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最終話 東方龍神録

最後の戦い

 幻想郷────────






 ────俺の運命は、ここから始まった。

























「……うぅん……ん」


 目が覚めた。なんて事ない、何の変哲もない朝だ。そう、そうである筈だ────────








 ────────誰も居ないことを除けば……



 俺は今、守矢神社に居る。昨日の時点で早苗さんに世話になり、飯も風呂も堪能した。


 それがどうしたらもぬけの殻の社務所や宿舎になるんだ? たまらず俺は外の境内に飛び出した。気配を探ってみるか………………嘘だろ、何も感じない? いや、そもそも俺の気配探知はまだ不完全だ、信頼の置けるものとは言えない。


 でも、だからって、何も感じないなんてあるか? 人間や妖怪はおろか、存在的に圧倒して強い筈の神である神奈子さんや諏訪子さんの気配……昨日龍と戦った魅魔って人の気配すらも、寝る前までは感じていた筈なのに、それが綺麗サッパリ無くなってるだと?


「んなワケ……そんなワケ、あるかよ……!?」


 突然姿形が似た世界に1人取り残された奇妙さより、誰1人何一つとして感じ取れないほどの孤独が俺を狂わそうとする。だが、それ以上に……






おい龍! 返事をしろ龍!!! 龍ぅッ!!!!






 一切として龍が反応を示さない事に俺は計り知れない嫌な感覚が全身を締め付ける。


 体は今までで一番力が漲っているのと裏腹に、ここに来た頃と……いや、それとは比較にならない不安が俺を襲う。何なんだ!? 頭がおかしくなりそうだ!!


 ふと、気配を探知した。俺の背後、距離にして5mくらいか。透かさず振り向いて気配の元を視界に入れた直後、俺は自分自身の目を疑った。


「────────え」


「なんつー顔だ。まるでキツネに化かされたみたいじゃねぇか」


 驚いた。驚く、驚くに決まってる……! なんで、何でお前、どうしてお前は、俺の体の外に居る!



 龍!!!



「さすがのお前でも解せないって顔だな。今までずっとお前の中に居て、変身の度に入れ替わってたのに、今になってどうしてお前の体の中に居ないのか……ってな」


 龍は俺に語りかけながらゆっくりと一歩ずつ進んでくる。5mの距離なんて直ぐ埋まる。でもそれ以上になんだ、この圧は……味方に出して良い()()じゃないだろ!!!


「教えてやる。こう言う事だ」


 次の瞬間、俺の鳩尾に龍の右拳がめり込む。そのまま境内の石床を抉りながら妖怪の山の中腹の地面に激突した。


「うごぁぁッ…………ぁ」


 初めて龍のパンチをくらった。痛い。でも生きてる……何でだ? ただの人間の俺なら、これだけ吹き飛ぶ威力なら弱いパンチでも致命傷だろうに。

 やっぱ体に漲ってる力は嘘じゃないってことか。


 それでも鳩尾だ。息が詰まる、肺が動かない、腹の痛みでのたうち回る。まさか、まさか、みんなが居ないのは……気配が全く無いのは……お前が理由なのか? 龍……


「フン……やはり頑丈になってたか。そうでなきゃおもしろくない」


 頂上から俺を追って降りてきた龍は、ニヤリと笑みを浮かべて拳を鳴らす。数秒程度でなんとか呼吸を取り戻した俺は、木に掴まりながら立ち上がり、龍に問いかけた。


「龍…………お前ッ……が、みんなに何か、したのか!?」


 俺の問いかけに龍は僅かに立ち止まると、そこから両腕を広げて宣い出した。


「俺はな龍神、この幻想郷を滅ぼす為にお前を器としようとする所謂邪神なんだよ。だがお前の心は俺の闇に染まらず、仕方がないので俺はお前の中で機を窺っていた。お前の力が満ち、俺が外に飛び出せる時を────その時が今だった。自由になった俺は、手始めに守矢の二柱を消した。それからこの山の妖怪、地底、人里、それからお前の親友が居た神社も、全員消して回った。残るはお前だけだ、拳咲 龍神」


 述べられた言葉を俺は信じられなかった。信じられるわけがなかった。俺が知ってるお前は、幻想郷を、そこに住む人々を思い遣れるやつだった。それが急に、邪神?


