発狂しそうな事件
前話から久しぶりの更新です。
今回の話、あの頃から話は書けていたんですけど、似たような事件があって、書きづらくて……。
これからは頻繁に更新しますので、よろしくお願いします。
降りしきる大粒の雨の中、俺の家を飛び出して行った茉実の後ろ姿を二階の俺の部屋の窓越しに見つめ続けた。
大雨が邪魔する視界の中、道の向こうに茉実の姿が消え去ると、俺は自分のベッドに倒れ込んだ。
これで、もう茉実と言う選択肢は消え去った。
石野と言う選択肢は残ってはいるが、まだ手が届くところにはない。
「今からリセットすれば、茉実と言う選択肢を取り戻せるぞ」
不純な俺が囁く。
茉実を選ぶと言う決断さえできれば、それはいい手かも知れない。
が、茉実に決めきれない俺がリセットしても、結局、今の繰り返しだ。
石野一本に絞って、頑張るしかないか。
そんな事を考えていた時、机の上のスマホ小さく振動した。
メール着信。
送って来たのは母親だった。
大雨洪水警報が出たので、妹の彩佳を保育園まで迎えに行ってほしいと言う内容だった。
「ラジャー」
それだけ送り返して、俺は部屋を出た。
玄関のドアを開けると、分かってはいたが、外はとんでもない雨である。
彩佳のカッパと長靴を袋に入れ、黄色い小さな傘を手に、家を後にした。
視界もままならない土砂降りの雨。
傘をさしてはいても、ほとんど役には立たず、数十mほどあるいた頃には、ズボンはぐっしょりと濡れ、靴の中は水でくちゃくちゃと歩くたびに音を立てている。
茉実は傘もささず、こんな雨の中一人飛び出していった。
心が痛む。
そんな思いで、坂を下って行く。
坂の横には農業用水路があるはずだが、そんなものの存在すら感じさせず、辺り一面大量の水が流れ下っている様は、まるで滝である。
坂を下り切ったところで、道は緩やかにカーブしていて、そこを曲がった時、何人かの人たちがもはや境界を失った農業用水路近くに立って、何か騒いでいるのが見えた。
水が溢れている事や、木々の切れ端などが流されていく事で、トラブルになるのを恐れて見守っているのだろう。
そんな思いで、その横を通り過ぎて保育園を目指す。
俺が保育園に到着した時には、下半身だけでなく、上半身もずぶぬれ状態だった。
「お兄ちゃん!」
俺を見つけた彩佳が嬉しそうな顔をして、教室を飛び出して俺のところに駆け寄って来た。
ひどい雨で、疲労感も募っていたが、彩佳の笑顔で再び元気が戻って来た。
駆け寄って来た彩佳の頭をなでなでしてやる。
「帰るぞ」
「うん」
彩佳は嬉しそうな顔をして、一度教室に戻って行くと、先生に何か話し始めた。
きっと、お兄ちゃんが迎えに来てくれたとか言っているんだろう。
お帰りの準備を終えて彩佳が戻って来ると、俺が持ってきていた袋からカッパを取り出して、彩佳に渡した。
彩佳が頑張って一人でカッパを着始めた。
それをほほえましく見守る俺。
やがて、彩佳は一人で着終えると、嬉しそうに俺を見た。
「よしよし。よくできたな」
もう一度、頭をなでなでしながら、ほめてやった。
長靴にカッパに傘。完全な態勢で、俺は彩佳と保育園を出た。
小さな子には大雨も関係ないのか、どしゃぶりの雨の中、楽しげにふらふらと歩いている。
その小さな顔はすでに水浸しだ。
大雨で川のよう雨水が流れてきている坂に差しかかった。
その手前には、パトカーに救急車が赤色灯を回転させながら止まっていて、坂のその先に目を向けると、保育園に向かう途中、人が集まっていた辺りにさらに多くの人が集まっていた。
警官たちの一部は坂を行ったり来たりしながら、用水路のあたりに竹の竿のようなものを差して、そこを探っている。
何かあったに違いない。
「おい、気をつけろよ」
横を歩く彩佳に言ったが、雨の音がうるさくて聞こえていなかったのか、滅多にないほどの大雨に浮かれているのか分からないが、返事がない。
とりあえず、手を差し出して、傘を掴む彩佳の腕を掴んだ。
「なに?」 的な顔つきで、俺を彩佳が見た。
とりあえず、にこりとだけ返すと、びしょ濡れの顔で彩佳もにこりと微笑み返してきた。
差し出している腕に雨と、彩佳の傘から流れ落ちて来る雨水が濡らすが、どこからが用水路か分からないこの坂では、危な過ぎてその手を離せやしない。
大雨の中、立っている人たちの横に差し掛かった時、声をかけてみた。
「なにか、あったんですか?」
「用水路に女の子が落ちたんじゃないかって」
「あの人が通報したらしいんだけどね」
嫌な予感がする。
もっと、「あの人」と言われた人の話を聞きたい。
が、その「あの人」は警官と話をしていて、話しかけれそうにない。
保育園に向かう途中に見かけた人のようにも思えるが、そこまで一々記憶してなんかいない。
大雨の中、俺はスマホを取り出して茉実に電話を掛けた。
が、電源が入っていないか電波が届かないと言う応答メッセージが返ってきた。
募る不安。
俺は茉実の無事を信じつつ、何度も茉実に電話をかけ続ける。
「お兄ちゃん」
立ち止まって、電話をかけ続ける俺に、彩佳が声をかけて来た。
どうしたの? 的な心配な表情だ。
「なんでもない。
行こうか」
大雨の中、横に彩佳もいる事を忘れてしまっていた。
まずは家に彩佳を連れて帰らなければならない。
茉実の事が頭から離れないまま、彩佳を連れて俺はその場を立ち去った。
突然の豪雨は突然にあがった。
彩佳を家に連れて帰り、家にいるように言い残して、あの現場に戻って来た時には雨は上がり、雲の隙間からは日差しが差し込み始めていた。
人々が立ち去っていないところから言って、まだ進展は無さ気だ。
パトカーの無線でどこかと連絡を取り合う警官の横を通り過ぎると、茉実の家を目指した。
いつだったか、茉実と手を振り合った通りにたどり着いた。
あの光景は実際にあった出来事だが、この世界では存在しない幻。
通りの隅に立ち止まり、再び茉実に電話をかける。
相変わらず返ってくるのは電波が届かないと言う自動応答のメッセージ。
単に電源を切っているだけ。そう信じながら、茉実の家を目指す。
茉実の家の門扉の前のインターホンを震える指で押した。
「はい」
茉実のお母さんの声だ。
「あ、伊藤ですけど、茉実さんは?」
「茉実なら、ちょっと出かけて来ると言って、出かけたままよ」
「そ、そ、そうですか」
茉実はまだ帰っていない。
どこかへ行ったんだ。そう信じたい。
でも、傘もささずあの大雨の中走り去った茉実が、どこに行くと言うんだ。
茉実の無事を信じつつも、不安はますます募って来る。
ここで茉実の帰りを待つか?
それでは周りからは不審者に見られるかも知れないし、もし戻って来なかったとしたら?
茉実の家の前を離れ、再びあの現場に向かった俺を、発狂しそうな現実が待っていた。




