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この世界には大地母神が織り成した幾つかの大陸が存在する。
その中でも原書の時代・最初に誕生したと言われるのがサウスビィル大陸であった。
そしてそこに王都アストルヴェイムよりはるか西の山奥。高い山々に囲まれた湖の上に浮かぶ古き時代の建造物・エルサノーディス宮廷国家学園。
またの名をエルディス・ガーデンと呼ばれた少女の通う古びた学園があった。
ただしその学園は少し変わっていて大陸全土でも一部の学園しか教える事が出来ない世界を構成したとされる『叡智』を教え、王都から寄せられる要望に合わせて派遣と言う実技を踏まえて生徒達に学ばせると言う形式を取っていた。
無論、生徒の能力に合わせて教師や最終的には学園長が判断し、学園から生徒に依頼する為に大きな問題は起こらない仕組みとなっている。だが予定通りに事が終わらないトラブルが起こると学園は再び生徒を複数加えてその場に派遣しなければならず。
……その為に『今回の騒動』は起きてしまったのだ。
時はリアスビリス暦974年アムの月。
それは少女が水の大陸ウェルクルトに降り立つ少し前の事だ。
その日もいつものようにクラスメートと別れた少女は放課後の教室で図書館から借りてきた本を読みふけっていた。するとそこに血相を変えた教師が舞い込んできたのだ。
「ノア、ノア・エルフィリウム! まだ居ますか、緊急事態ですッ!」
「ん……。何用シスターエルレイン?」
ノアと呼ばれた小柄な少女は驚愕する教師の異様な様子にも気にも留めず、窓から差し込む夕日の明かりを頼りに本に目を向けていた。だがそれを封じるように急いで窓際の席まで来た教師エルレインは金色の髪を逆立て机上にある本をバンと音が鳴るほど手のひらで叩き伏せてからノアを睨み目を尖らせてこう言った。
「何をのんきにしているのですか! アーツフェルドが、あなたの幼馴染でもある彼からの連絡が完全に途絶えたのですよ。これは学園創立始まって以来の大事なのですよ!」
「なんだそんな事か……別にどうでもいいし」
ノアはその名前を耳にした途端、嫌そうに目を細くして呟くとエルレインの手を払い再び本を読み出した。その様子は先ほどよりもさらに気にしていないといった感じで、そこから全く話の進まない事に業を煮やしたエルレインはノアの読む本をひったくった。
「いい加減になさいッ! 人の話はちゃんと聞く事です」
「む~。せっかく読んでいたのに……」
ノアはいきなりの暴挙に少しだけふて腐れたような表情をすると、今度はバックから違う書物を取り出し再度読み始めた。
するとエルレインはその反応を見てがくっと肩を落し仕方なく取り上げた本を机の上に置き、ノアに向かってこう言った。
「はぁ……。あなたと言う人は。ともかくすぐに理事長室に来なさい。そこで今回の話とあなたの良く知る友人からの依頼を伝えますから……」
「依頼? ん、なら考えとく」半ば諦めたようにエルレインは部屋を出て行くが、ノアはあいまいな返事を返しただけで、
その後ろ姿には目もくれず再び本を開き直し黙々と読み続けていた。
そしてあらかたキリの良い所まで読み終えると仕方なさそうに本を閉じ、椅子にかけたあった自らのクラスを象徴する赤紫のトレンチコートを拾い上げ。
袖を胸元で結い肩にかけ着飾り、窓ガラスを見て軽くバンダナの位置を少し直してから「……ふう、めんどい」と呟き教室を後にする事にした。
その後のんびりと人気の少ない学園の中を歩き、理事長室に付く頃には日も沈みかけていたがノアは特に悪びれる事もなく扉をノックして部屋に足を踏み入れる。
「ん、呼ばれた。それで、今回は何用?」
室内には先ほどの教師エルレインの他、学園長代理の代理と書かれたプレートの掛かった机に薄い水色の水晶球がポツンと置かれており、この様子から現在学園長は不在のようだとノアは瞬時に判断してから、再度壁側に立つエルレインを見た。
少しだけ顔の血色が直ったみたい、という風に冷静な目で見るノアとは逆にこめかみをピクピクと動かした興奮ぎみのエルレインは感情を込めて皮肉気味にこう言い放つ。
「よ~やく来ましたねエルフィリウム。あれからどれほど待ったと思うのですか?」
「小一時間くらい?」とノア。
そんなに待たせてた。と言った返事に頬を引きつらせてエルレインは言葉を続ける。
「私は……すぐに来るように言ったのですけれど、聞いてなかったのですか?」
「小言を言うためにわざわざ私を呼んだの? ずいぶんと教師も暇なのね」
「なっ、なんですって! もう一度言ってみなさいエルフィリウム!」
ノアのあまりにも無関心な言葉に怒り出すエルレイン。だがノアはわざとらしく肩をすくめた後、怒り出す教師を無視して目の前の水晶玉を指差し言葉を返す。
