女の悩み
わたくしはシャーリー・シャリオット。
シャリオット王国の王女である。
『賢王』と名高いラファエル国王陛下と、『実在する美と愛の女神』と謳われるココレット正妃との間に生まれた。
わたくしの上には兄が五人いるので王位継承順位は低く、そして末っ子にして唯一の娘なので、家族からとても可愛がられて育った。
父譲りの金髪とサファイアブルーの瞳を持ち、顔の造りそのものは母の幼い頃と瓜二つだと言われている。
以前、ブロッサム侯爵家に遊びに行った時、おじい様が母上の幼少期の肖像画を見せてくださったことがあるけれど、確かによく似ていた。母上が小さい頃に亡くなってしまったというクラリッサおばあ様の肖像画も見せていただいたけれど、そちらは今の母上によく似ていた。わたくしも見た目だけなら、将来は母上のような美人に育つのだと思う。
わたくしはそんなことを考えながら、王宮の庭園にある、噴水の縁に座り込んだ。
噴水を覗き込むと、揺れる水面に歪んだわたくしの顔が映り、思わず溜め息を吐いてしまう。
「はぁぁぁ……」
「おや、そこにいるのはシャーリーだね? どうしたんだい?」
「……まぁ、父上! ご機嫌よう」
名前を呼ばれて顔を上げると、回廊に父上がいらしていた。
移動中だったらしく、父上の傍には魔法宰相のドワーフィスターさんや宰相補佐のレイモンド叔父様、従者のフォルトや騎士のダグラスがいる。
わたくしは慌てて噴水から立ち上がると、父上にカーテシーをした。
「ドワーフィスター、レイモンド、先に執務室へ行ってくれ。私は愛娘と少し話してくるよ」
「陛下、少しと言わず、このまま休憩時間に入ってください。僕とレイも執務室でお茶にしますから」
「そうですよ、エル様っ。たまにはシャーリーと二人きりで過ごすのがいいと思います!」
ドワーフィスターさんとレイモンド叔父様が「では失礼いたします、シャーリー王女殿下」「またね、シャーリー」と手を振って去っていき、父上がこちらへやって来る。フォルトとダグラスは親子の会話を邪魔しないように、噴水から離れた場所に立っていた。
「乳母も連れずに、こんなところで何をしていたんだい、シャーリー?」
「ごめんなさい、父上。アマレットの目を盗んで来たのです」
アマレットは昔、母上がブロッサム侯爵家にいた頃に専属侍女をしていたのだが、わたくしが生まれた時に乳母として王宮にやって来てくれたらしい。
彼女は母上が大好きなので、「ああ! 春の日差しに包まれる私のココレット正妃様がお美しい!」と、いつものように母上のお姿に感動している隙をついて、わたくしは逃げ出したのだ。
どうしても、ひとりで考え事がしたかったから。
「分かったよ、シャーリー。あとで私と一緒にアマレットに謝りに行こう」
「ありがとうございます、父上」
わたくしの頭を撫でる父上の顔を見上げる。……ぼんやりとして、顔の造形がよく分からない。父上の口元が穏やかに微笑んでいるのは分かるのだけれど。
わたくしは赤ん坊の頃、父上のお顔が苦手だったらしい。
父上は国中から尊敬された存在だけれど、ポルタニア皇国などの国交が不安定な国からは『不細工王』などと悪意のある呼び名で呼ばれている。
事実、『薄霞眼鏡』がなかった頃は、父上の御顔に嫌悪感を感じる国民がかなり多かったそうだ。ドワーフィスターさんが十二歳の頃に発明したこの魔道具は、シャリオット王国で、もはやなくてはならない品だった。
そんな不細工な父上を見る度にわたくしは大泣きして、手が付けられなかったそうだ。
どうしても伝聞口調になってしまうのは、当時の記憶があまり残っていないからだ。
物心がつく前だったし、物心がついてからは子供用の『薄霞眼鏡』をかけるようになった。今は改良版の『薄霞コンタクトレンズ』を使用しているので、相変わらず父上のお顔はよく知らない。
大好きなレイモンド叔父様や、ねだると肩車をしてくれるダグラス、怖い夢を見て真夜中に泣いていると天井裏からひょっこり現れて子守唄を歌ってくれるルシファーのお顔も、全然分からない。
でも、皆が優しくて理知的だということは分かっているのだから、それで十分だ。
人の美醜なんて、本当に些細なことで……。
些細なことのはずなのに……。
「はぁぁぁ~……」
父上の前だというのに、わたくしはついうっかり、また大きな溜息が出てしまった。
「どうしたんだい、シャーリー? 何か悩み事かな? 私には言えないこと?」
「……実は、今度開かれる、わたくしの婚約者候補を選ぶお茶会のことで悩んでいるんです」
わたくしは今年で十一歳になる。
王族は十一歳で三人の婚約者候補を決め、十八歳までに本命を一人決めなければならない。
わたくしの場合は降嫁することになるので、わたくしと結婚する相手は、新たな公爵位と領地を受け取ることになる。
そのため、わたくしの婚約者候補三人は城で特別教育を受けてもらう。
婚約者に選ばれなかった二人は、その教養の高さと報奨金のおかげで縁談は引っ切り無しになるだろうし、望む相手がいれば王家のほうがその縁談を認めることになっている。
「わたくし、怖いんです。ちゃんと、この国に有用な相手を見抜いて、選ぶことが出来るのか。……父上はどうやって母上をお選びになりましたか? 母上のどこを見て、シャリオット王国の正妃に相応しいと思ったのです?」
わたくしは怖い。
例えば傲慢さを隠している相手を選んでしまい、婚約者候補になった途端、権力を笠に着るような人になったらどうしよう。
根性がなくて、特別教育を続けられずに婚約者候補から辞退するような相手を選んでしまったら、どうしよう。
わたくしの選択の失敗で、父上や母上に泥を塗るようなことになったら……!
