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part12

玖音と葵は現場へと到着した。

「それで、どうするんだ」

「決まっているじゃあないですか。現場検証ですよ」

上条香は事故死だと結論が出た。

しかし、この状況で何もしなくていいとは教えられていない。

「手袋でもありますか。できるなら指紋をつけたくない」

「それなら僕の部屋にバーベキュー用に用意しておいたさらの軍手があるはずだ」

「ではそれを持ってきてくれませんか」

「もしかして僕一人でか」

「ええ」

「却下だ。お前を一人にはしておけない」

「嬉しいセリフですが、今聞きたいのはそんなセリフじゃあありません。はいかイエスかワンだけです」

「お前も分かるだろ。真昼も言っていた。単独行動は危険だと」

「私たち以外は広場にいます。もし、襲われるのなら上条香が起き上がって、ゾンビとなることですね。考えるまでもない。お願いします、葵」

「正直かなり渋々だが承った。玖音がそれが必要というのなら必要なことなんだろう」

「ちなみに急がないでくださいね。普通の速度でお願いします」

葵は怪訝そうな顔を浮かべたが玖音の言う通りに実行した。


「計三分、割って一分半というところでしょうか」

玖音は起動していたスマホの表示に目を向けてそう言い放つ。

「時間を図っていたということか」

「そうです。一体どれほどの時間で現場まで来れるのかと思いまして」

「それならそうといってくれてもよかっただろう」

葵はそういいながら、部屋から持ってきた白色の軍手二つのうち一つを玖音に渡す。

「ありがとうございます。言ってもよかったんですけどね。変にバイアスがかからない方がいいかなと思って」

「なるほど。それで何かわかったのか」

「各々の部屋からこの現場へと来るまでの時間は限りなく短い。全員が少なくとも二分以内。早いものならそれこそ三十秒でここまで来れるでしょう」

「玖音は眠りこけていたけどな。つまりはどういうことだ」

玖音は葵の苦言を聞き流し、話を続ける。

「一応今から議論していくのは上条香が事故死ではなく他殺であるという線を主軸として話していきます」

玖音は初めにそう断りを入れておく。

「そうですね。大がかりな仕掛けが施されていた線は薄いということですね。自分の部屋へ居ながら、上条香に手を下せる仕掛けが施されていたのだとすれば、それは必然的に大掛かりなものになり、事後回収する必要が出てくる。しかし、そんなものを回収する時間は無さそうですし、先に到着していた真昼たちからの話ではそんなものは出てきませんでした。加えて今この場でもそれらしいものも見当たりません。例えば火のにおいなどもしません」

「ということはさっきの議論の結果通り、上条香は事故死という線がより確からしくなったということだな」

玖音はコクリと頷く。

「では上条香が事故死だとして当時の状況はどのようなものだったと推理しますか」

葵は十秒ほど考えるしぐさを見せる。

首許にあるチョーカーを撫でるいつものしぐさだ。

「シャンデリアをつないでいた鎖のうちいくつかがすでにちぎれていた。原因は金属疲労によるもので、結構この屋敷自体古いものであることからそれは十分にあり得る。加えて、そこまで目をひくようなものでもない。昨日の僕らがそのシャンデリアの鎖が何本かちぎれていたとして気が付かなくても全く不思議はない。このシャンデリアはその自重によって近いうちに落ちるさだめだった。そこに運悪くということかな」

「完璧です。私も全く同じことを考え付いていました」

葵は玖音からの称賛を受け取り、顔をほころばせる。

その笑みはひどく蠱惑的で、子供っぽくて、全く殺人現場、死体のすぐそばとは思えなかった。

「すいません」玖音は目をつむり、手を合わせた後に葵から渡された軍手をはめ、死体をまさぐる。

死者への冒涜、呪われても仕方ないと玖音は思う。

やはりむごたらしい。

全身にガラスの破片が突き刺さり、血も出ている。

確実に上条香は死んでおり、もう二度と起き上がることはないことを示していた。

目を深くつむっており、死に際の形相を見られないのがせめてもの救いか。

死体をまさぐるのは玖音の仕事だ。

死体となっていても彼女は女性。

きわどいところも探る必要がある。夫以外の男の手に辱められるのは嫌だろう。

それにこういった汚れ仕事を葵に極力させたくはない。

彼の持つ天真を損ないたくはなかった。

そうして死体をまさぐっているうちに一つおかしなことに気が付く。

「葵、これを見てください」

「どうした」

「彼女は仰向けになくなっている。だからガラスは彼女の前のほうにしか突き刺さっていない。しかし、これを見ると彼女の頭部から血が出ている。これはいったいどういうことでしょうか」

