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第二章 空からの異邦人。
さて再び時間は戻りノアがこのリング・エルドにたどり着く一日前。
人気の無い日暮れの山道をひた走る馬車の群れがあった。
先導となる馬車に乗る青年は鋭い目を光らせ荒れ果てた道の端から車輪を落とさないように器用に道端を走り、
それを見てから後ろの団体も続いて彼の後を追っていくように馬の手綱を鳴らしていた。
その数およそ七頭。それだけでも団体といえるのにさらに荷物を乗せ手綱を?がれた馬が六頭。総勢十三頭という団体が馬車を使い町から街へと物資の仕入れに渡り歩いていた。
どうやら今回は遠出だったのか帰りの荷物も一塩らしく皆疲れ果てているようだったが先導たる青年は人一倍元気にそんな仲間に激を飛ばしていた。
「どうしたぁみんな。あと少しで街だと言うのになんでそんなにやつれているんだ」
「そりゃあ大将。かれこれ休みながらも5日は歩きっぱなしですぜ? 疲れが溜まるに決まっているでしょうが」
「はは、なら馬に乗っている者は乗ってない者と交代しろ。酷く疲れている仲間が居ればいらぬと思う荷物を捨ててそこに乗せてやれ。責任は僕が取る」
青年はすぐに馬から颯爽と飛び降り、歩き疲れた部下を馬に乗せた。
「いや、大将は乗っていてくださいな。それこそ俺達が親父さんにどなられますって!」
「何を言っている! 困っているならばお互い様だ。そこに上下関係などないだろ。それにあと半刻もすれば休憩地点に辿り着くとはいえ、それまで辛抱は出来まい?」
青年はそう問いかけて部下の顔色を見た。すると馬に乗せられた部下は静かに首を振り、他の部下達も悪いと思いながらも反論する者はいなかった。
「よし異議を唱える者は居ないな。ならこの先にある森で今夜は一休みをするとしよう。予定には無いが無理をしても良いものではない。さあ、行くぞみんな!」
そんな青年の言葉に他の部下達は感謝を込め、声を合わせるように山中に響かせる。
すると青年は嬉しそうに笑みを浮かべ、また道の先導を続けるのであった。
それからしばらくして一向は予定にはない森の中でベースキャンプを張る事にした一行。
時間が遅いのも災いし薄気味悪い森ではあったが、休むにはそれ相当の場所であり何より色好みを出来るほど今の状態は芳しくなかった。
皆今までの疲れが祟ったのかぐったりとした様子で、体の疲れを思い思いに癒していた。
すると青年はそんな仲間を見て身支度を整えてからこう言った。
「さて皆はここで休んでいてくれ。僕は食料探しとこの辺りの様子を調査してくる」
「いや、大将一人にそんな事をさせる訳には……」
と、何人かの部下は一緒に同行すると願い出たが、青年はそれらを全て断った。
「大丈夫だ。僕も少しは剣の腕に自身があるからな。それに強い魔物が現れたら一目散に皆の下に逃げ帰るさ。その時は是非頼むぞ」
そんな言葉にどっと笑いを誘い部下を和ます青年。そして仲間に見守られ見送られてながら一人、松明の明かりを頼りに森の深淵に足を踏み入れていった。
青年は森の中をしきりに気にしながら観察するように周りを見渡し歩いていく。
そして森の奥地に進むごとにその光景は酷くなって行くのを見て一人呟いた。
「これは酷い。やはり……影響はここまで及んでいると言う事なのか?」
根が地中から隆起し他の木に寄りかかるように倒れている様子に大木が枯れ果てているのがひと目で見て取れた。
それは同時にこの場所でも地下水の枯渇が酷く起こっている証拠でもあり青年は一人眉を潜め表情を曇らせた。
(このままではこの一帯が死に絶えるのも時間の問題か。しかし何が原因か……は!)
青年は目の前の光景に気を取られていたせいか自らの周りに忍び寄ってくる影に気付くのに遅れてしまった
。すぐさま腰に差していたサーベルを抜き近くの草むらから聞こえてくる息遣いに意識をあわせる。刹那、獰猛な獣が赤い瞳を光らせ青年に飛び掛ってきた。
青年は何とか攻撃をかわし、あわせるようにサーベルを振り下ろす。
微かに手ごたえはあったが、赤い血を噴出しながら草むらに隠れる獣は再び青年に飛び掛ろうとタイミングをうかがっているようだった。
青年は獣の姿を見て少しだけ嫌な汗をかき、急いで手に持つ火を足で擦り消した。
「っ……浅いか! それに今のはヘルハウンド。魔獣の群れの一部だとするなら」
最低でも五匹はいる。青年は瞬時に判断し周りを見渡す。
すると獣の気配が一匹だけではないのを今更ながらに察知した。どうやら囲まれてしまっているようだ。
青年は短く舌打ちをしてこの場から駆け出した。
するとすぐに左右の茂みから獣達が青年に向けて攻撃を仕掛けてきた。
青年は二匹相手にするのは無理と判断し、瞬時に一匹の獣目掛けてサーベルを突き刺しもう一匹の爪を腕で受け止める。
獣の悲鳴と共に青年も苦痛の表情を浮かべたが、すぐさま腕に張り付いた獣を柄で殴り飛ばし再度走り出した。
(くっ、あと何匹居るんだ……。このままではまずい!)