「きみはとても真面目だね、シャーリー。そういうところも、ココに本当によく似ているよ」
父上はちょっと困ったような声音で話し始める。
「真面目なきみに打ち明けるには恥ずかしい話なのだけれど、私は婚約者候補を決めるお茶会に出席した時、誰のことも選ぶつもりはなかったんだ。どうせ親が決めてくれると思っていたからね。シャーリーのような責任感はなかったよ」
「賢王である父上が……?」
「私がココを選んだのは、ただの一目惚れだった。春の精霊のように美しいココが私に微笑みかけてくれただけで、どうしようもなく彼女を望んでしまったんだ」
「うそ……。父上が一目惚れで選んだのですか? もしかしたら母上が稀代の悪女で、シャリオット王国を傾けた可能性だってあったかもしれないのに?」
「そうだね。結果としてココが優秀で愛国心の強い、素晴らしい人だったから良かったけれど。でも、婚約者候補の期間は相手の性格を見抜くための時間でもあるし、そのために三人選ぶことになっているから。間違っても大丈夫。シャーリーのために、私がなんとでもしよう」
父上がそう言ってくれると、わたくしはすごくホッとした。
わたくしよりもうんと賢くて偉大な父上が、母上を婚約者候補に選んだ理由が一目惚れというのも、とても驚いたけれど、親近感を感じる。父上も血の通った人間なのだ。
「でも、私個人としては、愛する子供たちには愛する人と幸せになってほしいけれどね。私がココという宝物を見つけたように」
「ありがとうございます、父上。なんだか頑張れそうですわ、わたくし」
感謝の気持ちを込めて父上の頬にキスを送ると、父上からも額にキスを返してもらえた。
「あら、シャーリーったら、こんなところでエル様とデートをしていたのね? それではアマレットもシャーリーを見つけられないはずだわ」
気が付くと、庭園の奥のほうから母上がやって来ていた。
いくつになっても年齢を感じさせない母上は、今日も女神のように美しい。
母上の後ろからは――とっても麗しい兄上たち五人と、従兄のオークナイツ様、さらにオークハルト叔父様までいらっしゃるわ!!!!?
わたくしの顔は一気にのぼせ上り、口が勝手に「はわわわわ……っ!!?」と呟いてしまう。
どうして母上は、あんな美形集団に囲まれていても顔色一つ変えないで済むのだろう?
母上とわたくしの見た目は髪と瞳の色以外は瓜二つなのに、性格はまるで違う。
わたくしは見目麗しい殿方を見る度に胸の鼓動が高まってしまい、挙動不審で恥ずかしいのに。
母上は周囲の顔面偏差値などまったく興味がなさそうで、今も「愛娘とデートをするエル様、いけめんぱぱ過ぎるわ♡♡♡ 最高♡♡♡」などと難しい言葉を呟いて、父上に尊敬の眼差しを送っている。聞いたところによると、母上は『薄霞コンタクト』は使用していないらしい。
美醜にとらわれない母上に、わたくしは尊敬の念を抱くと共に……ずっと劣等感を感じてきた。
外見はこんなにも母上に似ているのに、わたくしの中身は母上と違って俗物過ぎる。見目の良い殿方にときめいてばかりで、そんな自分が情けなくて恥ずかしくて仕方がなかった。
でも、父上が先ほど教えてくれた。父上が母上を選んだのは、一目惚れだったのだと。
良かった。
わたくしのメンクイは父上に似ただけで、どんな美形に囲まれてもスン……とした表情をしている母上と違っていても、仕方がないのだ、と。
もしお茶会で美形に惑わされてしまって、変な相手を婚約者候補に選んでしまったとしても、父上がフォローしてくれる。
そう思ったら、もうお茶会は怖くなかった。
「エル様と何をお話していたの、シャーリー?」
目の前にやって来た母上にそう尋ねられて、わたくしはチラリと父上のほうを見る。
父上の顔はよく分からないけれど、その口元が優しく微笑んでいることは分かった。
「それは内緒だよ、ココ。私とシャーリーだけの秘密だ。……ね、シャーリー?」
「はい! 父上!」
「あら。エル様とシャーリーは本当に仲良しなのだから」
仕方がなさそうに微笑む母上の横を通り、わたくしは兄やオークナイツ様、オークハルト叔父様のほうへ向かう。
王女として威厳を持って挨拶がしたいのに、わたくしの足は自然と早足になり、蕩けるような表情になっていくのが分かる。
でも、いいの!
わたくしは父上と同じ、ただのメンクイなのだから!
「ごきげんよう、皆様♡♡♡」
わたくしを見送った母上が、
「シャーリーったら、メンクイなところまでわたしに似ちゃったわね……。でも、まぁいいわ。あの子はモンスター顔が大好きだから、わたしと違って苦労はしないでしょう」
などとボソッと呟いていたことなど、わたくしは知らなかった。