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part7

「ふぅ」

湯船にたっぷり肩までつかり、今日のことを夢想する。

さすがに今日は疲れた。中学のころとは違って、最近は運動もおろそかになっている。明日には筋肉痛になっているかもしれない。

玖音は間違いなく、筋肉痛になっているだろう。それに今日は皆に料理をうまいと言ってくれたし、明日は玖音と料理に時間をかけてもいいかもしれない。

「効くなあ」

そういって同じ湯船につかってきたのは伊藤だ。

少々浅黒いその体は普段から日光をよく浴びていることの証明でもあり、腹筋は六つに割れている。身長は葵よりも少し高いほどという高身長だ。葵の身長が百七十五センチはあることから伊藤の身長は百七十七がいいとこだろう。

「ええ、ぽかぽかします」

「ところでどっちなんだ」

「どっちとは」

ところでといわれたところで思い当たる節なんてない。キノコの山派かたけのこの里派とかそんな話だろうか。

「決まっているだろう。女のことだよ」

女といわれて葵にも質問の意図がつかめた。下世話だとは思うが、確かに伊藤にとっては高校生の恋愛模様などは気になるところなのだろう。

「玖音と真昼のことですか」

「そうさ」

さっきも聞いてきたし、よっぽど葵の恋愛事情が気になるらしい。とは言っても、彼を楽しませるような話なんて無いと思うが。とにかく酔っ払いにまともに付き合っていたらきりがない。適当に流しておこう。

葵にとって周囲の大人は同年代以上に扱いやすいものだった。嫌われるよりは好かれておいた方が良いに決まっている。だから彼は自分はあなたのことを好ましく思っていますと顔に笑顔を張り付ける。実際、彼は人を嫌うことなんて滅多にないし、特段それが苦痛なことでもなかった。随分昔からの癖であり、ちょうどチョーカーを撫で始めたのと同じ時期のことだった。

「酒が抜けていないぞ。しらふでやっているならなおたちが悪い」

「葵君、こいつの話なんて聞かないでいいよ」

会話を聞きつけてか、良と久我が話に参加してきた。

良は葵より五センチほど身長が低いだろうか。つまり百七十センチ、もしくは百六十センチ台かもしれない。伊藤のように腹筋が六つに割れているわけではないが、おなかが出ているわけでもなく、健康的なのが見て取れた。

久我はきっかり葵と同じほどの身長で十分高身長といえる。注目すべきはその肉体だ。伊藤よりも完成されたその肉体美はボディビルの大会に出ていても不思議はない。葵は日中そのようには見えなかったことから着やせするタイプなのだろう。

「こういう時はコイバナって相場が決まっているんだよ」

伊藤がまた調子良さそうに言う。

葵はコイバナなどは結構苦手である。彼はその人望の高さゆえに内包するその類の情報量や好意を向けられた経験こそあれど、交際をしてみたいだとか、ましてや他の男子生徒が騒ぎ立てるあれやこれやをしたいとはどうしても思えなかった。

「コイバナって学生じゃああるまいし、相場ってのも就寝前じゃあないか」

「現役の高校生の恋愛事情だぜ。気にならなきゃ嘘だろ」

「まあ、僕も気にならないと言ったらウソになるね。それに葵君はそれだけでテレビに出ていけるような美形だし、加えて、女性二人も葵君に引けを取らないほどの美女だ。正直、気になる」