「普通に転んだ衝撃でそうなったんじゃあないのか。彼女妊娠していたというし、体重移動が悪い形に起こってもおかしくはないんじゃあないのか」

「確かに葵の言う通りです。しかし、ここまで……。誰かに殴られたとも見て取れる。半々といったところでしょうか」

玖音にはその傷がどちらによってなったものかは判断できない。

「警察にでも調べてもらえば判明するでしょうか」

「どうだろう。厳しいかもな。警察がどうとかじゃあなくて、望月家がもみ消すような気がする」

「そうなんですよね……」

きっとためらいなく望月家、真昼も含めて隠蔽に当たるだろう。

地方新聞の片隅に乗ることさえないはずだ。

「ああ、それとこちらも気になることがあった。僕では判断しかねる。見てくれ。役に立つといいんだが」

玖音が死体をまさぐっている最中葵は何もしていなかったわけではない。

周囲の捜査。主としてシャンデリアに注力していた。

「このシャンデリアの鎖なんだが、少し断面がおかしくないか」

「大手柄ですよ、葵」

これはさすがに玖音でもわかった。

その鎖の断面は明らかに金属疲労によるものではなく、大きな力によって強引に断たれたものだった。

おそらくペンチか何かを使ったのだろう。

「じゃあつまり」

「これは紛れもない殺人事件」

玖音の見つけたものは証拠になり得なくとも、葵の見つけたものは確固たる証拠だ。

「葵三十秒ほど時間を下さい」

三十秒、その短い時間の中で玖音には事件の真相を見破る自信があった。

「オーケー」

玖音の灰色の脳細胞が「さあ、仕事」だとうなりをあげ、猛烈に熱を帯びていく。

これまでに集まったピースが次々をと形を成していく。

三十秒たたず、実際には二十秒ほどで玖音には事件の真相が判明した。

「少し早いですが、解決編へと参りましょうか」

「流石だな、不肖の僕でもわかるよう説明しておくれ」

「いいでしょう。それでは一緒に事件を紐解いていきましょう」

これは確認のためでもある。

本当に玖音の推理が正しいのか。

「まず、大前提として上条香は事故死ではなく他殺である。これは葵が見つけてくれましたね」

「ああ、そうだ」

鎖の断面それが彼女が殺された証拠である。

「まず、トリックについて先に説明しましょうか。といってもすでに葵が八割がた説明してくれているのですがね」

「つまりシャンデリアは自重で落ちたってことだね。あらかじめ鎖の何本かを切っておいて、自重による落下を待ったと」

「その通り、訂正する箇所はありません」

「うん。確かにそれなら説明はつくんだね。犯人が自身の部屋へと戻れた理由。大がかりな仕掛けが施されていてもない」

「そうです。つまり彼女はあらかじめ殺されていた、もしくは気絶されていたということです」

「確かに。そりゃあそうだ。彼女の意識があったのなら、目の前でせっせこ自分を殺す用意をしているのを見逃すはずがない」

「そして、これには裏付けがあります。私のほうが発見したものですね」

「ああ、その傷はその時にできたものだってことか」

「ええ、そういうことになりますね」

「じゃあ、田中恵は容疑者から除外されるわけだ。女性である彼女が何の痕跡も残さず、ここまで運んでくるのは難しいだろうからね」

葵の推理は一見正しいように見えるが。

「残念、その推理は外れです」

「なぜさ」

「葵は知らないかもしれませんが、彼女相当に鍛えてますよ。きっと女性であるというディスアドバンテージは受けないでしょう。そしてここが重要。あらかじめここへと上条香を呼び出しておけば、死体を移動させる必要がなくなるでしょう。真昼からの話によると死体はまだ温かかったようですし、これが一番可能性が高い」