青年は走りながら仕舞っておいた布着れを取り出し、腕に巻きつけた。
傷は浅いとはいえヘルハウンドは魔獣である。
どんな毒や病原菌を持っているかもわからない為すぐに傷口を吸出し応急処置を施した。
そして再び振り向きざまに飛び掛ってくる獣を迎え撃ち、サーベルで足を引き裂くと返した刃で地面に転がる獣の動きを止めた。
「はぁはぁ、数が多すぎる……。こんな時に腕の立つ旅人でもいれば助かるのだが、そんなのが都合よく居るわけもないな」
青年は息を切らしながらありもしない願望にせせら笑いつつ再び森の中を走り出そうとした。
だが向きを変えた直後、空が眩く光り輝き、その途端目の前に落ちてきた物体に躓きその場に倒れてこんだ。
青年はすぐに起き上がり月明かりを頼りに目の前を確認して見てみると、それはどうやら追っ手の獣ではないのがひと目でわかった。
「なっ……ヒト? なんでこんな所に人が? おい、大丈夫か。まだ生きているか!」
擦り傷などはあるものの生きているらしく声をかけられた蒼いトレンチコートを着た少年らしきヒトは、見下ろす青年を見て虚ろな瞳でこう言葉を返した。
「……あ、り、出られたのか? なら、はっ腹減った……。なんか食わしちくれ~」
「は、はぃ?」
青年は思わずその緊張感の無さに言葉を失う。しかし見捨てるわけにもいかず、ポケットに忍ばせおいた乾パンを少年の脇に置き、すぐさまサーベルを構えた。
「君がなんで上から落ちてきたかは知らないけど早く逃げるんだ。ここは魔獣ヘルハウンドの住処らしい。こいつらに関わっては幾ら命があっても足りはしない!」
「くん……くんくん。うほっ。食いもんだ食いもん。貰って良いのか? なあなあ!」
足元で鼻を鳴らし非常食を見て喜ぶ少年に青年は呆れながらも言葉を返し、
「君。良いからそれを食べてさっさとここから去れ。まだ生きていたいのならな!」
すぐに体制を立て直し、追いつき草むらに隠れていた獣目掛けてサーベルを振り下ろした。
だが先手必勝の一撃は瞬時にかわされてしまい逆に横から出てきた獣の体当たりによって体を吹き飛ばされ、続けて浴びせられる連撃によって持っていたサーベルまでも手から弾かれ遠くの木に突き刺さってしまった。
「ぐはっ……く、しまった! 武器がッ!」
青年もすぐに走り出し武器を取り戻そうと試みるがそれよりも早く数匹の獣達がその行く手を阻み威嚇するように声を荒げた。
(動きが早い。くそ……。どうすればいい、このままでは時間の問題だ……て?)