「ふぅ、それでシスターエルレイン。無駄な冗談はその位にして要件は何? あのバカが今度は一体何をしでかしたの? それとこれは何に使うの?」
「無駄って……はぁ、あなたと言う人は、いえ今はそのような戯言を論じている暇も時間残されていませんね。それでは順を追って説明します。事の発端は先週。あなたもよく知る幼馴染でもあるセフィリア・クロニクルからの一つの伝令でした」
その言葉にぴくっと耳を動かし、教師に目を向けるノア。
「……フィアから?」
「ええ、彼女は学園の代表としてある場所に派遣されたのですが、そこで思わぬ事態に巻き込まれた為に再び数人の学園要請があったのです。とは言えそこまでは良くある話なのですが『今回の問題』はここからなのです。どうやらその話が『あの』アーツフェルドにまで伝わってしまったようなのですよ」
「………はぁ、そういう事か」
ノアは肩を落とすエルレインの言葉を聴き全てを理解した。
アーツフェルドと呼ばれた少年はノアが嫌だと思うほど無駄に正義感の強い人物である。そしてノアと同じように彼もまたフィアと同じ村の出身であり幼馴染であった。
その為同じ幼馴染のピンチと言う事で派遣の手続きすらせず勝手に学園を飛び出し、挙句に持って生まれた方向音痴が重なり何らかの理由で現在消息不明となっていた。
「ってとこでしょ?」
そんな風に呆れた様子で説明するノアに対して、その推測の言葉に唖然とするエルレイン。しかし事実とほぼ合致している為に驚きつつも頷き、こう再び言葉を続けた。
「い、いつもながら少ない情報で説明を省いてくれて助かります。が、前代未聞な事態である事に変わりはありません。この学園は王都の盟により叡智を知らぬ人々の平穏や日常を守り続ける為に太古より存在し続けているのはあなたも十分承知の筈です」
(ま……。悪く言えば王都の使い魔や異国の狛犬とも言うけど)
ノアはそう思いながらも言葉にせずエルレインの言葉を静かに聞く。
「このような青天の霹靂が王都に知られればそれこそ学園の地位は地よりも深く沈む事となり最悪学園の経営にも影響があるでしょう。そうなれば親元を離れて此処に住んでいる他のクラスの生徒にもおのずと影響が出るのは避けられません。そこで今回の依頼はクロニクルの提案に基付き派遣の要請に応じた生徒はクローム・アーツフェルドとノア・エルフィリウムの二人に決定し執り行う事にしました」
「………は?」
その予想もしてなかった言葉に初めて表情を変えるノア。全く理解出来ないといった感じで睨み付けるが、今度はエルレインがその視線を無視して話を進め続け。
「問題児であるあなた方二人ならたとえ行方不明になったとしても学園的にも違和感はありませんからね。よって今すぐにあなたは水の大陸ウェルクルトに向かい、一週間以内にアーツフェルドを探し出し、共にクロニクルの待つ王都ウィンディリアに向かいなさい。無理ならばそのまま学園から登録が抹消されるだけです。簡単でしょ?」
恐ろしい事をサラリと抜かしながら最後にはにっこりと微笑んだ。
「……それって教師にあるまじき発言な気がするけど」とノアは負けじと呟く。
するとエルレインは否定すらせず理事長の机に置かれていた水晶玉を手に取ると、少量の賃金と転送通行所と共に無言で笑顔のままノアに押し付けた。
「しかも強制か……。ふぅ、でも私はあのバカを探すつもりはない。それでもいい?」
「ええ、アーツフェルドの探索は最悪王都の依頼を終えてからでも構いません。それと連絡はその水晶玉にして下さい。ではよろしくお願いしますねエルフィリウム」
「はぁ、めんどい」
ノアはそう言って断っても無駄と判断し、部屋の出口に向かって歩き出す。
「あーそうそう、一応伝えておきますが『移送方陣』は制限されていますから港町ケルトからは徒歩での移動となります。道中船旅にお気をつけていってらっしゃい」
「はぁ………最悪ッ!」
だがエルレインの投げやりな言葉を聞き、時間に遅れてもわざと呼びにこなかった理由を船の出向時間に合わせていたと知り「いい性格をした先生だわ」と思いつつノアはふて腐れた様子で理事長室を後にした。
その後、自室に戻り遠出の身支度を整えたノアは学園の外れにある塔の中の巨大な方陣の前に立ち、エルレインから渡された通行書を目の前にかざし鳴らした。
そして門番に許可を貰い転送空間に飛び込み港街ケルトに移送されると街で地図と食料を調達してから船に乗り込み、そのまま水の大陸ウェルクルトに渡る事となり。
――時間は進んで『今』へと繋がっていく事となる。
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