「ああ。本当だ」

「だから彼女は容疑者から外せません」

「じゃあ、一体だれが犯人だというんだ」

「誰が犯人でしょう」

「意地悪だな」と苦笑を漏らしつつも、葵は真剣そうに思考を巡らす。

自然、チョーカーを撫でる速度も逸る。

「分かった。犯人は上条良。動機は夫婦なんだ、そんな風には見えなかったが、浮気がばれたとか、香の子が托卵とか。いくらでも考え付く。そして何より、彼は犯人探しに消極的だった。これは自分が犯人だとばれたくなかったということだ」

托卵とはなかなかにえぐい発想だ。

確かに筋が通っているが。

「かなりいい線行っています。ではもう少し踏み込んでみましょう」

葵は頭が切れる。

一瞬でここまで推理を組み立てられるのだから大したものだ。

「どうして、こんな危険な場所でことに及んだのでしょうか」

「危険な場所? 周囲にそんな危険なものなんてないが」

「誤解させてしまいましたか。犯人にとってという意味です。ここはみんなの部屋から近すぎる。自重という不安定な手段を用いていますし、犯行するにしてもこんな場所願い下げでしょう」

「つまり、死体を見せる必要があったということか」

こちらの意図することを分かったくれたようだ。

さすがの一言だ。

「今度は正解です」

やはりうれしそうな顔をするのだから始末に困る。

「ではなぜ見せる必要が」

「それは……やっぱり事故死に見せかけたかったんだろう」

「それもあるでしょう。死体を見せることでのポジティブにな理由は思いつきますか」

「う~~ん。仕掛けを回収するとか」

ポジティブ、前向き、ここで玖音の言うその意味とは、事故死に見せかけるとか、仕掛けを回収するとかそういったマイナスを補うという意味ではない。

「それは私の言うポジティブな理由ではないですね。それに仕掛けはないとさっきの議論で結論付けましたよ」

「だよなあ。うん、知ってた」

葵は首許のチョーカーを撫で、苦笑を浮かべた。

「まあ、理由については結構ひどいもので、我欲的というか自己中心的な理由なんで、葵は無理に思いつこうとしても、無駄だと思います」

それを思いつくのには葵は純粋過ぎる。

「だから理由は一旦おいておいて、誰が殺したかに戻りましょう。ただ戻っても千日手なので、ここで一つヒント。真昼たちとの最初の議論を思い返してみてください。最初、私たちは事故死は考えにくい、他殺であると話を進めてきました。それはなぜでしょう」

「チクタクチクタク」と玖音は口を添える。

「シャンデリアは小さいから、このような死に方はおかしいといったのは僕だったな」

「その通り」

「ああ、だから犯人は上条香が妊娠していたことを知っていた人物になるというわけか」

その事実を知らなければ彼女を事故死に見立てさせることはできない」

「そういうことです」

「そしたら、僕の言った通り上条良しかありえないじゃあないか」

「いいえ、もう一人いますよ。私が言ったことです」

「田中恵も容疑者に入るのか」

「二者択一。さて、葵はどちらを選びますか」

葵は目をつむり、考え込む。

首許のチョーカーを撫でる手はもっともっと逸っていた。

「やっぱり、上条良だと思う」

「ファイナルアンサー?」

「ファイナルアンサー」

葵は自分の回答が正しかったのか玖音のジャッジをかたずをのんで待つ。

「残念。犯人はおそらく田中恵です」

「まじか。合ってると思ってたんだがな」

「実際、上条良が犯人であるというのは捨てきれないのですよ。明確に否定はできません。けれど、彼は妻が妊娠しているということを……」

「ああ、その先は僕に言わせておくれ」

「どうぞ」と玖音は微笑む。

「つまり、上条良は妻の妊娠を知っており、それを言う寸前だった。対して、田中恵のほうはいうそぶりがまるでなかった。実際玖音以外の誰もがそんなこと知らなかった。だから彼女のほうが怪しいってことか」

「その通り」

「なるほどな」と葵はぶんぶんと首を縦に振る。

「待てよ」と葵は考え込む。

今度はべつに首許のチョーカーを撫でてはいなかった。

どうやらまずいことに気付かれてしまったらしい。

「じゃあお前、最初から田中恵を疑ってかかっていたのか。そんなに前から何て信じられない。それに田中恵が上条香の妊娠について知っていたことを言わないのをぎりぎりのぎりぎりまで粘って言い訳がつかないまでにしたのか。悪魔じゃあないか」

「た、たまたまですよ」

実際、その通りなのでそういうしかない玖音だった。




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