するとそんな絶望的な緊張感など微塵も感じさせず、目の前に腹を押さえ満足した表情で先ほどの少年が青年の前に立ってこう言った。
「ぷっはぁ、いや~。ほんと助かったぜ。あんた良いヒトだな!」
「……君。今の状況を見てなんでそんな楽観的なセリフが出るんだ? どう見ても助かってなんかいないだろうが!」
青年は怒鳴るように言葉を放つが少年は何が面白いのか笑いながらこう言い返す。
「ははは。そりゃあ当たり前だろ。なにせこれから『俺が』助けてやるんだからな」
「何……だって?」
青年はその言葉の意味を理解できなかった。
目の前に立つのは年端も行かない少年であり、しかも武器も持たない丸腰状態である。
仮にこの少年が名のある格闘家だとしてもこの人数では武が悪いのは目に見えており青年はすぐにその行動を止めようと声を低く荒げた。
「下らない冗談はやめろ。僕が囮になる。その間に君は僕の仲間を呼んで来てくれ!」
「はぁ? 武器も無いのに囮が出来るわけないだろ? それに――」
「うわっ いきなりなにを」
だが少年はその言葉に従おうとはせず、それどころか青年の体を軽く手で押した。
すると立っていようとする意思とは裏腹に青年は簡単に地面に崩れた。
どうやら今頃になって先ほどの獣の体当たりが体に影響を及ぼしてきたのだろう。
青年は苦虫を潰したような表情をして自分の不甲斐無さに言葉を失った。
「――膝が笑っている癖に年上ぶって強がってんじゃねぇよ。いいからそこで静かに見てやがれってんだ。このクローム・アーツフェルド様の実力をな!」
すると少年クロームはそう言い放った後、迫り来るヘルハウンドを前にして空間に手を翳し静かに言葉を告げた。
【幾戦のエマを継ぎし力の象徴等よ、今こそ来たれ! 時空を超えて我が元へ――!】
瞬間、クロームの身に付けていた腕輪が闇夜を切り裂く鋭い光を解き放ち、まるで腕輪を覆うように蒼い陣が溢れ出した。
あまりの異様な光景に後ずさりをするヘルハウンド。だがクロームはそんな魔物の群れを見て不適な笑みを浮かべると、腕輪と腕の間に手を差し込み続けてこう言い放った。
【さあ、往くぜぇぇえ! “武装属霊”エーテルレイド!!】
そして勢い良く差し込んだ手を腕輪から引き抜くと手には淡い光が集まりだし眩い光と共に一振りの剣となってクロームの前に姿を表した。
「そんな、バカな……。武器が空間から現れるなんて……!」
突如現れた身丈ほどある剣を目の前にし、青年は在り得ない光景に驚きを隠せない様子だったがクロームは軽く剣を振った後、肩に担ぎ青年にこう言い放った。
「少しだけそこにいろよ。すぐに、俺がこいつらを追い払ってやるぜ!」
直後、クロームは剣を構える素振りも見せずまるで消えるような速度で獣に向かって突進していった。
獣達も慌てて散開しようとするがそれよりも早くクロームの剣は獣の群れを一瞬にして塵じりにし、獣達のうめき声が闇に木霊するがそれも即座に消し飛んだ。
「遅いんだよ! 遊びで命のやり取りしてんじゃねぇ!」
まるで剣を木の棒の如く操るクロームに獣達は攻撃するタイミングを図れず散開しながら様子を見るように威嚇した。そして今度は一斉にクロームに襲いかかった。
するとクロームは迎え撃つように一匹目を拳でいなし、二匹目を蹴り飛ばし足台にして宙に飛ぶと、刹那に草むらから飛び掛ってきた三匹目を剣で地面に弾き飛ばした。
悲痛な悲鳴と共に一瞬にして三匹が地面へと崩れ落ち、着地と同時に飛び掛ろうとした死角の小さな四匹目に向けて光る剣を突きつけるクローム。
まるで背中に目があるかのような行動に小さな獣は実に歯がゆそうに睨みつけ声を荒げるしかなかった。
「止めとけよ。お前じゃあ役不足だ・……なあ、あんたもそう思うだろ?」
クロームはそのまま草むらの奥に佇む群れのリーダーらしき獣に息も切らさず言い放った。
すると魔獣にもプライドがあるのか群れを掻き分け片足を引き吊ったその白い姿を表し、体毛を逆だて存在を拒絶するかのように威嚇してきた。
クロームはそれを見て剣を水平に構え、静かに笑った。
「……なるほど。いい覚悟だ。やはりそうこなくっちゃ、おもしろくねぇ!」
途端に両者の間に見えない境界線が張られ、緊迫した雰囲気が生み出された。
獣達と青年が見守る中。刹那に傷を負っているとは思えない速度で獣が鋭い爪を前に出し襲いかかると同時にクロームもまた剣を構えて地を蹴り攻撃を迎え撃った。
だが、勝負はまさに一瞬の出来事であった。
両者の刃の短い衝突音の後、クロームの頬と肩からは赤い血が流れそれに対して獣の胸には剣の傷跡が出来ていた。
直後、切り裂いた傷口から大きな衝撃音が巻き起こり天高く吹き飛ばされ、獣は赤き色を纏って地に落ちていく。
そしてそれを見ていた他の獣達は一目散にこの場を去っていった。が先ほどの小さな獣だけは残り、クロームはその獣を見ながら静かに持っていた剣を空間に解き放った。
「残念だったな。手負いじゃあなければもっといい勝負になっただろうによ」
クロームが獣にそう呟くと戦いに負けた手負いの獣は体を起し、自らの役目を全うしたかのように高らかに遠吠えをして小さな獣を引き連れ草むらに姿を消していった。
それは彼なりに命までを奪わない相手への配慮といったところなのだろう。
「すまなかったな。お前達の住処に勝手に入っちまって……。まあ、悪く思うなよ」
クロームの謝罪の言葉が聞こえたかは定かではない、だが再び闇夜に小さな咆哮が鳴り響くと周りから気配は消え去り、元の静かな森へと姿を戻していった。




