part19
「納得しないでください、葵。葵の意見はきちんと正しいものです。葵が言わなければ、私が言っていたところです。それに兄さん、そんな風に思考を停止させるからいつまでも私に頼ることになるんですよ。しっかりものを考えてください、お願いですから」
実の妹から自身の阿呆さを呆れを通り越して懇願されるまでに直せと言われているのだから清としてはこれ以上の辱めはない。
「あ~~、あ~~、聞こえない、聞こえない。こうやって自分の阿呆さが露見するからお前に頼むのは嫌なんだ。いいから犯人だけを教えろよ!」
葵に対してイキった直後だからだろうか。いつにも増してやっけぱちが過ぎる。
「先に答えを教えるだけでは兄さんのためにならないでしょう。どうして大抵のことは高水準でこなせるのに殊に自身の領分であろう犯罪事件の推理に限ってはそう独活の大木になるのですか」
「そんなの知らねえよ! 持て余してるならその脳みそくれよ。お前が持っているより何百倍も有意義に使ってやるから!」
幼児退行というのだろうか。羞恥でどうにかなってしまっているらしい清は普段では、特に葵の前ではめったに使わない乱雑な言葉を使ってしまう。
「私としてもあげれるものなら、渡してあげたいですよ。私が持っているよりも兄さんが持っていた方が何倍も良い。代わりに平均でもいいので身体能力が欲しいです」
「兄妹喧嘩は犬も食わないわよ。いいから早く話を進めましょう」
夫婦喧嘩は犬も食わないというのが元だが、兄妹も身内であれば似たようなものだろう。
「真昼の言う通りです。さて、私が考えるに葵の考えは正しいです。ではなぜそのような矛盾が起きてしまうのでしょう。もちろん、さっきのような骨董無形な戯言はなしで」
さりげなく死体蹴りをする玖音。
「楽しそうでございますね~」
「どうしてといわれても。こういう時、やっぱり一番多いのは毒殺から刺殺までの二時間超ほどの間に、どうしてももう一度刺殺してなくてはいけない理由が出来たってところなのかな。理由は全く分からないけど」
小首をかしげ、首許のチョーカーを優しく撫でる葵。
「考えとしては妥当ですね。私もその通りといいたいところですが、今回はもう少し考える必要がありますね」
「なんか葵に対してはお優しくはないかね。俺の時はさんざんに言ったのにさ」
明らかな対応の差に不満を漏らす清。
「一つに葵の意見は先に誰かさんが言った戯言ではなく、考える余地のあるものです。実際に私の推理もそっちから考えてみましたし。二つに私が特別に兄さんに対して辛辣なのです。まして葵と比べれば対応に差はでるのは当たり前のこと。三つに葵は褒められて伸びる子です」
「俺だって褒められて伸びる子だ」
「はいはい、毎日国家の犬ご苦労様です」
「この野郎」
飄々と到底褒め言葉とは思えないことを馬鹿にするような口調でいう玖音に清は握りこぶしを作る。
「二人とも通常運転で逆に安心するわね。それと少し思いついたことがあるのだけれど、佐原さん、被害者は特に恨みを募らせる人物だったのよね?」
「おっ、良い着眼点ですね。もしかしなくても私の言いたいことが分かりましたね?」
「その反応だと当たりみたいね。こう考えればいいのよ、毒殺の犯人と刺殺の犯人は別人だと」
この事件一番の核心をつく真昼。ここまで来れば真昼一人でも事件を解き明かすことが出来るだろう。
「私もそう思います。被害者に対して恨みを持つ人間は多いらしいですし、特にその日は身内のほとんどが集まっていたのでしょう。自分の保身のために容疑者は多い方に越したことはありません、同時に犯行がばれるリスクが高まりはしますがね。被害者に恨みを持つ人物が同じ考えにいたり、ニアミスしたという可能性は奇跡であるとまでは言えません」
「まさか!」
驚きを隠せないといったような様子で額に手をやる清を尻目に玖音は続ける。
「本当に二人は共犯ではなかったはずです。とはいってもたまたま、偶然といったような言葉で単純に片づけてしまうのは二流のすることです。斎藤義人その人を巡り巡った因縁が動機として二人に現れたとも考えた方がいいかもしれません。ここでかのホームズの言葉を借りるには少々大げさとも言えるような大したことのない結論ですよ」
玖音はそんな不可能でも奇跡でもないと思っている。漫画や小説の中に出てくる名探偵でなくても容易に推理を組み立てられるものだ。
一応の裏付けが存在する以上、それは起こるべくして起こったと考えた方が良い。
「犯人が二人いるのは分かったよ。けれど、実際、本題、誰が犯人なんだい?」
「もう少しだけこの茶番に付き合ってくださいな。自分の推理が本当に正しいものなのかの最終確認でもあるんですから」
「僕もそうしたいのはやまやまだが、もうそろそろ昼休みが終わってしまうぞ」
葵の言葉を受け、時計を確認してみると現在時刻十二時五十分、昼休みが終わるまで残り五分となっていた。
「本当ですね。では、続きは放課後といたしましょうか」
「ちょっと待て。兄貴を助けるのと授業どっちのほうが大切なんだ?」
前者を選ぶのが当然だよなという清の問いかけに玖音はさも当然のように後者を選んでやる。
「そんなの、授業に決まっていますが」
「いや、うん、そうだよな、聞き方が悪かった。頼むから教えておくれ」
「仕方がありませんね。少し巻いていきましょう。誰が犯人なのかですね。それを解くには斎藤優香さんが襲われた時を考えていく必要があります。ここにも単なる偶然で済ましていいものか、一考の価値があります」
「そういえば彼女クラゲの幽霊を見たとか、なんとか言っていたよな。確かにあれはもっと深く考える必要があるよな」
「正確には彼女は亡霊といったんですがね、兄さんの話だと。いや、それも私の言いたいことですけれどね。ですが、もっと根本的なところで何か引っかかることはありませんか。当然のように受け入れていることでも、少し考えると本当にそれは偶然だったのかと疑われる部分がありますよ」
「彼女がどうして生きていたのかとか」
「その通り、大正解ですよ、葵」
「本当に? 良かった~」
前々から思っていたことだが、題材が殺人事件だというのにこうも喜々として推理を楽しめるのだから、彼結構倫理観欠けているのでは?
もっとも、私が言うなという話ですし。葵が嬉しそうならそれに越したことはありませんが。
「どういうこと?」
「簡単なことですよ、真昼。音もなく近づいてくる下手人になぜ彼女が気づくことができ、生き延びることが出来たのか」
「言われてみると確かにおかしなことかもしれないわね。たまたまと主張されればそれまでだけれど何か理由があった方が納得できる」
「結論から言うと彼女は眠っていなかったのですよ。もしくは半覚醒状態だったのか。どちらにせよ完全にぐっすりというわけではなかったでしょう」
「その理由が何なのかということだね」
「そういうことになりますね」
話を聞いた清がまた見当違いなことをいう。
「やっぱり彼女の狂言だということになるんじゃあないのか?」
「またそうやって乱暴な結論を出しますね。もちろん違いますよ」
いちいち清の戯言に付き合っている暇はない。授業が控えているのだ。
「あ~~なるほどね。理解したわ」
「奇遇だな、僕も分かったよ」
二人は同時に答えへとたどり着いたようだ。
それもそのはず、そう複雑なことじゃあない、なぜ清が分からないのかかが分からないというぐらいだ。




