↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元カノの妹と同棲することになりまして。  作者: 三久田ともかさ
過去から未来へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/59

夏の音。②

 8月30日、土曜日。


 俺たちはレンタカーを走らせ、バーベキュー……いや、BBQへと向かっていた。


「それでは聴いてください! 真夏の体臭!」


 後部座席からは、シャカシャカとマラカスのやかましい音が鳴り響く。

 そして、意味のわからない歌が車内を包んでいた。

 ……歌だけは上手いのが、余計に腹立たしい。


「雛乃ちゃん、歌上手ですねー!」

 ぱちぱちと隣で手を叩く栞ちゃん。


「へっへーん! 常夏のセイレーンとは私のことよ!」


 浜辺で干からびてそうな歌姫だな。

 それはそうと、ふと思った。

 栞ちゃんは、どんな歌を歌うのだろうか?


 ちなみに俺は、音痴とも歌うまとも呼べない、一番反応に困るラインの歌唱力だ。

 カラオケなどでは、他人の歌を聴いている方が好きだった。


 雛乃の歌は、どこかドヤッとしていて聴いていると腹が立つ。

 あと、いちいちワンフレーズごとにチラ見してウィンクを飛ばすのやめろ。気持ち悪い。

 だからこそ、ぜひ栞ちゃんにでも歌ってもらいたいものだ。


「栞ちゃんは、どんな歌を歌うんだ?」


「えっ? そう、ですね……」

 しばし考え込む栞ちゃん。


「あっ! そしたらさ! これにしようよ!」

 雛乃が選んだ曲のイントロが流れる。

 国民的アニメの主題歌だった。


「あっ! これならわかります!」

「よし! それじゃあ、聴いてください! 栞ちゃんで、勇気3%!!」


 ただの小心者じゃねーか。

 消費税でも10%はあるぞ。


「……すぅーー」

 栞ちゃんは目を閉じ、ゆっくりと息を吸い込んだ。


 そして。


「ほぇ〜〜〜……」


「…………」

 ……あっ。


 うん。

 ごめん。

 聴かなかったことにしよう。


 俺は静かに前を向いた。


 そう。

 これは二人のため。

 安全運転のためだから。


     ◇


「……ふぅ」

 一曲を歌い終えた栞ちゃんが、満足そうに息をついた。

 バックミラー越しに見える雛乃は、あまりの歌声に言葉も出ないようだ。


 さすが栞ちゃんだ。

 ……うん。


「……しお……りちゃん?」

「はい?」


「その……」

「はい?」

 栞ちゃんが首を傾げる。


「音楽の成績って、いくつ?」

「へっ? えっと……五段階中、五はいただいてましたけど……?」


「なぁっぜっ!?」

 ばっと身を起こした雛乃が、頭をがりがりと掻きむしる。


 ……失礼なやつだな。

 個性的でいいだろ。


「栞ちゃん、歌の実技試験ってどうしてたの?」

「え? 練習してましたけど……?」


「先生はなんて?」

「えっと……泣いてましたね」


「…………」

 ……泣いていた?


 雛乃との会話を聞いているうちに、俺は一つの可能性に思い至った。

 もしかして、学校で歌う曲なら歌えるのではないか?


