part6
「全く」
「何の話をしているの」
田中と香がやってきて、田中は伊藤の隣、香は良の隣に腰掛けた。位置的には玖音たちから見て左から順に田中、伊藤、良、香、そして君たちはその前という形である。
そして田中はひょいとコロッケを一つ手でつかみ上げ、口へと運ぶ。
「なにこれ。すっごくおいしいじゃあない」
葵が作ったほうのコロッケに感嘆の声を上げる。
「おい、そのコロッケは葵が俺のために作ってくれたんだぞ」
「寝言も休み休みに言いなさい。そんなわけないでしょう」
「それにしてもおいしい。完全に負けてるわ」
そういいながら、二つ目へと口をつける田中。
「ひどいじゃあないか、二つ目なんて。ここには人数分のコロッケしかないのが見えないのか。だから俺もまだ食うのを我慢していたのに」
「あら、そう。それは悪かったわ。でも、あなたが食べなければいいだけの話じゃあない」
「なんだと、そっちこそ寝言は休み休み言え、酔っぱらっているんじゃあないか」
酔っぱらっているのはあなたのほうでは。
「酔っぱらっているのはあなたのほうでしょう」
いつもの光景なのだろう。良はため息を、香は上品に笑った。拙い玖音にも彼らのあけすけな関係が羨ましいと少し感じた。
「僕は別にいいですよ。いつでも食べれるので。そうですね。じゃあ、明日からはもっと多くコロッケを作りましょうか」
「やったね。明日も頼むわ」
割と嬉しそうな顔を浮かべる葵。玖音から見て彼は意外と承認欲求が強そうに見える。人から頼られることを嬉しく思うタイプだ。追記して言うなら、遊びに誘われても断るくせに誘われなかったら機嫌を損ねるタイプでもある。忠犬の要素を兼ね備えながらも猫のような気ままさを併せ持つ青年である。
次第に玖音の周りに酒気が漂ってくる。現在、過半数が酒を嗜んでいるのだから仕様がないことだが、せっかくの晩餐の味が損なわれてしまうと玖音はオレンジジュース片手に思った。
酒といえばと周りを見渡し、真昼を探してみる。久我と談話している真昼が見られた。二人でおそらくは年代物であろうワインを五本も開けていた。ちなみに真昼の年齢は十七歳。飲酒が許される年齢には達していない。しかし、よく立食パーティーに参加している真昼はワインをたしなむ。今もワイン片手に談話ではなく、談合でもしているのかもしれない。人の鼻っ柱を折ることを好む少女だ。十分その可能性は考慮できる。
それから玖音たちは長い時間食事を楽しんだ。そうしてその後、疲れや塩気、そして何より酒気を飛ばすために露天風呂に入ることにした。
「かなり疲れているようね」
しっかり肩まで湯につかり、もっと言うならば鼻の下まで湯につかりながら今日のことを考えていると真昼が玖音に声をかけてくる。
「ええ、まあ。正直かなり疲れましたよ」
元来玖音は積極的に外に出て活動するタイプではない。玖音が疲弊しきってしまうのも無理はなかった。明日には筋肉痛になっていそうだ。
「それで、楽しんでくれたかしら」
「十分楽しめましたよ。彼らとも意外に良い関係を築けていると思います。明日も明後日も楽しみです」
「それなら良かったわ。実際、心配していたのよ。玖音ってかなりの内弁慶じゃあない。泊りの旅行に部外者、それも大人を連れてきて楽しめるのかなって、杞憂にすみそうで何よりだわ」
「内弁慶ですか。そんなに自分が威張っているようには思えないのですが」
「内弁慶でも人見知りでもコミュ障でも広義では似たような意味を持つんじゃあない? 大事なのはあなたがそういったカテゴリーに分類されるだけで。私は玖音のこと内弁慶だと思っているけど」
「違いないかもしれません。私は真昼のように誰彼構わず泰然自若、唯我独尊、傲岸不遜という節操なしではありませんので」
いかなる場合でも落ち着いており、プライドが死ぬほど高いのが彼女だ。割りに憧れる部分はある。真似は出来ないだろうし、しようとも思わないが。
「それこそ違いないわね」
真昼が軽く笑うのを見て存外、真昼も楽しめていそうだなと玖音は思った。
ふと、思い立ち顔だけを上に向けてみる。
おおよそ玖音たちの慣れ親しんだ町ではお目にかかれない夜景が広がっていた。
いつか兄が玖音に星について教えてくれたことがあったような気がする。その時は話半分に聞いていて、どれがどれかなんて覚えていない。こういう機会が巡りまわってくるのなら覚えておければよかったと玖音は少し後悔した。
「きれいですよね。私もさっきまで見入っていたんですよ」
正面から香が話しかけてきた。
もちろん彼女はバスタオルなんてしていなかった。むろん玖音たちもそうである。
玖音は彼女の顔だけを見つめていた。ほんの少し横目でちらと見ただけで、体つきが根本から違うのが分かった。生きているうちに彼女のような体つきになることは不可能だと玖音は思った。
ここまで言っておいてなのだが、別に自身の体つきにそこまで不満を感じているわけではない。ただ、あからさまに違うとそれはそれで思うところがあるというだけだ。
「あの、私の顔に何か」
泣き黒子が特徴的な女性だ。幸薄である。日本人女性というか大和撫子というか、恵まれた体つきも相まって早くも人妻の貫禄が出ていた。寝取られるのが似合いそうだと玖音は内心で失礼で最低かつ下品なことを思った。
そんなひどいことを考えていることを悟られないために、玖音は適当な質問を口にした。
「いや、顔も赤くなっていないし、呂律も回っている。ほかのメンバーはみな程度は違えど、でろんでろんなのにどうしてかなと」
隣の真昼をみると、呂律こそ回っているものの顔はゆでだこのように真っ赤だった。かなりの酒豪の真昼ですらこうなのだ。もしやするとギャップというやつなのかもしれない。
「ああ、飲んでいないんですよ。つい最近やめたんです。お酒は体に毒ですからね」
そういいながら、香は右手で左手の薬指の甲を掻いた。指輪の跡がくっきりと見える。もしかすると、最近指輪がきつくなっていたのかもしれない。
「ええ、少なくとも未成年が飲むのは危険でしょうね」
「当てつけのつもり?」
真昼は笑いながらそういい、玖音に流し目を送った。
「一般論ですよ」
玖音は軽く流した。もちろん皮肉である。
「楽しそうじゃない、香」
今度は田中がやってきた。
身長が百六十五センチはあるだろうか。香と違い豊満というわけではない。けれど、アスリート程とは言わないがしっかりとした体は日頃から鍛えているだろうことが窺える。
「彼女らに話し相手になってもらっていたんですよ」
「そう、私は酒気も飛んだし、もう上がろうかなと思うのだけど、香のほうはどう? 合わせてあげるわ」
「それじゃあ、私も上がろうかな。こんな露天風呂に入る機会はめったになくて、少しもったいない気もするけど、明日以降も機会はあるし」
「はい」といって、田中が手を差し出す。香はその手に両手で掴まり、風呂からあがる。そのまま彼女たちは脱衣所へと歩いて行った。
香の足取りは若干ぎこちなく、田中が支えているのが印象的だった。




