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(ったく、姿で判断してるのかここの連中は? いや、この感じ……違うな)
周りの対応の変化に驚いたがクロームだったが、それでもカロンの言葉は正しかった。
突然息を潜めたかのように殆どの商人達の話し声がピタリと止んだのだ。
最初は姿で判断しているのかと思ったクロームだったが、皆の視線の先に目を向けると仮面を付けた従者を引き連れた不気味な風貌の人物が鈴の音と共に一軒一軒何かを確かめるように店を巡視して歩いてきたのがわかり原因がそれであるのは一目瞭然だった。
その格好はあまりにも露天の景色とかけ離れていて、黒ずくめのコートとフードを被り不思議な形をした手袋を身に付け不気味な雰囲気を纏いながらこちらにゆっくりと歩み寄ってくる。そしてそのうちの一軒に立ち止まると同時に店の周りを取り囲むように従者が立ち並んだ。店の店主は慄き声を震わせながらその人物に声を掛ける。
「ど、どうしましたイオニス様。何かお気に召されぬものでもありましたか?」
『ええ。アクア・ラッシュ商法で禁止と定めた物が未だに取引に出されているのが気に入りませんね。私はこの『石』を転売してはならないと言った筈ですが?』
イオニスと呼ばれた黒ずくめの人物は小指ほどの大きさの石を手に取り従者に手渡した。するとそれを見て何かを確認した従者の一人が後笛を鳴らし、数名の従者が待っていたといわんばかりに店に入り込みあっという間に商品を回収していく。
そのあまりの傍若無人ぶりに店主は涙ながらに非を詫びて懇願し「止めてくだされ」と願うがイオニスは赤い瞳でありながら冷たい眼差しを向けてこう言い放った。
『残念がなら……法に従わぬ者にこの街に居る資格はないのですよ。さあ荷物はこちらでまとめて上げましょう。すぐにこの街から去るがいい』
そして何かを言いたそうな店主をひと睨みした後、何事も無かったかのように従者に任せ店を去っていく。イオニスは露天の張り詰めた空気の中、クロームの横を通り過ぎる際赤い瞳でじっとその顔を見てまた他の店へと移動しようとするがそんな一部始終を睨むように見ていたクロームは去り行く姿に振り向かず吐き捨てるように低い声で言った。
「あんた……人の情ってもんがないのか? ここまでする必要がどこにある!」
するとイオニスもまた振り向かず立ち止まり背を向けたまま言葉を呟く。
『渡り鳥の旅人風情には理解出来ないでしょうが、この街には秩序を守る法が存在するのですよ。私はそれに従い行動をしているまでです。気に入らなければお前もこの街を出て行くがいい。誰も止めはしませんよ』
「……はっ、そうかいっ!」
会話はそれで途切れ再びゆっくりと歩きながら他の店を物色していくイオニス。
だが反対にクロームはその言葉に耳を傾けず即座に店を破壊しようとする従者に殴りかかった。途端に吹き飛び倒れる従者。その図体が品物にぶつかり宙を舞い周りにはざわめきが沸き起る。
「悪いけどよ。俺はそう言うのが大っ嫌いでよ。誰がテメェの言葉なんざ聞くかッ!」
店主や周りの商人達が唖然とする中、マントを翻し一迅の風の如く数名いた従者はあっという間に地面に這い蹲り、途端に紙切れに姿を変えた。
「俺は難しい事はわかんねぇよ。なんせバカだからな! だけどテメェが間違っているのはガキの俺にでもわかる――だから今すぐ、俺が『糺して』やるぜ」
『……ふ、傍若無人で無知無能な愚者が。そんなにも女神の膝元に逝きたいのか?』
予想すらしていなかったクロームの行動にイオニスもまた吐き捨てるように言い放つと黒いコートを翻して鈍い光を放つ手のひらを向けて言葉を紡ぎ始めた。
『宜しい。ならば望みのままにしてやろう。世界に潜めし億戦の原祖のマナよ。悪意を纏いて、粛清の雷鳴へと姿を変え。冥界より轟きて我が敵を撃ち抜け!』
瞬間、イオニスの目の前の空間が歪み、無数の黒い光が一瞬のうちに掌に向かって収束していく。だがクロームはそれを見るやすぐさま駆け出しあの言葉を告げた。
【喧嘩上等。見て驚きやがれ! 幾戦のエマを継ぎし力の象徴等よ、今こそ来たれ!】
クロームは光を放つ腕輪に手を入れて即座に武器を空間より引き抜こうとする。
(む……あれはまさか! いや、こんな辺鄙な場所に『属霊技士』など居る筈がない!!)