「本当なのか……?」


「それ以外あるわけねぇだろ!!!」


 怒声と共に龍の拳が俺の顔面にぶち当たる。後はつんのめるのを背筋と腹筋で耐え、倒れそうなのを両足の踏ん張りで耐えた。だがそれでも攻撃は止まず、腹、顎、左頬、額に頭突き、胸に掌打をくらい、肺の空気が全て吐き出されると同時、顔の中心に裏拳が直撃した。


 たまらず弾き飛ぶ俺は木にぶつかって仰向けに倒れた。倒れ伏し、咳き込みながら血を吐き出す。鼻血も随分出て来る。俺、死ぬのかな……仲間だと思ってたやつに殺されて死ぬのかな……?


「反撃くらいしてきたらどうだ? それとも仲間意識が邪魔するのか? だったらキッカケをくれてやる」


 龍は侮蔑のように見下ろしながら片手を横に突き出すと、ギュンと早苗さんが突然山の中腹の何処かから現れて龍の手に吸い込まれた。そのまま首を掴まれ、苦しそうにもがく早苗さんを見て、俺は恐怖以上の嫌な予感が脳内を駆け巡る。


「お前……何を」


「こうすんだよ。『崩拳』」


 掴んだ手とは反対の手を拳に変えて、早苗さんの腹部に近づけると、空間が歪むほどの衝撃が早苗さんの体を突き上げた。鈍くて、それでいて耳の奥に響くような低い音。その後に、自分の首を掴む龍の指を剥がそうとする早苗さんの手がぶらりと落ちた。


「は────────」


 何が起こったのかわからなかった。感情が理解を拒んだ。龍が早苗さんをゴミを捨てるように軽く放ると、俺の体は受けたダメージを忘れたように咄嗟に動き、早苗さんの体を受け止める。


「早苗さん……早苗さん!!!」


 返事が無い。口からは一筋の流血の痕があり、そっと首に触れてみてわかった。脈が無い……



 体の奥で、火が灯る。ただの火じゃない────全てを焼き尽くす蒼い業火が俺の精神を燃やし尽くす。待て、早苗さんを巻き込むわけにはいかない。安全な場所まで運ぶんだ。


 早苗さんを抱きかかえ、10m歩いた場所にある木のそばにそっと横にする。もう、リセイが保たない。なんとかそこを離れて龍と向かい合うと、俺は────俺は────────






────


────────


────────────






 拳咲 龍神は本気で怒ったことが無い。もとい、本気の怒りに達した時、彼の記憶は我を忘れるが故に飛ぶからだ。ならばもう……もう、今の彼を止められる者は誰も居ない。どこにも居ない。残るは、本能のみ。


「龍。お前が本気で全てを消そうとしてるなら、俺はお前を止める────殺してでも」


 無表情の顔に灯る怒りの赤。彼の目が、瞳が真紅に染まり、足下から金色の炎が逆巻いていく。僅かな理性が紡いだ言葉を最後に、彼の体は黄金の炎に覆われていく。衣服は燃え散り、体が変化していく。龍という媒体が無い状態での、初めての自分の意志で行う────────




「 変 身 」




 瞬間、黄金の炎が宛ら竜巻のように渦を巻き、巨大化してから激しく爆ぜてその姿を顕す。2mを優に超える筋骨隆々の巨体、龍とは違う4本角と黄金の肌。これが、拳咲 龍神の"龍神"としての姿。


「フゥゥゥゥゥーーーー…………」



 ここに爆誕!






「フッ……やっとマシな戦いになり────」


 言葉は最後まで続かない。龍神の拳が龍の顎を捉えたからだ。間髪入れずに龍神はガラ空きの龍の体に両拳で凄まじい速度の乱打を打ち込む!


