↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元カノの妹と同棲することになりまして。  作者: 三久田ともかさ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/45

元カノ


――懐かしい夢を見た。

『恭佐《きょうすけ》ぇ、明日からもう来なくていいから』

 眩いプラチナブロンドの巻き髪を乱しながら、知らない男と行為に勤しみ、こちらを一瞥してそう告げた女。

 俺にはあまりにも不釣り合いだったが、見間違えるはずもない。

 人生で初めて付き合った彼女だった。


 7年前。

 当時、21歳の大学生だった俺は、不本意ながら人数合わせで参加した合コンをきっかけに、彼女と交際を始めた。

 榊原美麗《さかきばら みれい》

 読者モデルから活動を始め、今ではバラエティにも引っ張りだこ。 若い世代なら、人気モデルとして知らない人のほうが珍しいくらいの有名人だ。


 ごく普通の大学生だった俺が、偶然参加した合コンで彼女と出会う。

 傍から見れば、それだけでも奇跡のような出来事だったのかもしれない。

 そんな俺が友人の誘いを断りきれなかったのは、幹事である友人の体裁もあったからだ。

 決して――

『おにぃーも彼女の1人や2人くらい連れてきてよねー』

 なんていう妹との他愛ない日常会話が頭をよぎったからではない。

 断じてない。


 参加者たちが盛り上がる中、俺は終始適当に相槌を打ちながら、料理を運んでくる店員さんを眺めていた。


 楽しそうだなぁ。

――俺以外。

 早く帰りたい。

 そんなことを考えていたところで、ふと1人の女性と目が合った。

 榊原美麗。

 このときの俺は、彼女がトップモデルであることすら気がついていなかった。


 周囲が盛り上がっている中、彼女もまた俺と同じようにつまらなそうにしている。

 自分のプロポーションに絶対の自信を持っている様子がうかがえる、攻めた装い。

 整った容姿と派手なメイク。

 手入れの大変そうなプラチナブロンドの明るい髪を巻き、より庶民とは違う雰囲気を出していた。


 なんというか、煌びやかな人だな。

 その程度の感想しか抱かなかったのだが、意外にも彼女のほうから声を掛けてきた。

「ねぇ、2人で抜け出さない?」

 耳元で囁かれ、俺は思わず周囲を確認する。

 男連中から恨みを買うんじゃないか。

 一瞬そんな心配もしたが――幸いなことに、誰もこちらには見向きもしていなかった。


 なら、まぁいいか。

 この退屈な空間から抜け出せるなら、俺としても願ったり叶ったりだ。


 こうして俺たちは、合コン会場からこっそり抜け出した。

 店を出て少し歩いたところで、改めてお互いに自己紹介をすることになった。

「アンタ、名前は?」

「相澤恭佐《あいざわ きょうすけ》」

「ふーん。見た目通り、なんか暗いわね」

 全体での自己紹介があったにもかかわらず、どうやら俺の名前は認知されていなかったらしい。


 かく言う俺も聞いてなかったから、人のことは言えない。

 それよりも、初対面の相手に対する第一声としてはいかがなものか。

「まぁ、自分でも明るいとは思ってないよ」

「あっそう。名は体を表すって、こういうことを言うのかしらね」

 ……恭佐のどの辺に暗い要素があるんだろう。

 名前を知らなかったくせに適当言ってないか、この人。

 他人を見下すような態度。

 普通なら、怒りの1つや2つ覚えてもおかしくない。

 そう思ったところで、合コン会場での彼女の様子を思い出した。


「ああ……」

「何よ?」

「いや、なんでもない」

 そういうことか。

 彼女がつまらなそうにしていた理由が、なんとなく分かった気がした。

 見た目だけなら、間違いなくあの場で1番の美人だった。


 好みの違いこそあれど、10人に聞けば大半が彼女を選ぶだろう。

 それなのに、さっき俺たちが抜け出すときには誰1人として気に留めていなかった。

 おそらく最初は話しかけられていたのだろう。

 そして、この調子で返していたに違いない。

 そりゃ誰も近寄らなくなる。

 挨拶して数分。

 その美しさを台無しにして余りある性格の悪さが、すでに透けて見えていた。


 そんな彼女に対して俺は――

「そっちは?」

「はぁ? 急に何よ」

「いや、名前。聞いてないし」

「なっ……アンタ、本気で言ってんの?」

 なぜか目を見開かれた。

「ん? 悪い。全体の挨拶、ほとんど聞いてなかったから。そこはまぁ、お互い様ってことで」

「そうじゃないわよ。マジで知らないの?」

「はぁ……まぁ……初めましてですし?」