イオニスもまた黒い稲妻を肥大化させ、今にも牙を剥こうとしていた。
『滅びの意思よわが腕に宿りて。今こそ現世に解き放たれよ―――!』
【時空を超えて我が元へ。往っくぜぇええッッッ―――!! 】
場を巻き込む巨大な闇と陽の二つの気配が空気を裂いて衝突し、にらみ合った両者が共に敵視する相手に目掛けて自らの力を解き放つ。
『―――そこまでだッ!!!』
その刹那、両者の空気を切り裂くように割って入ってきた人物の凛とした声が露天内に響き渡り、二人はその姿を見て自らの動きを止めた。
「ノルン!」 『ノルン様ッ!』
それはキャラバンを統率するノルンの姿であった。クロームはすぐに意識を解き放ち力の発動を抑え、同時にイオニスもまた力を四散させるとすぐに地面に膝を付けた。
すると憤怒の表情をしたノルンは二人を見てこう言い放った。
「露天で何やら騒ぎがあったと聞いて来てみれば、一体何をやっているイオニス! お前はこの街の秩序を自ら壊すつもりか!」
「いえ、恐れながらノルン様。私はこの暴力を振るう少年を粛清しようとしたまでです」
「ほう、それにしては随分と手荒い真似をしているように見えるが?」
そう言いながら店の中で座り込んだ店主に手を伸ばすノルン。だがイオニスはその偽善染みた行動が気に入らないのか聞こえないように舌打ちをした後ノルンに言葉を返す。
「しかしながら、店主は禁止とされる『溢水石』を売り出しておりました。水が足りなくなるのはこの石が大陸より流失している為なのは間違いのない事実。処罰を与えて当然だと私は思いますが?」
「ああ……。確かに僕も前まではそう思っていた」
ノルンは店主に頭を下げると、強い眼差しを向け反論する。
「だが、状況はこの街周辺だけではなく水の大陸全土に広がっていると聞く。そして僕もこの目で大陸の枯渇状況を見てきた。ならばこの『石』が大地より流失したのが水不足の全ての原因だとは僕は到底思えない」
そして落ちていた石を手に取りイオニスに突きつけた。
「何よりこの街の周りはまだ水が豊富だ。ならば少しでも水の少ない場所にこの石を持っていき、水の枯渇を防ぎ争いの種を削ぐのは正しいと思うが、反論はあるか?」
『……ノルン様がそう仰るのならば、私からは何も言う必要はないでしょう』
イオニスはそれを見て苦虫を潰したような表情のまま押し黙った。
「ふ、物分りが良くて僕も助かる。では今より原因が究明されるまでこの溢水石の販売を僕の権限で許すとする。そしてお前は急いで壊した露天の修理に着手しろ。なお、この少年の処分は僕が預かる。構わないなイオニス!」
『っ……お、仰せのままに』
そして言葉を絞り出しそう頷くと即座に胸元より紙を取り出しそれを宙に舞わせた。
すると紙はまるで意思を与えられたかのように周りの影を飲み込み人形に代わり今まで壊していた露天を皆が見ている前であっという間に直してしまった。
その後イオニスはノルンに頭を下げ、クロームを睨みつけながらその場を去っていき、それを見たクロームは思わず小さくガッツポーズを取った。
だが、世の中そう甘い話ばかりではなくノルンはイオニスが居なくなったのを見計らい今度はクロームに苦笑した後こう言った。
「さてとクローム。喜んでいるところ悪いが君にも処分はある。僕はこれから私用で隣町まで向かわねばならない。が、月が昇りきるまでに帰ってくる予定だ。それから今回の馬鹿騒ぎの制裁をするとしようか。それでは各自、解散!」
「ぅげっマジかよ! そんなぁ~」
さすがにぬか喜びだと知りクロームは肩を落とし嫌そうな表情を送るもノルンには通じず、周りの静穏を破るように拍手を一つ打ち、その場を去っていった。
だが落ち込むクロームとは裏腹に周りの動向を見守っていた商人達はノルンとイオニスの姿が見えなくの待ち構え、途端にどっと押し寄せクロームを賛辞した。