「ウゥガアアアアアアアアアーーーー!!!!」


 乱打も乱打、それはもう狙いなんてありはしないめちゃくちゃな連撃。それでも同じ龍、その桁外れな膂力は……


「がはッッッ!?」


 ……初めて龍に血反吐を許した。



 尚も乱打は止まず、猛攻は続く。ついぞ誰ぞ叶えられなかった龍に対する痛打、それを龍本人が噛み締めながら数十発の打撃を受け、次の1発を顔面で受け止めた。


 一瞬龍の口角が吊り上がると、そこから幾億、幾兆、幾京の連打の応酬が開始された。段々の空へと上昇していきながらも両者の攻撃の衝撃波は妖怪の山の中腹を薙ぎ払わんとする。現在位置からおよそ100m上昇した辺りから、いよいよ衝撃波が中腹を破壊し始めた。恐らく龍神の場合は体が変身に慣れてき始めた頃であり、龍はそれに合わせて力の枷を外してきている。

 拳が何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も────絶えず、隙間無く、力と力でぶつかり合う。計り知れない膂力同士の激突は、幻想郷の大気と大地を震わせた。


 何せ最高神同士のぶつかり合いだ、それくらいで済んでいるのが奇跡とも言えるだろう。


「ヴゥアッッッ!!!」


「……フン」


 直線的に飛んでくる龍神の攻撃をあしらいつつ、龍は膝蹴り、彼の腹部に叩き込んだ。


「が────────」


 龍神の勢いが一気に収まり、龍は追撃の回し蹴りで彼を叩き落とす。

 また違う中腹に大きなクレーターを作り上げ、龍はその場へ降り立つ。悠長に歩いていると、龍神は瞬間移動と見紛う速さで龍の前で拳を構えた。だがそこは龍、龍神の渾身の右拳を右手で受け止め、ニヤリと笑みを浮かべた。


「龍、聞かせろ……お前は、本当に────」


「くどい! 同じ事をナンベンも言わせんな!!! それにしても驚いた、ちゃんと怒りに呑まれずにいるとはな!」


「くそ────よくも早苗さんを……よくも早苗さんを!!!」


「さぁ来い、久しく全力を出せそうなんだ、精々気張れよッッッ!!!!!」








■■■■■








 その頃、地底では…………



「龍神様……」


 なんと、龍が消したと言っていた人達が皆地底で生存していたのだ。恐らく、収容人数からして里の人間全員と妖怪の山の妖怪達、それに博麗神社に居た誠や霊夢や魔理沙、それと龍が赴かずにいた場所の人達まで、旧地獄はかつて以上に人で賑わっていた。


「お姉ちゃん……」


「大丈夫よ、こいし。龍神くんも、龍神様も優しい人。そうでなければ、私にこんな事は命じなかった」


 さとりがこいしを落ち着かせているタイミングに地鳴りが連続した。それは地底にまで響く戦闘の余波であり、2人の膂力の凄まじさの現れでもあった。


「わぁぁぁ……!」「怖いよぉ!!」「俺達まさか死んじまうんじゃ!」「誰か助けて……!」


 里の人間達が各々不安を声に出す。無理もない、彼等は何も知らされずにただ危ないからと地底まで連れてこられたのだから。それ等を何とか説得して匿う事に成功したのは、ある人物の功績が大きいだろう。


「皆さん大丈夫! 今龍神様が、悪いヤツと戦っているだけです! ですがあのままでは、皆を巻き込むからと、私達に命を下してここに匿うように施してくださったのです! ですから、どうか気を落ち着けてください!」


 人間達に声を掛ける者を、上白沢 慧音という。人間の里で寺子屋と言う学習塾を開く教師であり、満月の夜に妖怪と化す半人半妖の女性。そんな里の人間達に信用された存在だからこそ、彼女の言葉に耳を傾けて地底まで付いてきてくれたのだ。


 一通り言葉を掛けて人間達の不安を抑えてやると、彼女は離れたところで溜め息を吐いた。そこにさとりがこいしに抱きつかれながら現れた。


「ごめんなさい、こんな事を任せられるのはあなたしか居なかったから」


「謝らなくてもいい。龍神様と、龍神くんという外来の少年の決着がとても重要だと言うのは痛いほどわかってる。一昨日の晩にあなたが私のところに来て、わざわざ土下座までしたんだ、受けなかったら人が廃る」


