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それから夜が明け始めた頃。目的の場所に向かってキャラバン一向は森を出発した。
そしてそこには荷台に揺られながら山道を共に移動するクロームの姿もあった。
結局その後特に説明もなくノルンに「馬車に乗っていればわかるよ」と言われ仕方なくクロームは用心棒と言う事で暇を持て余しながら半日ほど馬車に揺られる事となり、そのままその心地のよさに馬車で寝息を立てていると、突然呼ぶ声が外から聞こえた。
「――見ろよクローム。ようやく見えたぞ!」
クロームは声の主がノルンだと知り、眠気眼に大あくびをしながらホロの外に出た。
すると光に慣れてきた瞳にひときわ大きな門が飛び込んできた。
「ぅ……うっひゃぁあ。こりゃあすげぇな! 俺の居た学園と良い勝負だぜ!!」
クロームはそう叫びながら急いで馬車の屋根に飛び乗り、遠くに見える街並みを一望した。山々に囲まれたこの自然には不釣合いなほどの大きな建物が空に向かって数々並んでおり、街の周りは人工的な壁で囲まれ、所々はめ込んでいる大きな水色の水晶体や岩からは水が噴出し、それが音を立てて谷底へと惜しみなく流れていた。
それは言うなれば巨大な水の建造物と言った所だろう。
「驚いたかクローム。これが長い年月をかけて僕達商人の手だけで作り上げた夢の未来都市。名を商業都市アクア・ラッシュと言うんだ。覚えておいて損は無いぞ」
「ああ……すんげぇよ。人ってのは『過去の叡智』も使わずこんな大きな建造物を創造できるんだな。なんか、すんげー感動だぜ!!」
クロームは何度も頷き移り変わる景色を再び堪能し、ノルンはそんなクロームの表情を見て満足げに馬車を進めていく。足場が土から石畳に変わる頃にはクロームが遠くから見た大きな門をくぐり抜け町に入り、皆の注目を集めながらさながらパレードのように街の中央にある建造物の周りに集まる人々の元に近づいていく。
そして一行が足を止めるとその到着を待ちわびていたように商人達が集まりだしノルンに向かって静かに頭を下げた後、せきを切ったかのように話し出した。
「ノルンの大将。今回はどんな商品を仕入れてきたんだい?」
「港の商品はどれも高く売れますぞ。特に貝殻や珊瑚。真珠は飛ぶように売れますよ」
「今回も面白い儲け話期待してますぞい。さあさあ、皆お待ちかねですよ」
ノルンは期待に満ちた商人達に笑みを返し馬車から降りると大きな声でこう言った。
「やれやれ、挨拶もなしに商魂逞しいな。皆も代わり映えがなく何よりだ。今回の旅では海産類や珍しい異国の品を多く仕入れてきた。無論少々値は張ったがそれに見合うだけの利益は十分にとれる物だ。さあ話はこれくらいにして品物を受け取ってくれ!」
商人達はその合図をかわきりに自らが注文していた品やノルンが見つけてきた品を我先にと手に入れる為に馬車に群がり、他の部員達はそれを捌くのに必死に応対を始めた。
だが、間に合わないのかあちらこちらで嬉しい悲鳴が木霊する。
「おいおい、そんなに焦らなくても。あ~それはもう少し丁寧にだな」
ノルンも急いで他の馬車に向かい荷台から商品を降ろし自らの手で商人達に渡していくが一向に流れは留まる事を知らず、時間はあっという間に過ぎていく。
それでもノルンは嬉しそうに仲間達に指示を送り、そんな一部始終が終わるのを見計らって馬車の上から見ていたクロームもどこか嬉しそうに言葉をかけた。
「それにしても凄い盛況ぶりだったな。いつもこんな感じなのか?」
「ああ、何せここら辺にはまずお目にかかれない珍しいモノばかりだからね。それでなくても近頃は口コミでこの街の存在が広まっていてね。遠方からの来客が多いんだよ」
