10.「命がいくつあっても足りん」
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なるほど、小一時間ばかり迷宮を下っていくと、おぞましいエリアに入り込んだ。
紫色の極太のワームが身をくねらせながら、そこらじゅうを徘徊している。
ワームは口を開けると、まるで花が咲いたみたいな様相を呈した。ズラリと牙が並び、凶暴そのものだ。こいつに咬まれると猛毒に侵されるリスクがあるのだ。
「大丈夫です、花房さん。僕の魔法で弱らせますから、相手がひるんだ隙にトドメを」
「なら頼む。毒になったらすぐ解毒してくれよ」
「あいよ!」
私たちは通路と言わずフロアをうろつくワームどもを虐殺しまくった。
まさしく血みどろの戦い。
床には輪切りにされたワームの極彩色の肉が、ゴロゴロ転がっている。木の幹ほど大きさだ。壮観な眺めだった。
ワームの肉は重くてかさばり、おまけに栄養価も低い。見かけたらアイテムボックスに収納するのではなく、その場で食べてしまう方が好ましい。もっとも、これだけ多いとその場に残しておくしかない。
私たちは地べたに座り込み、イモムシのジューシーな肉にかぶりついた。
分厚い皮は紫色をしており、およそ食欲をソソらない。
想像どおり、やっぱり不味い。
本来ならばイモムシの類は、脂肪分と蛋白質がぎっしり詰まった優良食材であるはずだ。ところがワームのそれは味は淡白で、ダラダラと生臭い汁ばかりがこぼれ、無駄に腹が膨れるだけだった。
かつて、東証一部上場企業で勤めていたころ、宴席でいくらでも美味なものを食べてきただけに、こんなゲテモノ食いをしなければならないのは屈辱的でもあった。
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「これからどうするんだ? いくらでも強敵がうろついている物騒な世界だぞ。おちおち熟睡もできん」
「決まってるじゃないですか。ダンマスの世界で生き抜く方がいい」と、七種は今やプラチナの鎧をまとい、その胸を叩いて請け負った。「今の僕たちには、面倒な労働義務やコンプライアンスもありません。自分のために戦い、食べて飲んで生をつなぐ。剣を素振りしたり、ファイアーボールで自爆して成長するのも、自分のためです。ここでは誰も、僕たちを『使えない歯車』だなんて言わない。純粋にサバイブするだけ。至ってシンプル」
「しかし、命がいくつあっても足りん」
「どちらかが死んだら、ヴィーの祭壇で復活させるだけです」
「同時に全滅したら……、いや、考えるのはよそう」
「お互い死んだら、そのときはそのとき。断然こちらの世界の方が生きてる実感が得られると思いますがね」
七種はそう言って、手を差し伸べてきた。
その汗と煤にまみれた25歳の手は、かつて私が代行サービスで会社を辞めさせた貧弱な同一人物の手とは思えぬほど力強く、頼もしく見えた。
私たちは立ち上がった。
なんだか足腰が軽い。命がけで戦ったのでアドレナリンのおかげか、39歳の身体ではなく、まるで少年時代とそっくりの充実感が漲っているようであった。
「まったく、とんでもない世界線にバックれちまったもんだ」と、私は食べかけのワームの肉を捨てて言った。もっと下層へ行けばレッドドラゴンが潜んでいる。奴を倒したら落とすドラゴンステーキを思い出すと、生唾が湧いた。「……だけど悪くない。生きるか死ぬかか。私たちには相応しいかもしれん。……そろそろ行くか、七種君」
「はい!」
異なる世界線がダンマス。
そんなのもありなのかもしれない。
私たちは最下層をめざすため、またしても壁に向かって剣を素振りし、火球で自爆して己を鍛え上げることに精魂を傾けるのであった。
戦いは、まだ始まったばかりだ。
了