 さとりと慧音が話をしていると、また一つ、二つと地鳴りが起こる。二人の会話を聞いていた誠は拳を握り締め、地上を見上げていた。


「龍神……負けるんじゃねぇぞ。絶対に勝てよ。待ってるからな」











■■■■■










「ゥオラッ!」


 声と共に体が弾き飛ぶ。龍神の体が人間の里に落下し、衝撃波で半径50mの家屋が壊滅した。飛び立つ直前、龍神は周囲を見回した。

 本当に人が居ない。家屋を壊した申し訳なさと人が巻き込まれなかった安堵がごちゃ混ぜになり、それと同時に何を巻き込んでも龍を止めなきゃもっと酷い事になると感じて飛び出す。


 拳に確かな"信念"が宿る。この世界の人を守ると……この世界の平和を守ると……この世界、幻想郷の為に戦うと……


 近づくと同時、組み合った龍と龍神は互いの首を掴んだまま竹林へと突っ込む。それと一緒に屋敷のような家屋も破壊しながら龍を連続蹴りで吹っ飛ばす。

 龍がかなり遠く飛ばされた先には、光の届きにくい森があり、それ等の木々を薙ぎ倒しながら様々なガラクタが集った建物を破壊した。

 だが頑丈な肉体には軽微なもの。闘気を発して建物を綺麗に消し飛ばすと、向かって来た龍神と龍が再び激突。龍神の黄金の左拳と龍の蒼黒の左拳が衝突し、破壊の波が森全体とその中にあった二つの家屋もまとめて消し飛ばす。当然地面も衝撃波で割れ崩れるが、二人は姿勢を崩さず空中に立つ。


 ぐぎぎと声を漏らす龍神とは対照に龍は口角を吊り上げたまま拳の押し合いに入る。力は拮抗してるが、それでも龍からは余裕が感じられる。途端、龍が左拳を引いて力を緩めると、押し合いをしていた龍神は突然拳にかかっていた力が消えた事で前に倒れ込み、透かさず彼の顎に強烈な打撃が飛んで来た。体が打ち上がり、龍は振り上げた右拳を胸まで引き、それに合わせて右の後ろ回し蹴りを龍神の横腹に減り込ませる。


「ぐぅッ!?」


 横腹に走る痛みに耐えつつ、地面に足をつけて制動を掛ける。飛んで200m、森の更に最奥のような場所で、龍神はそんな暇はないのにも関わらず場所の事を気に掛けた。


「なんだここ、何か他と違って悲しい感覚だ……」


「何泣いてんだ。幻想郷が壊れるのがそんなに嫌か? 安心しろ……お前もどうせ一緒になる」


 余計な事を気に掛ける龍神の目の前に現れた龍は、冷酷に、しかし享楽的に言った。そして龍神の首を掴むと、そのまま加速して各地を弾き飛ばしながら駆け出した。


 やめろ……やめろ! この世界を壊して何になる!? 人を、妖怪を、神を貶して滅ぼして……お前は本当に────本当に────────




 しばらく首を掴まれたままあちこちを移動して、その際に色んな場所を通りすがりに龍は移動の衝撃波だけで全てを壊し尽くした。限り無く光に近い速度で移動してるのだから、それもそうだろう。衝撃波だけで彼岸花の咲いてる場所や向日葵の咲いてる場所、鈴蘭の咲いてる場所や湖、紅魔館、冥界の白玉楼、そして最後に守矢神社まで破壊した。

 龍神は崩れた本殿の中で横たわり、龍はそのすぐ近くで立っていた。


「腑抜けが。この程度で戦意喪失か? 話にならねぇ」


 龍は力無く横たわる龍神を睥睨し、腕を組んでその場を去ろうとした。だが…………


「────待てよ」


 いつの間に立ち上がったのか、既に龍神は力強く仁王立ちをしていた。

 ここに来るまでに、少ない日にちながらも色んな思い出がある。乱暴なやつだとか、暴力的で怖いとかも思った。けど龍、お前は根本が優しいやつだった。なのに、なのに…………


「もう……お前は戻らないんだな」


 龍神は泣いた。目から止めどなく涙が流れ続け、視界を覆う。それでも龍神は拳を強く握り、龍を真っ直ぐ見据えた。



 もう、迷わない





「────────斃す」






「────────ガァ」




 瞬間、龍は体が吹き飛んでいた。思いがけない吐血に困惑する。だがそんな必要は無い。


 龍神、お前しか居ないだろ!!!



