01.プロローグ
全身から力が抜け意識が飛んだかと思えば、倒れた拍子に頭を強く打った衝撃で現実へと叩き戻される。
床がひんやりとして気持ち良い。いっそこのまま自分が溶けだして、肌を重ねあっている隣人?隣壁?と一つに混ざり合ってしまいたくなる。
少しずつ霞んでいく視界に目を凝らせば、そこには先ほど出会ったばかりの不思議な恰好をした女性たちが慌てた様子でこちらに話しかけてきているのが分かった。
私が倒れこんだ原因らしい毒の回りが早いからか、聴覚が仕事を放棄してしまったせいで何を言っているのかはさっぱりだが、十中八九、私を心配してくれているのだろう。
あ、やめて痛いって。痛覚はまだ残ってるんだってば。食べ物を詰まらせたわけでもなし、そんなに背中を強く叩いたらまた血を吐いちゃうでしょ……。って吐けるなら吐いたほうだいいんだっけ?吐瀉物で窒息なんてのはよく聞くけど血も同じなのかな。うん、分かんないからこの話はおしまい。
思考を巡らせている今もなお、私の背中を蹂躙し続ける相手にどうにか体を捩って抗議の意を示す。
私を含めた、ここにいる全員にとってあまりにも突然のことだったのだから我を忘れてしまうのは仕方ない。
その慌てふためいた様子も可愛いからもっと見ていたい気持ちもあるけどそろそろやめて欲しいな、なんて。じゃないとただでさえ満身創痍なのに更にお口から血を吐いちゃうぞっ。
とは言うものの、私を蝕んでいる毒のせいで体は自由に動かせやしない。
今現在私は自身の体温で多少温くなった固い床とは決別し、女性の柔らかな太ももに膝枕をされている。体が健康だろうがなんだろうが、この魅力の前には何人たりとも抗えやしない。至高、いと柔らかし。
閑話休題。
というわけで治療を待つ以外に何もやれることがなく時間を持て余すことになった私の脳は、主の危機などいざ知らず、血が少し足りないながらも今も元気に思考を加速させ続けている。
不自由な私ができることとなると、至高の太ももを堪能しながらも意識を強く保つべく目を閉じないことくらいしかないのだ。むしろ今閉じてしまえば確実に堕ちる自信がある、色んな意味で。
太ももの脅威はさておき、私が目を覚ましてからそう時間も経過していないだろうに、私が理解できる範疇を大きく逸脱する出来事が立て続けに発生して、もはや処理が追い付かずパンクしてしまいそうなほどに情報が過多な状況にある。
情報だけなら、まだ時間をかけてゆっくりと現状を把握し許容することもできたかもしれない。が、挙句の果てには私が死ぬかもしれないときた。
言うなれば、アクション映画で主役級が上映開始から五分も経たずに物語から退場してしまうくらいの怒涛の展開である。ハリウッドの映画監督も開いた口が塞がらないだろう。
もしこれが本当に映像作品として世に出回るものであれば、こんな脚本でゴーサインを出した制作陣はドが付くほどの阿呆に違いない。
一体全体、そもそも、なぜ、WTF。時を遡れば私は病院のベッドで病魔と戦っていたはずだ。
それが一度目を覚ましてみれば、見ず知らずの他人がいたり全く知らない土地に拉致されていたり、自分の外見が別人のそれになっていたり。
ちなみに鏡を使わせてもらったのだが、外見に至っては前の自分より遥かに美形なのも少し複雑な気持ちだ。
実は私はまだ病室で涎を垂らしながら惰眠を貪り続けており、その中で見ている夢だと言われたほうがまだ信憑性が高いまである。
そうであったならば、どんなに良かったかと思いたいが、毒が原因のとてつもない息苦しさや痛みはもちろん、倒れた際の頭や、先ほどから叩かれ続けている背中の痛みは本物で、私の体がここぞとばかりに警報を鳴らし続けており、一向に止む気配はない。
少しずつ景色が白み始め、意識をもう保つ余力がほとんどないことを体が告げる。あ、これやばいやつやん。待ってまだ辞世の句も詠んでないのに。
時間がさほど残されていない私個人がどう思おうが、今直面しているこの現状を、甘んじて受け入れるほかない。
さて、端的に分かりやすく、私が置かれている状況を説明しよう。
夢だと思っていたこのファンタジーチックな世界は、実は現実だったようで。
どうやらこの私、茅野珠璃かやのじゅりは鏡の国のアリスやピーターパンよろしく別世界に迷い込んでしまったらしい。
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