「美形だなんのってえらく持ち上げるものだな。手前の奥さんと比べてみてどうだ?」

「デリカシーのないやつだね。客観的に見て整った外見をしているというだけなんだが。香の色気は彼女らには出せないと思うよ」

ふふんと良は鼻を鳴らす。

さすがは新婚夫婦、良は香にべたぼれらしい。

「それでどうなんだ。どっちが彼女なのか。なんだったら両方だっていいんだぜ。ああ、どっちも思うところはないなんてのはよしてくれよ」

「僕は真昼お嬢様に一票。国内トップレベルの資産家の娘で、加えてあの美貌だろ。手を出さないなんてないね」

伊藤の言葉につられてか、勝手なことを久我は言い出した。

葵は風向きが悪い方向に切り替わったと歯噛みをする。

「おっ、そりゃあいい。乗った。俺も真昼ちゃんかな。いっこ歳が違うのにタメ語だろ。こりゃあ気心知れた仲ってわけだ」

久我の言葉に渡りに船といったような感じで、心底嬉しそうに伊藤は口に出す。

「悪趣味だね。葵君にはすまないけれど僕も乗ったよ。僕は佐原さんかな。彼女あまり心の機微を顔に出さないようだけれど、葵君といるときは微笑む回数も増える」

真昼二票、玖音一票とやや真昼に旗色が上がる。

三人は一同そろって葵に詰め寄る。久我はああいっていたけれど、全員酒が回っているのだろう。

葵はまいったなと思い首許のチョーカーを撫でた。

装飾品だとすれば、従来のものよりは太く出来上がっているそれは指二、三本ほどの太さがあり、黒を基調とするシックなデザインだ。先日、葵の誕生日祝いにと、玖音がプレゼントしてくれたものであった。

毎年、葵が誕生日になると、玖音がチョーカーをくれるようになったのはいつ頃だろうと関係ないことを葵はふと思い浮かべる。

「申し訳ないですけど、大切な仲間というだけで恋愛感情とかは特にないですよ」

「男女の友情ってやつ。そんなの実現しないだろ。実際俺らのサークルも……」

「雄二、その話題はやめた方が良いと思うぞ。普段の寄り合いならともかく、今日はどういった題目で集まったのか思い返せ」

何やら久我が伊藤に対して、非難を浴びせる。良は苦笑いを浮かべているだけだ。

「すまん。マジですまんかった」

ここで初めて伊藤が本気でしおらしくうなだれる。

良と香のことだろうか。それにしては反応がおかしかったような気もするがと葵は一瞬思ったがすぐにそんなことは忘れ去った。

「葵もすまなかったな。根掘り葉掘り聞いて、悪ふざけが過ぎた」

伊藤は頭を掻きながら葵に謝罪をした。まるで冷や水をかけられたように態度が変わってしまうものだから葵も困惑するほかなかった。

「玖音も真昼もとても美人ですからね。そんな人を二人も連れていたら邪推する気持ちも分かります。けれどさっき言ったことも本当ですよ」

実際葵には二人とどうこうなろうとは一度も思ったことはなかった。

男女の友情が成立すると本気で思っているたちなのである。

「恋愛抜きにして彼女たちのことを教えておくれよ」

「いいですよ。僕の話ばかりじゃあ退屈です。みなさんのお話も聞かせてください」

そこから彼らは男だけのコイバナに身を委ねるのだった。

お酒が回っていた影響もあるのだろう。葵以外の三人はそれから間もなくして、顔を真っ赤にしながら脱衣所へと向かった。

葵もそれに同伴してもよかったのだが、少しやっておきたいことがあったので風呂場に残ることに決めた。

それから隣の女湯から声が聞こえなくなる十分間、暇だったのでもう一度体を洗い声が聞こえなくなるのを待っていた。

声が聞こえなくなっていたから葵は女湯と男湯がわけられている竹垣へと持たれかけた。

葵は別に女湯を覗こうなどと血迷ったわけではない。むしろ葵は一般的な高校生と比べてそのような情欲は限りなく少ない方である。

ならばどうして、人の気配がしなくなってから女湯のほうへと近づいて行ったのかというと、玖音か真昼、もしくはその両方と話をしてみたかったからである。

葵は情欲にあまり頓着しないことは事実であるのだが、満天の星の中、湯船で友達と今日のことやそれ以外のことも語り合いたいというロマンチストな心は人並み以上に持て余しているのである。

ただ、それを伊藤などの前ですると、いらぬ誤解を招き煽られ存分に楽しむことが出来ないことも分かってあったし、純粋に伊藤達と興じたい気持ちもあった。それは女湯でも同じことが言えるだろうから遠慮していたのである。


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