「いいぞ……イイぞ!!!」



 龍は表情を変えず、笑みを浮かべて龍神に向かっていく。さっきの一撃は龍の意識、認識が追いつかない程の速さで繰り出された右拳のボディブロー。なら、今度は挙動全てを見て対応する。


 そう行動しようとした龍の目の前には、既に龍神の左拳が肉薄していた。


「グゴ────ッ」


 龍の体がまたしても飛ぶ。今度は見えたが、余りの痛みに手で顔を押さえた。しかしそれが隙だった。龍は指の隙間から龍神が躍動する姿を目視した直後、何度目かの連撃の応酬を開始した。


 もう既に幾億どころか幾垓幾杼幾穣もの連打が交差しているにも関わらず、お互い拮抗。

 否、違う。龍神有利


「ち────ぬがッ!?」


 天秤は、確実に龍神に有利に傾いていた。最初の時と比較すれば圧倒的に冷静に、確実に、鋭く力強く、拳も蹴も確実に放つ。そんな龍神の徹底して無駄を削いだ連打に……いや、それだけじゃない。今まで龍と拳を交える中で、少しずつ、少しずつ信念を攻撃に込めていた事で、人間の持つ神秘『想いの力』とも呼べる感情の爆発力が発揮され始めた事で徐々に押され始め、剰え直撃を許している。


 数発、数十発、数百発の攻撃が当たるに連れ、龍神の攻撃の圧に防御に徹する他無くなった龍。それでも、防御をすり抜ける強固な一撃の集合が、硬い龍の防御を割る。


 無数とも言える拳と蹴の連撃は確実に、着実に龍の体にダメージを与えていく。止まらない連撃の僅かな間、龍神は右拳に数億もの打撃を込めておき、ほんの少し力を溜めるような動きをして突き出すと、龍の腹部にめり込んだ右拳から削孔機のようなズガガという激震する音が響き、龍の腹筋を衝撃が突き抜ける!


「ぐあああああああアアアアアアアアアアーーーーーー!!!!」


 最後の一撃まで余す事なく衝撃が伝わった後、龍神の拳から龍が吹き飛び、すっかり平たくなった妖怪の山の広い土地に落下した。


 形勢逆転……まさにそう言えよう。


 龍神はついに覚悟と信念で龍を"壊す"事を決めた。もはや容赦は無い。もはや遠慮など無い。もはや躊躇なんてものは有りはしない。龍を追って降り立ち、約200mの距離。そこに立つのは、黄金の最高神にして龍となった外来人。



 しかし不思議と龍は心地良いと感じていた。これが人の可能性。そして己の役目の終焉を目指してきたこの今…………ようやく辿り着いた。


「ふぅぅぅぅーー…………」


 足の間隔を広げた状態で立ち上がると、右拳に己の全闘気と全力を込めて構える。

 これを見て、龍神は目を見開いて身構えた。来る……龍の最大の一撃。魅魔に放ったのとは比べ物にならない威力が右拳に集約されてるのがわかる。あれをくらえば形勢なんて関係無くなる。対抗出来ないわけじゃない、が、龍と龍神が最大をぶつけ合えば、今度こそ幻想郷は跡形もなく消し飛ぶ。

 だからと言って、躱せるほど遅い技でもない。でも、確実なのはこれしかない。


 龍神の逡巡の間に、龍は溜めが完了したのか、右拳に闘気で形作られた龍の顎門を龍神に見せた。これで最後になると、目で語ってくる。




「いくぜ、龍神……」


「……来いよ、龍」
















「 『 龍 拳 』ッッッッ!!!!! 」





 次の瞬間、約200mを刹那に詰める黄金の胴長龍。龍神は反射反応を最大限に活かし、決死の思いで踏み出した。攻撃は真正面、視界を埋め尽くす黄金の胴長龍……左に逸れつつ、全身を目一杯の闘気で覆う。直後、皮一枚挟んで胴長龍の回避に成功。



「ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーー!!!!!」



 回避した瞬間から雄叫びを上げて龍に高速で接近し、右拳を構える。


 その時、1秒にも満たない世界で、龍神は見た。


 龍が龍神を見つめ、優しく微笑む顔を…………



 何が起こったのかわからない。でももう止まれない。攻撃の構えに入ってしまった。もうすぐ龍に直撃する。お前は何を────






よくやった






 龍の口の動きが全てを物語っていた。それが、龍の決意。拳咲 龍神の手で(たお)される事が、龍の望みだったのだ。


 全てを知った龍神は涙を流すも、すぐに真剣な眼差しになり、改めて拳に力を込めた。そして






「『裂拳』!」


 裂拳『八裂』。直突きから裏拳、肘打ち、膝蹴り、回し蹴り、トドメに踵落としで締める6連撃。これを龍はモロにくらう。


「『破拳』!!」


 破拳『バスターインパクト』。踵落としで体勢が崩れたところに右拳を砲台のように構えて立ち、龍の顔面向けて拳圧を直撃させる。


「『崩拳』!!!」


 崩拳『粉砕の拳』。右拳に力を溜めながら左拳を下方から振り上げ、拳圧と打撃を同時に炸裂させる。龍の体が少し浮き上がった瞬間、右拳の溜めが終わる。そして




「『龍拳』……!!!!」




 龍神の右拳が龍の胸部に直撃すると同時、黄金の胴長龍が龍の体を貫いた────────



「ガアアアアアアアアアアアアぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!!!!」




 これぞ全ての龍の技を集合させた究極絶技……


 『裂破崩龍(れつはほうりゅう)』────────















 こうして、拳咲 龍神は、龍を斃したのだった。


 技の終了後、龍は力無く膝から崩れるが、龍神がそれを受け止めて涙ながらに問いかけた。


「おい龍! 龍!! こんなのが、俺に斃される事が、お前の望みだって言うのかよ!!?」


「ガァ……ぐ、はは……それが、継承に必要な事だったからだ。龍神よぉ……お前は、この幻想郷で、次の龍神にならなきゃならねぇ。そう言う運命だったんだ……」


 血を吐きながら龍は龍神の問いかけに答えた。


「運命……? まさか、この幻想郷に来たのが、そもそも……」


[そこから先は、我が話そう]


 突然、神々しい景色と共に龍神の目の前に純白の巨大な胴長龍が現れた。初めて見る姿だ、なのに龍神は何故か以前から知ってるかのような感覚がして不思議に思った。


「まさか、あんたも龍神なのか?」


[左様。もう一人の我は元々は我が闇として切り離した存在だ。それが100年と時を経てここに至り、今また一つになる]


 さて、と口にした純白の龍は、事の経緯を説明し始めた。


[振り返れば100年前の事。

 もう一人の我が死んだ時から始まった。原因は戦死だが、よもや成長し切る前に博麗の巫女に斃されるとは思わなんだ。だが仕方のない事。その時起きてた異変ともう一人の我の存在が上手くハマってしまったのだろう。最強の人間だった博麗の巫女と相打ちに遭い、あえなくな。

 しかし事はそう簡単には収まらなかった。もう一人の我が死した事で、我の存在が幻想郷を壊す引き金にもなってしまった。闇の我が死した事で、我の力を納める鞘が無くなったと言うべきか、溢れる我の力で、幻想郷が時限で滅ぶものになってしまった。だが、方法はあった。それがお前だ、龍神]


「俺?」


[本来ならお前に力を譲渡すれば良いのだが、それでは最低でも1ヶ月かかる。早くせねば我の力の膨大さを受け止められず、幻想郷が崩壊するという状況だったのだ。だから八雲 紫を通して強制的に幻想入りさせ、苦難を通してお前を強く、そしてもう一人の我の力を少しずつ流していく事でお前の肉体を作り上げていった。

 だが最後には、もう一人の我を斃さねば最高神の継承が出来ない。だからお前の意識内の五感を断って、色んな根回しをした。おかげで幻想郷を無人にする事が出来、戦闘の舞台が整ったというわけだ。今、皆は地底で戦いの終結を待っている]


「はぁ、そうか……みんな無事だったんだな……!」


 龍神は安心して溜め息を吐くも、視線を龍に戻して焦った。龍の体が足先から光の粒子状になって消滅しかかっているではないか。


「へっ……どうやらお別れの時間がきたか。龍神、俺はお前でもあった。外の世界に居た時は弱っちくて情けないヤツだと思っていたが、それでも芯に強いもんを持っていた。今のお前は力を覚醒させ、正真正銘俺を超えた。