「雛乃、ちょっと次の曲を流してくれないか?」

「んー? 何の曲?」

「ほら、中学校の合唱で歌った、あの曲」

「あー! あれね!」


 雛乃がスマホを操作する。

 やがて、優しいピアノのイントロが車内に響き始めた。


 目を閉じれば思い出す。

 勇気を翼に込め、希望の風に乗った、あの日々を。


「あっ! これはたくさん練習しました!」

 栞ちゃんの表情がぱっと明るくなる。

 そして、歌い出した。


 広い大空に、夢を託すように。


     ◇


「……ふぅ。どうでしょう?」

 歌い終えた栞ちゃんが、少し照れくさそうに尋ねた。


 ……雛乃は泣いていた。


 俺はその笑顔があまりにも眩しくて、危うく旅立ちそうになった。


 感動的なまでのソプラノ。

 さっきまでの歌声は、いったいなんだったのだろうか。


 知っているだけのアニソンとは違う。

 何度も練習を重ねた楽曲において、栞ちゃんは完璧だった。


 いや。

 単に音程が正確だとか、そういう話ではない。


 歌そのもので、人を魅了する。

 そんな才能が、そこにはあった。


「……栞ちゃん」


「はい?」


「私、もう歌えない……」


 ぐったりとうなだれた雛乃の手から、マラカスがぽとりと足元に落ちた。

 ……完全敗北。

 どうやら、そう悟ったらしい。


「え、えーっと……?」

 静まり返った車内。

 栞ちゃんだけが、困惑していた。


     ◇


 騒がしい雛乃のリサイタルと、栞ちゃんの合唱コンクールを経て、俺たちはようやく目的地へと到着した。


 青い海、白い砂浜、そして。


「いぃーーやっふぉーーっ!」


 やかましい妹。


 雛乃は水着の上に羽織っていたパーカーを脱ぎ捨て、海へと飛び込んでいた。


「子どもかよ……」

 小学生の頃から何も成長していないあいつを放置して、俺はパラソルと拠点の設営に取りかかる。


「雛乃ちゃん、元気ですね」

 少し遅れて、栞ちゃんがやって来た。

 無事に着替えを済ませたみたいだ。


「ああ……そうだな……」


「どうしました?」


 思わず目を逸らす。

 栞ちゃんは水着の上から、薄手の上着を羽織っていた。


 しかし、その下から伸びる真っ白な脚。

 普段は見せない、すらりとしたその姿に、思わず視線が吸い寄せられてしまった。


 ……なんだろう。

 見てはいけないものを見てしまったような。

 そんな妙な罪悪感に苛まれていた。


「いや、なんでもない。こっちの設営はやっておくから、栞ちゃんも行っておいで」


「そうですか? わかりました。では、お言葉に甘えて……」


 するり。

 栞ちゃんが上着を脱ぐ。

 白い肌が、夏の日差しの下にあらわになった。


「……っ!」


 その瞬間。


 ビューーッ!


「ぶっ!?」

 顔面に水が飛んできた。


「雛乃、てめぇ……!」

「うぇー! 妖怪キョウスケベェがこっち来るー! 栞ちゃん、逃げるよー!」


 いつの間にか水鉄砲を手にした雛乃が、栞ちゃんの手を引いて海へと戻っていく。


「ったく……」

 ……おかげで頭がクールダウンできた。

 こんな調子で大丈夫か、俺?


 遠くでは、栞ちゃんの水鉄砲が雛乃の顔面を正確に捉え続けていた。


「ちょっ! まっ! しおっ!! ちゃん!!」


 ……自業自得だな。


     ◇


 じゅーっ。

 肉の焼ける音。

 野菜につけたタレが炭火に熱せられ、香ばしい匂いが立ち上る。

 炎天下の中、俺は汗だくになりながら炭火の番をしていた。


 ……そもそも、わかりきっていたことだ。

 雛乃に任せたら、すべてが炭へと還ることを。


「おにぃー! まだー?」

 紙皿を手に、今か今かと肉を待っている雛乃。


 少しは栞ちゃんを見習え。

 そう思って、栞ちゃんに目を向ける。


 ……ん?

 よく見ると、栞ちゃんは食べ頃の肉をすでに回収していた。


 まさか。

 栞ちゃんに限って、そんな……。

 俺はあまりの出来事にショックを隠せないでいた。


「ふーっ、ふーっ」


 焼きたてのお肉。

 溢れ出る肉汁。


 そして。


「はいっ」


「……えっ!?」

 気づけば、目の前に栞ちゃんが肉を差し出していた。


「両手が塞がってましたので、その……お野菜からの方が良かったですか?」


「あっ、いや……」


 はむっ。

 差し出された肉を頬張る。

 程よく冷まされたお肉。


 うん。

 美味い。

 ……多分。


 味なんて、わからなかった。


「あー! おにぃー! 焦げてるー!!」

「やべっ……!」


 つい栞ちゃんとのやり取りで、ペースが乱れてしまった。

 慌てて肉をひっくり返し、焦げたものを皿に移す。


 それから、そばにあった麦茶を飲み干した。

 ……身体はまだ熱い。


 これは、そう。

 夏のせい。


「栞ちゃーん! 私にもあーんしてー!」

「ふふっ。順番ですよー」


 そう言って笑う栞ちゃんを、俺はつい目で追ってしまう。


 ……まったく。

 どうにも調子が狂う。


 火照った頭を冷やすためにも、あとで海に飛び込んでこよう。


 俺は、そう決意した。



はい。

散々終わりまであと少し、などと言っておいてあと一話、あと一話と間延びしてるのも大体夏のせいです。


いえ、雛乃のせいです。


冗談はさておき、プロット上の重要エピソードはあとわずか、最後までお付き合いくださると幸いです。


それではまた、次回。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。