「なるほどな。それでこんなにも商人が集まっていた訳か」
クロームは感心するように周りを見渡した。みれば先ほど馬車に群がっていた商人達はなにやら仕入れた荷物を器用にまとめると、皆次の町に向かうであろう馬車や自分の用意していた馬に乗り街を出る準備をしていた。
「初めて見る人には異様な光景かも知れないけどこの街はいわば『陸の港』のようなものなのさ。僕達キャラバンは一箇所に留まらず世界を歩く集団だけどそれらの商品や情報を売り買い出来る場所も確かに必要だったんだ。だから顔の広い先代の大将はこの場所に商人達が自由に商売を出来る場所を作ったわけさ」
「はぁ~。先代って事はノルンの親父さんだよな。すげぇな……どっかのすっとぼけた俺のボケ爺にも見習わせてやりたいもんだぜ」
クロームは感心しながらうんうんと首を立てに振った。
「はは、お褒め頂き光栄だよ。っとお客様だ。少しだけ待っていてくれクローム」
「ああ、構わねぇよ。んじゃ俺は少し周りを見て来るとするよ」
「そっか、なら少ないがこれで買い物でもするといい。あの時助けてくれたお礼だよ」
ノルンはそう言うとクロームの手のひらに金貨一枚と銀貨を少々渡し、街を出る前に挨拶に来た他の商人と話を始めた。
(ったく……。律儀な奴だよな。ま、ありがたく頂戴しますか)
クロームはそんなノルンを見て苦笑した後、嬉しそうにその場から移動する事にした。
街は先ほどの仕入れもあってか初めに足を踏み入れたときよりもさらに活気立ち、商業都市というだけあって街は商売一色に染められており、数メートル歩くだけでもクロームに話しかける人は後を立たなかった。
(へぇ……さすがは商人の街って感じだぜ。見た事のないモノばっかりだ)
しばらく人ごみを歩いた後、露天に並ぶ品名を見て気になり目を止めるクローム。
大地の大陸でもおなじみのトートのチョコパイやらクロックバードの丸焼きなどは当たり前でモルギリの野菜スープや凍り猫の輪切りの尻尾など見た事のない食材も数多く、特に水の大陸ならではと思われるベェムパンの舌巻き揚げはクロームにとって見た事のない食べ物であった。
「なんとなく名前に釣られて来てみたけど、なんだよこれ?」
「おや。なんだあんちゃん。そいつを見るのは始めてかい。それはこの大陸に生息する舌だしの木から取れる実で作ったパンなんだけど、もしかして知らないのかい? じゃあ少し待ってな。すぐにコイツの名前の意味がわかるさね」
店にいた気さくな老婆の店主はクロームにそう説明すると、再び実を二つに割り中の粉っぽい身を取り出し器に入れて少量の水と共に勢いよくこね出した。
そして何故か丸や四角、歪な形にしてから棒状の木でそれを押しつぶし薄い生地にしてから油の入った深い鍋にそれらを投入していく。
「つーか。見た感じは普通の揚げパンだけど、どこが違うんだ……ってありゃりゃ?」
愚痴りながらもその動向を見守っていたクロームだったが油に入った途端その形は一変していく。四角や丸などの球体に変えたにも関わらず、生地はまるで自分の意思を持つかの如く長い楕円状に伸び始めたのだ。これには思わずクロームも声を上げた。
「驚いたかい。こいつはちっと変わっていてね。どんな形に変えても油で揚げるとこうびろーんと伸びちまうのさ。だからここいらじゃあ『舌みたいに伸びる』からベェムパンって呼ばれるわけさ」
「へぇ~。不思議なもんだな。俺はまた人を小ばかにしたパンかと思ったぜ」
「なっははは。それは悪かったねあんちゃん。まあこれはサービスだ。一つ食ってきな」
