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        ◇      

 それからランプの明かりの灯されたリビングでしばしの旅の疲れを癒すノア。

もともと寝床さえ確保できれば文句を言わないつもりであったが、助けられた事や久しぶりの旅人である事もありルルからの歓迎も一塩に大きく、食事もさる事ながら広いお風呂で旅の汚れまで落とせこれ以上の贅沢は無いと言わんばかりに久々にゆっくりと流れる夜の時間を満喫していた。そして夜も更け何気なく窓から夜の星空を眺めていると夕食の片付けも終わったのか、ルルが寝巻き姿のノアの下に訪れこう言った。

「ノアさん。先ほどは水汲みを変わりにして頂きありがとうございました。でも、どうやってあの広いお風呂を水でいっぱいにしたんですか? 少なくともここら辺には森の泉以外に水は無い筈なのですが?」

まるで夢を見たみたい。と言わんばかりに首をかしげるルル。

するとノアは相も変わらず表情を変化させる事なくさらりと言ってのけた。

「簡単。水が無いのなら、作ればいい」

「作ると言っても、まだ時期的には氷も張りませんし、それに無いものどうやって?」

「……ん、説明するのめんどいから、ルルはその場で見てて」

テーブルに置いてある荷物から古びた書を取り出し、身に着けていた指輪に軽く口付けをした後、開いた書に手を翳し言葉を紡ぐ。

直後。手の平の指輪が書の文字を吸い込むと淡い光が毀れ出しノアがそのまま手を突き出すと空間から紅い陣と共に一匹の蒼い毛色の羊が現れルルの周りを飛び跳ねた。

「え、えぇ? ノアさん。これって一体?」

「これは『英霊獣モルフィン』少しだけ大気中のマナを使って水分とか作り出せる」

そう言うとノアは書を閉じて飛び跳ねるモルフィンに向かってこう言った。

「ん……。それじゃあよろしく」

するとモルフィンは応えるように体を震わせ体毛を逆なで、めぇーと高い声で鳴き出した。途端に目の前の空間がキラキラと光だし、一瞬のうちに集まると一つの結晶と化し部屋に落ちた。ルルはあまりの未知の現象に驚きながらも近づき触れると指先がとても冷たく感じ、それが氷の結晶である事をすぐに理解した。

「これは……まさかこの子が作り出したんですか?」

ルルの言葉に少しだけ自慢そうに鼻を鳴らすモルフィン。

そして役目を終えたからかノアをちらりと盗み見ると少し開いていた窓から飛び出し、すったかたと一目散に村から姿を消していった。

ノアはその逃亡劇を見て少しだけ表情を曇らせた後、パタンと書を閉じため息をつきながらルルにこう言った。

「当たり。だけどまた、逃げられた」

「逃げられた……って、だ、大丈夫なんですか?」

「大丈夫。呼べば来るし、それに他のと違って人を襲う牙なんて持たない羊だから」

「襲うって……。あ、あの、ノアさん冗談ですよね?」

どこか悪ふざけをする子供のように少しだけ口の端をあげるノアに慌てるルル。

すると当の本人であるノアは全く気にしない様子でこう続けた。

「それより、何か用事でもあったの、ルル?」

「あ、はい。ここでは夜寒くなるんです。だから暖かい飲み物を差し入れに来ました」

「ん、ありがとう」

 ルルは感謝の言葉に「いいえ、どういまして」と返事を返してからホットミルクと付け合せの蜂蜜をテーブルに置き、手前の椅子に座ってからノアにこう尋ねた。

「そういえばノアさんは旅人ですよね。これからどこに向かうつもりだったんですか?」

「え、と。王都ウィンディリア」

「王都ですか。ここから大体二日くらいの所ですね。そこで誰かと待ち合わせでも?」

「ん……当たり。後はめんどいけどついでに人探し」

そんな風に答えながらホットミルクに適度に蜂蜜を入れようとするノア。

「人探しですかぁ。それって……もしかして恋人さんですか?」

だが、怪しそうに笑みを浮かべるルルに動揺したのか持っていた蜂蜜を思いっきり大量に入れてしまい、少しだけ恨めしそうに口を尖らせルルを睨んだ。

「あら、違うみたいですね。ごめんなさい。一人旅だと結構そういう人がいるんですよ。忘れたくないとか、もう一度会いたいとか。やはり思うんでしょうね」

するとルルはそう言いながらもどこか寂しそうに夜空を眺めていた。

その瞳は確かに空に浮かぶ星を見ているにも関わらずどこか違う場所を求めている様子で、数度ため息を付いてからノアを見て再びこう話をし出した。

「……実は私にも、ずっと会っていない人が居るんです。昔から商売の為にたまによる業者の息子さんでしたが、旅の話とかお土産を必ず持ってきてくれるので数ヶ月に一度会える日をいつの間にか子供心に期待していました」

ルルのどこか嬉しそうに、時折自分の首に掛けてある貝のネックレスを見て微笑む姿を見てノアはそれが贈り物だと知り大切な人? と少しだけ不思議そうに聴いた。

「……ええ、きっと大切な人でした。でも正直に言うと自分でもまだ良くわからないんですよ。私が大きくなるにつれてその業者の一行も村にあまり立ち寄らなくなりましたし、それに彼に会えなくなって、もう数年にもなりますからね」

「そう、でも……。私にはルルが会いたいように見える」とノア。

するとルルは無邪気なノアの問いかけに恥ずかしそうにしながらも静かに頷いた。

「……ええ、会えるならば会ってもう一度だけ話をしたいですね。でも今の状態では私がたとえ会いに行ったとしてもきっと門前払いになるのが関の山だと思います」

「ん、どうして?」

「それは――そうですね。今夜はこれくらいにして明日にでも続きを語りましょうか。もちろん。ノアさんが先ほどの不思議な力を説明してくれて、かつこの村でもう一泊でもしてくれたらの話ですけどね」

そしてどこか大人びた表情でくすっと苦笑を浮かべルルはその場を去っていった。

ノアは多少話をはぐらかされた感が少々あったが、同時に商売上手と思い少しだけルルに心地よい敗北感を味わいつつ、かなり甘めのホットミルクを飲みほすと久々の暖かな毛布に包まりながらルルに探している人の事を聞くのを忘れたのを思い出し、明日にでも聞けばいっか。と楽観的に考えながら部屋に戻りしばし休憩を取る事にした。

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