 誇れ……お前は最強、拳咲 龍神だ。もう俺なんか要らない……これからは、お前がこの世界を守るんだ」


「まてよ……まてよぉ……! 俺はぁ……まだお前と全然話が出来てないんだぞ……!! たった1週間だけで、俺の前から消えるって言うのかよ!!!」


「甘ったれるんじゃねぇ……やっぱ、まだまだ弱ぇガキだな……でも、それで良いさ。もう、何も心配要らないよ。俺は消えちまうが、お前の中で生き続ける……だから、泣くんじゃねぇ……」


 止まらない龍神の涙を少し拭い、その拭った指も消滅する。残るは、胸から上だけ……

 最後に龍神は龍の残った体を抱き寄せ、その温もりを最後まで感じた。






またな、龍神






 最後は溶けるような声で別れの言葉を口にして、キラリと全てが粒子に変わって消えてしまった。

 龍神は嗚咽を漏らしながら地面の土を弱々しく握り締める。それからどれだけの時間が経ったのか、変身状態から龍神が元に戻った時、ふと純白の龍が言葉を口にする。


[さて、そろそろ我もお前と一つになろう。それで継承の儀は完了する]


 一頻り泣いた龍神は純白の龍の言葉を聞いて早苗を思い出す。あの時、龍に命を奪われた早苗を。


 と、彼が言葉を口にする直前、彼の目の前に流血も無く呼吸をしている早苗が現れ、驚くばかりだった。


[案ずるな、全て元に戻そう。その為に我が来たのだからな]


 純白の龍が全身から光を放つと、妖怪の山を始めとした幻想郷の施設や家屋、木々などの自然が全て元の姿を取り戻していく。これが最高神の力と言う事か。


[さぁ、もう一人の我の言っていた通り、我もお前と一つになり、永遠にこの幻想郷を見守ろうぞ。龍神、この世界を、頼んだぞ]


 純白の龍は小さな光の球となって龍神の胸に入り込み、先ほどまであった神々しい景色が消え、元の青空が広がっていた。


「龍……今までありがとう。短い間だったけど……でも、これからも一緒なんだもんな……! そう考えたら、少しだけ寂しくないかもな」


 龍神は早苗を抱き上げると、最後にまた涙を流し、決別を心の中で済ませた。すると、声が微かに漏れるような……早苗が目を覚ました証左だろう。


「うぅ……ん……」


「早苗さん、大丈夫?」


「龍、神さん? え、私なんでここに?」


「もう、全部終わったよ。だから、大丈夫」


 龍神は早苗を抱き上げた状態から立たせるが、状況を呑み込めない早苗は、戸惑いを露わにする。だが、龍神が優しく抱き寄せて言葉をかけると、静かに龍神の顔の横で頷いた。

 しばらく抱き合った後、離してやると、早苗は朱に染まった頬と潤んだ瞳で龍神を見上げて言葉を紡いだ。


「龍神さん……私、龍神さんが好きです。私と、結婚してください!」


 少し驚いた様子を見せるが、龍神の答えは決まっていた。


「不束者ですが、よろしくお願いします」


 双方合意で結婚が成立した瞬間、僅かに早苗が吹き出して笑う。


「普通逆な気もしますね」


「あ、確かにそうかも」



 それから二人はお互い見合ってから笑い、蒼天を見上げて誰かを想う……


 後に地底に避難した者全員を呼び出し、人間の里で盛大な宴を開く事になった。龍神と早苗の結婚、新たな最高神の誕生、そして今後の幻想郷の平和を願っての宴────────








 これにて、彼の長いようで短い"運命の1週間"が幕を閉じた。



 そして17年後、新たな龍神録が始まるのだった……


















終わり

これにて、東方龍神録 復活版『完』です。


長く待たせてしまいました皆さん、本当に申し訳ない。そして待ってない皆さん、退屈なお話で申し訳ない。


この物語はこれで終わりですが、続編はあります。それが、東方龍神録・改です



またいつ書けるかわかりませんが、気長に待っていてくれるとありがたいです。


では、またどこかで会いましょう





────九十九竜胆より

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