「へっ? いいのかよ。それって商売品だろ?」
「良いって事よ。つーか今時んな考えをするガキの方が珍しいかんね! 久々に笑わせてもらったお礼だよ。ほれ椅子も後ろにあるから好きに使いな」
気前の良い老婆の店主は揚げたてのパンをひょいと大きな網で鍋から取り上げ木の器に乗せて突き出し、クロームは椅子に座ると両手を合わせ礼を言ってからそれをありがたくほお張った。
「さんきゅー。それじゃあ言葉に甘えて、頂きますぜ!」
しかし出来立てなのを忘れ口に入れた為、途端に熱さに悶絶を打ちながら表情を変えるクローム。それでもなんとか口の中に広がるほのかな甘さと揚げたての香ばしさに思わず手を鳴らしてパンの美味しさを伝え、そんな嬉しそうな表情と熱さを我慢するクロームを見てまた老婆の店主は大笑いをするのであった。
結局その味を気に入り三つほど注文をしてベェムパンをほお張るクローム。
するとカロンと名乗った老婆は気を良くしたのか調理を一旦止めてクロームに話しかけてきた。
「あんた。その格好を見た感じだとここら辺の人間じゃないね。それにどっか旅行者って感じもしないし、もしかしてお忍びでなんか探しもんでもしているのかい?」
「おう! やっぱわかるのか。いや~、滲み出る男の雰囲気はごまかせないかぁ」
「いんや、どっちかと言うとあまりにもバカっぽいんでね。道に迷って拾われた挙句ここに迷い込んできたって学生感じかねぇ」
そのカロンの鋭い言葉に思いっきりテーブルに頭を打ち付けるクローム。
「あたた……。さすが長年商売やっている人は違うぜ。大体当たり。だけどどうしてわかったんだ? 俺は何も言ってないのによ」
「なはは。簡単さね。あんたの着ているそのトレンチコートは蒼始祖鳥の羽から作られたもんだろ? ここいらにそんな鳥は生息してないし、私が見る限りその手のコートは大地の大陸にある特殊な場所でしか使われてないから一発でわかるさね。それにお忍びの旅行者なら誰か御付の人が居そうなもんだけどあんたは独りだったしね」
「へぇ~。そんじゃあ俺がどんな人間かもわかるのか?」
クロームの言葉に待ってました言わんばかりに、笑みを浮かべるとカロンは頷き、周りを見ながらクロームの耳元に近づくとこう言った。
「ああ多少はね……。あんた噂に聞く『技士』って奴だろ? 人生で逢えたのはあんたで二人目さね。でもあんまりおおっぴらにしない方が良いと私は思うね。近頃この街は病に伏せた先代に変わり王都から来たお抱え『魔導士』が目を光らせているからねぇ。あんたみたいな特異な人間は即座に街から追放されちまう可能性があるのさ」
「ふ~ん『魔導士』か。聞いた事ないけど、そんな学問がこの大陸には残っているのか」
そう言いながら繭を潜め最後のパンを食べるクローム。
「私もよくは知らないんだけどね。だからとりあえずそのコートは止めておいて安物のマントでも着て羽織っておきな。私はあんたを気に入ったからね。何の目的でこの街に来たかは聞かないけどそろそろ定期的に訪れるあの『魔導士』に見つかると厄介だろうから気を付けてな」
カロンはそう言い終わると再び調理に戻り、クロームは礼を言った後代金をテーブルに置いてこの場を去ることにした。
(しかし魔導士か……。この手の情報はあんまわかんねぇな。ノアならなんか知っているかも知れないけど、連絡取りようがないしなぁ。仕方ないとりあえずは様子をみるか)
その後すぐにカロンの忠告どおり近くにあった露天で古びたマントを購入し着飾るクローム。鏡を見る限りその姿はどこかの物取りや山賊にもみえたが、この際贅沢は言っておられず、代金を払いコートをバックに仕舞い込むとそのまま店を出る事にした。




