41.攻撃魔法2
「ほら!魔力の圧縮が甘い!集中乱れてるわよ!」
「は、はいぃぃぃ!」
初級の攻撃魔法ことマジックブレットの習得練習を始めること、早二時間。結果から言えば、進捗状況はよろしくない。
日課としてやっていた魔力の操作練習をやっているのだから、多少は形になるのではないかと楽観視していたところはある。
ところが、魔力を放つどころか、弾として形を保つところで躓くとは思っていなかった。
形を作ること自体は簡単なのだ。問題は、弾に込められた魔力の密度にある。
魔力を押し込めば押し込むほど、形が崩れ、霧散していく。
かと言って、密度を落としてしまえば、それはつまり魔法の威力自体が低下することに繋がる。
例えるなら、子どもが遊ぶゴムボールと、野球で使われる硬球のようなものだ。
ゴムボールは柔らかく、軽い力で簡単に弾む。ぶつかっても大した痛みにはならない。
一方の硬球は、内部までしっかりと詰まっている。硬く、重く、同じ速度で飛んできたとしても、その威力は比べものにならない。
今の私に作れるのは、前者のゴムボールのような弾だ。形こそ作れても、攻撃に使えるほどの威力はない。
「だから言ってるでしょ!魔力を増やせばいいってわけじゃないの。密度を保ったまま、形を維持するのよ!」
「わ、分かってます!分かってるんですけどぉ!」
手のひらに集めた魔力へ、さらに魔力を注ぎ込む。
すると、淡い光を放っていた球体がぐにゃりと歪み、その輪郭が一気に崩れ始めた。
「あっ、待って!」
ぱしゅん、と小さな音を立てて魔力が霧散する。
「……また失敗」
「今のは力を入れすぎ。もっと均一に魔力を押し込むのよ」
「均一にって言われても、今の私には難しいんですってば」
言葉では理解できる。けれど、実際にやろうとすると途端に難しくなる。
丸い魔力の塊を形成して、それに膜を張る。そうやって作った弾の原型となる器を、今度は一定の魔力を込めたところで、ぎゅっと押し込んで密度を高めながらも形を保たせる。
少しでも魔力操作にミスが生じてしまえば最後、膜が破れて中に込められていた魔力は外へと逃げだし、形を失う。
「なにかコツとかないんですか?いくらやろうとしても上手くいかないんですけど……」
今日中に同等の物を作れるようになるのは土台無理な話だと思っていたから、そこはまだいい。
しかし、『物そのもの』を作れないとなれば話は別だ。このままでは時間がいくらあっても足りない。
「まったく、仕方ないわね。それじゃあ、少しやり方を変えましょう」
カレンさんは肩をすくめ、溜息を吐きながら、手をかざし、先ほど私が作っていた弾(弾と呼んでいいのか分からない)を作り出した。
「今のあなたは、魔力を押し込もうとしすぎているの。ただ押し込むだけじゃ魔力はまとまらない。いい?まずは今の大きさを維持したまま、魔力を均一にすることだけ考えて。密度を上げるのはそのあと」
「えっと。つまり、密度を上げる前にまずは形を安定させるっていうことですか?」
「そういうこと。まあ、見てる感じだと、形を作るのは上手くいっているからすぐ出来そうだけどね」
『とにかくやってみなさい』と促された私は、言われた通りにまずは先ほどと同じものを作り出した。
ここまでは簡単にできる。あとは、膜の中に込められている魔力を球体の中でぐるぐると巡らせ、どこか一か所に偏らないよう均一に整えていく。
昔、少年漫画で見たような、球体の中を螺旋状に魔力が巡るイメージだ。
「ほら、やればできるじゃない。今度はその弾を、少しずつでいいから形が崩れるまで圧縮してみて」
褒められたかと思えば、早々に次の課題が提示される。素直に喜んでいいものか半信半疑である。
次の課題である、魔力の圧縮。
今現在やっている魔力の循環を並行して行いながら、密度を高めるように、徐々に全方位から圧縮していく。
少しでも圧のかけ方が乱れてしまえば、そこが逃げ道となり魔力は外へと逃げだしていく。先ほどまでの私はここで失敗を繰り返していた。
一気に押し込もうとしていたから、ムラが出て失敗する。今度はゆっくり、丁寧に、押し固めていく。
原型である手のひら大のときと比べて、およそ半分になったあたりで魔力の循環が乱れ、霧散していった。
「見ましたかカレンさん!さっきまでよりずっと上手くいきました!」
「はいはい、ちゃんと見てたから安心して。今の限界は分かったわよね?それじゃあ、今度は形が崩れる直前まで圧縮して、その状態を保つことを意識してやってみて」
「はい!分かりました!」
目に見えて進歩することができた私は、先ほどまでの落胆はどこへやら、意気揚々と次の訓練へと取り掛かった。
