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「さてと……。とりあえず休める宿でも見つけよ」
ノアは軽く息を整え村の入り口をくぐった。
時間的には薄暗かったが昇り始めた月明かりのおかげか景色は意外にもはっきりと見る事ができ、村の周りが気の塀で囲まれている事がわかり、
住処と思われる木々で作られた家々には風車が備え付けられ、街の中央にはこれまた巨大な風車がその風格を表しているのも見て取れた。
「ん、つまりここは風のマナを生活に利用して暮らしている村ってとこかな」
ノアはそう理解し、道端に立てられた看板をによってこの村の名前を知った。
(風と水の織り成す都リング・エルドか。確かエルドは古代言語で『保つ』って意味だったかな。でも『水』って書いてあるのに……)
ノアはそう言って首を傾げた。名前通りならば『水の気配』がありそうな村である筈がノアの目にはそれらしいきモノが未だに見つからないからだ。
(変。これだけ看板で謡っているなら、村の風景に存在してもおかしくないのに……)
それに何よりこの大陸に来てからと言うものの何処と無く地面や空気が乾ききり、風によって砂埃が舞っているのがノアには奇妙に映り、どうしても気になっていた。
そんな小さな疑問を抱きながら村の中を歩いて行くと、突然明かりの付いた一つの大きな家から大声と共に大勢の体つきの良い男性達が声を上げて飛び出して来た。
理由はわからないが、なにやら興奮しているのがノアにもわかった。
「いいか! これ以上キャラバンの連中にこの先祖より受け継ぎし我らの土地を荒らされる訳にはいかない。なんとしても奴らの無謀な行動を止めるんだ。そして今一度この村に水の栄光を取り戻す。さあ行くぞ。奮ええ、ものどもッ!!」
『おおおおおおぉっーー!!!』
どうやら村人のようだったがその表情はどこか皆殺気立っており、地を震わすような掛け声と共に獣を狩るような目をして村の入り口に向かって走っていく。
すると大勢の人々の前に一人の少女が水桶を持ったままよたりながら歩いてくるのが見て取れた。
だが男達にはその姿が見えないのか少女を避けようともせず跳ね飛ばし進んでいく。
(ッ……最悪!)
ノアはすぐに走り出し、少女の傍に駆け寄ると急いで様子を確かめる。
「あっす、すみません……旅のお方」
「別に、気にしなくていい。それよりも――」
年の頃はノアより少し上だろうか。麻のワンピースに絹のエプロンを身に付けた小間使いを思わせる格好。
髪色と同じ茶色い瞳が素朴ながらもどこか印象に残るそんな女性が軽い擦り傷をし、足を捻っているのを見た途端、
先ほどの体つきの良い集団の道を引き止めるようにノアは間を空けず澄んだ声を上げた。
「待ってよ。この人にケガをさせて、そのままあなた達は黙っていくつもり?」
「ああん? なんだこの小娘は。旅人なら村の事情に口出さず引っ込んでろ!」
しかしその呼び止める言葉に眉を歪めたリーダー格の男はかなり機嫌が悪いのか向きを変えて近づくといきり立ちながらノアを押し飛ばそうと手を振り上げた。
「そう……それが、大の男の言うセリフなのッ! だったらこっちも考えがあるよ」
(――なっ!)
だがその手は振り下ろされる事無く空中で静止した。
無論、男にはそんなつもりなど毛頭ない。目の前にいるのは旅人と言え小柄な小娘であり、ひねり潰すのは容易な筈である。なのに怯える素振りもなく呟いた言葉と共に向けられた射抜くような視線はそれ以上の意味を物語っており、リーダー格の男はその蒼い瞳を見た途端、まるで全身が石になってしまったかのように動きを止めてしまった。
(………あ、ああぁぁぁ?)
それは男にとって不思議な感覚であった。男自身は目の前の小娘を吹き飛ばそうとしているにも関わらず、もう一人の見えない誰かがそれを拒み拒絶しているのだ。
体が全く言う事を聞かない事に戸惑いつつも男は何とか動かそうと試みるが、その行動を起こす間も与えず、さらに強い視線が目の前の小娘から男の目に飛び込んでくる。
(な、なんだコイツの瞳! まるで深淵のように底がみえねぇ……)
男の顔に一瞬浮かんだそれは、今まで経験をしたことが無い未知の感覚だった。
見下ろしているはずなのにまるで自分が逆に見下ろされている感じであり、鼓動が鳴り響くごとにその感覚すら徐々に狂っていく。
そして刹那に内から込みあがる感覚が『恐怖』であると男が認識した途端。ありもしない無数の『獣』の気配が目の前の小娘から男に襲い掛かるように伝わってきた。
それは決して目で捉えられるものではない。しかし小娘であるノアは慄く男性の表情を見ると少しだけ感心したように口の端を上げこう述べた。
「へぇ、なんだ。少しは賢いんだ、なら……私も面倒事は嫌いだし、何が言いたいか、分かるよね?」
「――――ッ!」
途端に男は押し付けられるような強い殺気にゴクッと唾を飲み込み込み。
「あ、ああ……。さっきは、済まなかった……」と、反射的に力なく声を出していた。
「……ん、分かってくれれば。それでいい」
そしてノアに告げられ氷のような視線を外されると男は時が動き出したかのように振り上げた手を下ろし、周りに聞こえるほどの大きな息を吐いた。
だが背中に流れる大量の汗だけが、静かに今の『恐怖』を鮮明に物語っていた。
(はっはっ……冗談じゃねぇぞ。コイツ一体何者だ? ただの小娘じゃないのかよ!)
この行動には他の男性達は実に不思議そうに先ほどの一部始終を見ているしかなかったが他の仲間の見ている手前、それ以上の無様な真似は出来ず、リーダー格の男は自らを奮い立たせるように首を振ると低い声でこう言い放つ。
「……ちっ、行くぞ。こんな所で小娘に構っている余裕は我々には無い筈だ」
「あ、ああ……そうだな。それじゃあ行こうかダルス」
そして男たちは何事もなかったように大人数を率いて村を出て行った。




