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 ノアは立ち去る男達の背をじっと眺めた後、再び倒れた女性に手を伸ばした。

「……ケガ、大丈夫?」

「え? ええ一応、大丈夫です。それよりもさっき何を話したのですか。あの村一番の力自慢のダルスさんがたじろぐ素振りを見せるだなんて……」

「別に、ただ謝れって言っただけ。正論でしょ?」

しれっと答えるノア。表情には先ほどの冷たい雰囲気は微塵も感じさせず、女性は向けられるあどけない表情に唖然としながらもこう述べた。

「え、えっと……ほんと、すみません旅のお方。どうか気を悪くしないでください。今は特別な事情が重なっていて、みんな異様に気が立っているだけなんです。だから、今の姿をこのリング・エルドの全てとは思わないで欲しいんです」

不思議と説明口調で謝りながら何度も深々と頭を下げる女性にノアは先ほどの騒動など全く気にしてないのか、別に気にしてない。とポツリと呟き。

「ん……それにその足では水汲みは無理。宿探しのついでに家まで送ってあげる」

女性の了承も得られぬまま桶を拾い上げ勝手に歩き始めた。

すると女性は再び唖然としながらも(送るって宿わからないのに?)と心で苦笑しながらも伝わり難いぶっきら棒な優しさが記憶にある誰かに似ていたのもあって、足を庇いながらゆっくりと追いかけどこか嬉しそうにこう言った。

「宿、ですか。でも旅人さん。すこし変わっているって言われませんか?」

「ん? 別に他人の戯言なんて気にしない。それと私は旅人じゃない」

「ぇ、でも、身なりはこの大陸の人には見えないですし」

「ノア、私はノア。旅人じゃあない」

どこかふて腐れたように返す言葉に女性はくすっと笑みを浮かべた。どうやら旅人であるのは間違いないが、名前を呼んで欲しいのだろうと言葉の食い違いに再び苦笑する。

「ふふ、なら私はルルティエ・カーペントです。ルルと呼んで下さい」

「……わかった。よろしくルル」

ノアはそう短く答えると、家に着くまでの間二人揃って村の夜道を歩く事にした。

 先ほどの騒動が嘘であるかのように村の中は静まり返り、二人の歩く足音だけが月夜の夜道に鳴り響く。ノアは何気なく村の景色を見ながら歩いていると時折風に乗って流れてくる変わった音が気になり、少しだけ立ち止まりその音に意識を傾けた。

(微かに聞こえるこれは……歯車の音? でも、なんだか歯切れが悪い気がする)

だが周りを見渡してもそれらしきモノが無く不思議に思ったノアはルルに尋ねた。

「え、水車ですか。ノアさん。それは目の前にあるあの大きな建物のことですよ」

「ん……。それって変。あれは風車じゃないの?」

「はい、確かに見た目は風車ですね。でも風の息吹だけで動いてはいないのですよ」

ルルは自分の指を舐めると天に指をかざし、何かを感じ取りこう言った。

「そうですね……時間的にはそろそろですね。ノアさん。説明は後でしますから、今は少しだけ帽子を押さえてしゃがみこんで下さいね」

「……む~。わかった」

ノアはルルに言われて理由も分からずままに身を屈めた。

すると突然山がうなり声を上げ、それが終わると同時に強い突風が村の中を通り抜けていき大きな流れと共に村の家々に付いた風車が一斉に回りだすと、ものすごい音が辺りを駆け抜けていく。そしてそれは数分間続き、耳が痛くなるような音を聴いた後、またパッタリとその風は途切れ静かな村の光景を取り戻していった。

だがノアは言われたとおりにしゃがんでいたが、耳を押さえるのは聴いていない。といった複雑な表情をしながらルルを睨んでいた。

「あら、ごめんなさい。言うのを忘れていましたね。私達村人は昔から聞いているのでこの音に慣れていますがノアさんにはちょっと刺激が強かったみたいですね」

「ん……。まだ耳がキンキンする」

そう言いながら耳を軽く叩くノアの様子に悪びれる事無く、くすくすと笑うルル。

「少しすれば直ると思います。それまで先ほどの風車を見ていてくださいね。そうすれば私が何を言いたかったのか。ノアさんにもわかると思いますから」

ノアはルルの多少いい加減な様子に不満そうな表情をしたが、無駄と判断したのか静かに村の中心にある巨大な風車を眺めた。すると大風車は大きな音と共に歯車が切り替わったような擬音を立てた後、風が吹いてもいないのにゆっくりと動き回り出した。

「これは、そう……そういう事なの」

一人納得するようにその大風車を眺めノアは頷く。

先ほどの話でこの風車が風で動いていない事をルルに聴かされていた。では何故、風が止んだ状態で今また風車が回りだしたのか。その答えは内部にあるとノアは判断する。

「水が『水脈』があの中を流れ、歯車を動かしているのね」

「はい。その通り、正解です」

ルルはノアの言葉に嬉しそうにポフッと手を叩き笑みを零しこう続けた。

もともとこの村の周りでは風の通り道があり定期的に突風が吹くのだが、季節によっては村の風車は全く役に立たなくなるそうであった。その為、内部を通る豊富な水を利用して大風車の歯車を回し生活に役立てていた。と言う事である。

「でも、近年は近くに大きな街が出来たせいで『水竜の加護』が弱まっているのかこの風車も動きが弱り、一日に何回も回せなくなってしまったのです」

「ん……なるほど」とノア。

ここで先ほどルルが何故男の代わりに謝っていたのかがノアにはようやく理解出来た。

つまりこの村は現在水不足の状態なのである。そして原因が近くに街が出来てしまった事により水脈が何らの原因で途絶えた。という事なのだろうとノアは思った。

「その為か、生活は苦しくなる一方で村人の間でも次第に不満でギクシャクしてしまい、先ほどのように旅人のノアさんにまでやつ当たりをするようになってしまったんです」

「よくある話。それで……交渉決裂して殴り込みね」

ノアの鋭い言葉にルルは半ば諦めたように苦笑を浮かべた。

「お恥ずかしい限りです。でも今年はそれだけ異様に井戸水が減ってしまった事も雨も例年よりも少なく作物もよく育たなかったのも原因といえます。水の大地と呼ばれるこの地では今までこのような不可思議な現象は起きた事がありませんでしたから」

「不可思議、ねぇ……」

ノアは訝しげに呟きしばらくその大風車を眺めた後、道案内をするルルの後を追うように夜道を歩きしばらくした後、一軒の古びた家の前で立ち止まった。

「さてとノアさん。私の家はここです。とは言え今は機能しているとはとても言えませんが、どうぞ入って休んでください」

そう言いながら入り口の扉の鍵を開けて客人であるノアを招き入れるルル。

するとノアは二階建ての年季の入った家の入り口に掛けられたプレートとルルのその手馴れた様子に少しだけ納得した表情で頷き。

「ん……どうりで説明口調」

「ええ、職業病ですから。ようこそリング・エルドへ。旅人のノアさん。私はあなたを心より歓迎します。どうぞ『ルルのお宿』で旅の疲れをゆっくりと癒してくださいね」

満面の笑みで笑うルルを見て少しだけ口の端を上げて表情を緩ますのであった。

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