そうして練習を重ねることさらにおよそ二時間。訓練を始めたときには地平線の上にあった太陽も、今ではすっかり高く昇っている。
圧縮しては霧散し、時には安定して。長時間の訓練を経た今、私の成果といえば。
ギリギリまで圧縮した魔力は安定し、私の手元に金色に輝きながらふよふよと浮かんでいる。少し力を加えただけで霧散していた魔力が、自分の意思に従ってそこに留まり続け、今となっては私の意思で消すことも可能となっていた。
「ここまでできるようになれば上等ね。それじゃあ今度はその弾を、試しに的に撃ってみましょうか」
「やっとですか……正直疲れました」
今までやったことのない類の練習で、魔力はもちろん、集中力もかなり使ったのだろう。二時間もぶっ続けで訓練していたせいか、身体もすっかり重くなっていた。
できるだけ薄着で来るようにと言われていた理由も、これでようやく分かった。魔力を何度も練り直しているうちに、いつの間にか身体がすっかり火照っていた。
今のままでは暑苦しいと、羽織っていた上着を脱いで、体を冷ます。
冷たい冬の風に心地良さを感じる中、私は再び訓練へと身を投じた。
「いい?弾を撃つギリギリまで魔力操作を怠らないこと。あとは、的に目線を向けてまっすぐ撃つだけよ。中には、少しでもイメージを近づけるために、物を投げるような動きをする人もいるわね。自分が一番魔力を飛ばしやすい方法を探してみなさい」
まずは球体を作り、それを圧縮して固める。今までの訓練のおかげで、ここまでは順調に出来るようになった。
あとは、これを撃つだけ。
的へと視線を向ける。カレンさんに教えられた通り、球体を維持したまま腕を後ろへ引いた。ギリギリまで魔力操作を続け、そのまま、物を投げるように腕を前へ振り抜く。
するとその瞬間、手のひらにあった赤い球体が、弾かれたように一直線へと飛び出した。
目で追う間もなく、赤い光が視界の中を駆け抜ける。そして次の瞬間、乾いた音とともに魔力弾が木の的へとぶつかった。
木の板には軽くひびが入るだけにとどまっており、カレンさんのような貫通力、破壊力には程遠い。
「……当たった」
小さく呟いた私の隣で、カレンさんが満足そうに頷いた。
「最初にしては上出来よ。よくやったわね」
「ありがとうございます!でも、もうちょっと褒めてくれてもいいんじゃないですか?」
せっかく苦労して、ようやく撃てるようになったのだ。もう少しくらい大げさに喜んでくれてもいい気がするのだが。
私のちょっとした不満を込め、カレンさんのほうをじっと見つめていると、彼女は困ったように眉を下げ、それから小さく笑った。
「はいはい。初めてでここまでできたんだから、十分褒めてるわよ。ちゃんと自分の力で魔力を形にして、狙ったところへ飛ばせたんだから」
「そう、そういうのを待ってたんですよ」
胸の奥からじわじわと嬉しさが込み上げてくる。
初めて自分の力で放った魔法。その威力はまだまだだけれど、確かな一歩を踏み出せたような気がした。
「それじゃあ、今日はここまでにするわよ」
「え?せっかくここまで出来るようになったんだし、もっと練習したほうが……」
そう言いかけたところで、私の体はふらつき始めた。足腰に力が上手く入らずに、地面へとへたり込んだ。
「ほら、言わんこっちゃない。魔力を大量に使ったんだから、今日はゆっくり休みなさい、いいわね?」
「……はい」
魔力、体力、集中力。全てを使い果たした私には、反論する気力も残っていなかった。
地面に座り込んだまま、私は先ほど魔法を放った木の板へと目を向ける。そこには、私が初めて放った魔力弾の痕跡が、ひびという形で残っている。
「私、ちゃんと魔法が使えたんですね」
ぽつりと呟くと、カレンさんは優しく笑った。
「ええ、ちゃんと使えてたわよ。すごいじゃない」
その言葉を胸に刻みながら、カレンさんが差し出した手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
「それじゃあ、今度やるときはもっと弾の密度を高めて、攻撃力を上げていかなきゃね。これからもビシバシ教えるわよ」
「ええ……それ今言うことですか?なんか、また一気に疲れた気がするんですけど……聞かなかったことにしていいですか?」
喜びの時間も束の間。こうして、私の初めての攻撃魔法の練習は終わった。
けれど、カレンさんはまだまだ教える気満々らしい。
……どうやら私の魔法修行の日々は、始まったばかりのようだ。
これからもこんなにきつい訓練が待っているのだと思うと、少しだけ憂鬱になった。
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