「おい坊主! お前やるなぁ。あの魔導士相手に一歩も引かないなんてそうそう出来るもんじゃないぜ!」
「近頃は法が厳しくてな。ノルン様は寛大だから許してくれるのだが、あのイオニスとか言う魔導士が来てからは商売が難しいんだよ。だからお前の行動にはすかっとしたよ」
今までの沈黙もどこへやら。あっという間に露天通りは元の賑わいを見せ、皆笑顔を前面に押し出し褒め称え、その様子に戸惑うクローム。
するとそんな中、人ごみを掻き分けて近寄って来たあの飲食店のカロンは袋詰めのパンをごっそり持ってきてこう言った。
「ほらほら、何しょげた顔をしてんだい。そりゃあノルン様には怒られたかも知れないけどここに居る皆があんたの行動を正しいと言ってくれてるんだ。ちゃんと胸張りな!」
カロンの言葉に、周りの商人達は笑みを浮かべて強く頷いた。
するとクロームは下を向いた後、両手で顔を強く叩き少しだけ涙目になりながらこう言い返した。
「……へ、そうだよな! それじゃあみんなはいつも通り商売を続けてくれよ。一日の稼ぎを減らして夫婦喧嘩の元にでもなったら申し訳立たないからな!」
その言葉にまた盛大に笑う商人達。
クロームもまた同じように笑い礼を述べた後商人達は自分の店へと戻っていった。
その後、更なる賑わいを取り戻した露天通りを見てからクロームはカロンからあの袋詰めのパンを渡され、一緒に壊された店の店主に声をかけた。
「災難だったねぇ。随分と派手に暴れられたもんだわな」
「……大丈夫かよおっさん。ケガとかしてんじゃねぇのか?」
「ん? ああこの程度なら大丈夫。なにせ坊主に助けてもらったからな。店よりも大事なもんを守ってくれた気がしたよ。本当にありがとよ」
店主はそう言いながら深々と頭を下げた後、懐から小さな袋をクロームに差し出した。
クロームは何かと思いつつ袋を開けてみると中から現れたのは小さな石であった。
「本当ならもっとマシなものをやりたい所だが、あいにくさっきの騒動で殆ど商品は駄目になっちまったからな。原石ですまないが貰ってくれないか坊主」
店主はにこやかにそう言うとクロームの言葉を聴く事無く手のひらにその石を持たせ、包み込むように握らせて嬉しそうに笑みを浮かべた。
すると戸惑うクロームの様子を見ていたカロン誇らしげにはこう言った。
「貰ってやりなよ。溢水石の原石は別名『水神の涙』と言われていてね。どこででも水を得る事が出来るから私等旅商人にとっては大切なお守り見たいなもんなのさ。それを渡すって事はあんたは相当感謝されているって事なんだよ」
「へぇ……そうなのか。それじゃあ大切にするよ。ありがとなおっさん」
「ああ、あんたにも女神エルフィリウムと水竜ウェルクルトの加護がありますように」
クロームはポケットに貰った溢水石を仕舞うと元気よく店主に礼を言い、カロンと共に店の片付けを手伝ってからその場を後にする事にした。
「………さてと、あんたはこれからノルン様のところに向かうんだったねぇ。それなら大通りを出てまっすぐに道なりに行って右に曲がった大きな建物がそうだよ」
「そうか。何から何までありがとうなカロン」
「なははは、まあ良いって事さね。それじゃあなクロ、道中気をつけな」
「クロームだっての!」
カロンはクロームにそう言い残すと再び人ごみに紛れて姿を露天通りに姿を消していった。見かけによらず豪快だと思いつつクロームはその後ろ姿を見送った後、ノルンの屋敷に向かって歩きだした。時間はすでに星が瞬き薄暗い夜が押し寄せようとしていたがそれでも街の中にはランプの明かりが零れ落ち、人の気配が途絶える事は無い。
周りが高い壁で覆われている為に魔物や獣の群れを恐れる必要がないからだ