「うっそ、信じらんない」


 彼女は呆れたように額へ手を当てる。

 何かおかしなことを言っただろうか。

「むしろ何であの場にいたのよ」

「人数合わせ?」

「だとしてもやる気なさすぎでしょ」

「それはまぁ、否定できない」

「はぁ……こんな扱い初めて。マジ最悪なんですけど」

「いや、俺に言われてもな」

 そう返すと、彼女は不満そうに頬を膨らませながら俺を睨んだ。


 けれど――なぜだろう。

 本気で怒っているようには見えなかった。

 むしろ先ほどまでの退屈そうな表情が、少しだけ楽しそうに見える。

「人数合わせって言ったけど、アンタ彼女は?」

「いるように見えるか?」

 俺が両手を広げると、彼女は上から下まで値踏みするように眺めた。

「まぁ、いないわよね」

「即答かよ」

 失礼な女だ。

 ……とは思うものの、不思議と腹は立たなかった。


 長年にわたる妹からの煽りによって、耐性でもついているのだろうか。

 だとしたら、妹よ。

 お前との日々も無駄ではなかったらしい。

 感謝の気持ちを込めて、帰りにアイスでも買ってやるか。


 そんなことを考えていると――

「ねぇ、アンタ」

 思考を遮るように、美麗が俺の前へ回り込んだ。

「ちょっと付き合いなさいよ」

「……どこに?」

「いいから。2人で飲み直さない?」

 随分と勝手な女だ。

 まぁ、今さら戻って合コンの続きをする気にもなれない。

「分かったよ」

「最初からそう言えばいいのよ」

「そっちから誘ったんだろ……」

 そんなやり取りをしながら、俺たちは2人で個室のある居酒屋へ向かった。


 そこで彼女は散々飲んで泥酔し――

 なぜか俺がホテルへお持ち帰りされた。

 もちろん、幹事である友人には1本連絡を入れ、2人分の参加費をきっちり送金しておいた。


◇


 ピピピッ――

 朝を告げるアラームが鳴り響く。

「ん……」

 本格的な冬の始まりを感じさせる、冷え切った朝の空気。

 布団から出した腕を即座に戻したくなる衝動に耐え、なんとか上半身を起こす。


「寒っ……」

 スマホのアラームを止め、そのままベッドの上でぼんやりと天井を眺める。

 随分と懐かしい夢を見たものだ。

 おかげで、朝っぱらから嫌でも元カノのことを思い出してしまった。


「改めて考えても黒歴史だよな……」

 相手には失礼だが、経緯だけを聞かされればヤバい奴だと思われても仕方がない。

 人数合わせで参加した合コン。

 2人で抜け出して、その日のうちに身体の関係を持つ。

 その流れで交際を始め――半年も経たず、あっさり終わった。


 まぁ、別れたというより、フラれたと言ったほうが正しいのだろう。

 それも相手の浮気現場で。

 我ながら酷い話だ。

 けれど。

 正直、彼女のことが好きだったかと聞かれれば、俺は首を縦には振れない。

 あの日、浮気現場に遭遇して。

 知らない男と一緒にいる彼女から別れを告げられて。

 それでも怒りも悲しみも湧いてこなかった。


 たぶん、それが答えなのだろう。

 ただ、ひとつだけ。

 あの交際に後悔があるとするなら――友人と妹のことだ。

 7年経った今でも彼女を作らない俺に対して、2人は必要以上に気を遣っている。

 別に2人のせいではない。

 何度そう説明しても、

『でも、あの合コンに誘ったの俺だし……』

『おにぃー、無理して強がらなくていいんだからね?』

 と、本人たちが勝手に責任を感じてしまうのだからどうしようもなかった。


 浮気される経験ってのは、そんなに周りに気を遣わせてしまうものなのだろうか。

 本人は案外なんとも思っていないんだけどな。

 ベッドから立ち上がり、カーテンを開ける。

 朝日が差し込み、眠気の残る目を細めた。

 もし過去の自分にひとつだけアドバイスを送れるのなら、間違いなくこれだ。

――半端な気持ちで異性と付き合うな。

 恋愛なんてものは、当人同士だけで完結するとは限らない。

 そんな当たり前のことを、当時の俺は知らなかった。


「……仕事行くか」

 今では思い出すことも少なくなった昔の出来事を、再び頭の奥底へと仕舞い込む。

 いつも通り支度を済ませ、いつも通り仕事へ向かった。


 このときの俺は思いもしなかった。

 その日の夜。

 忘れかけていた7年前の――

 もうひとつの思い出と再会することになるなんて。

 そして、その再会が。

 俺のこれからを大きく変える、一生忘れることのできない思い出になることを。


最後までお読みいただきありがとうございます。

楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。