part11
重たい空気が場を包む。
あれから玖音たちは現場から離れ、初日にも利用した広間へと集まった。
死体はというとシャンデリアのガラスのいくつもが彼女の体へと深く突き刺さり、あまりにむごいものだった。
彼女を辱めないためにシーツをかけてやり、その痛々しいものを隠した。
玖音たちが広間へとついてから、たっぷり十分ほどたったころだった。
「さてと、そろそろ建設的な話し合いをしましょうか」
誰もが口火を切るのをためらうであろう重い空気の中でも真昼は気丈に口火を切る。
机に両手をたたき注目を集めるその様は彼女の気高さとりりしさが良く象徴されている。
「建設的な話し合いって犯人探しでもするのか」
昨日は場を盛り上げるお調子者の性格の伊藤が、そんな皮肉めいたことを言う。
そのような彼が逆に場をより最悪な雰囲気へといざなうのは無理ないことか。
「やめろ、そんなことを言って何になる。この誰もが押し黙る状況の中、彼女が口火を切ってくれたんだぞ。彼女の言う通り、いつまでも押し黙っているわけにはいかない。話し合いは避けられない。年下である彼女に口火を切らせた挙句に、それに文句をつける。それはちょっとみっともないが過ぎる」
久我が正論を振りかざす。
さてどうなるか。
「けど……いやすまない。俺が悪かった」
伊藤は自らの非を認め、真昼に謝った。
極限状態の中、正論を振りかざされば反抗するものもいる。
どうやら伊藤はそれほど耄碌していなかったようだ。
「あら、謝らなくともいいのですよ。何せ伊藤さんのおっしゃたことは事実なのですから」
真昼は口火を切ったことになんのためらいも心労もなかっただろう。
それどころか今度は伊藤を煽ってまでいる。
彼女にはきっと緑色の血が通っているに違いない。緑色ではなくとも少なくとも赤色ではないだろう。
「やめよう。犯人探しなんてしてもしょうがないだろ」
そういったのは良。
ここで初めて口を開いた。
さっきから真昼たちが口論をしていたが誰もが、口論をしていたものだって視線は彼に向けられていたのだった。
なぜかって。
それは殺されたのが彼の妻、上条香であるからに他ならない。
「香は、妻は事故死だ。そうに決まっているんだ」
先までうつむき、目もおぼろげだった良が顔をあげ強く言い放つ。
それを否定するのは真昼。
「事故死……それはあまりに考えにくいですね。よしんば彼女があの時間、たまたま通りかかったとして、加えにたまたまあのシャンデリアが落ちてきたとしてもそれはあまりにおかしい」
「それはどうしてなの?」
田中が真昼に問いかける。
けれど、返答は真昼からではなく葵から返ってきた。
「あのシャンデリアはそんなに大きなものじゃあなかった。ちょうどタイヤくらいの大きさしかなかった。落ちてくるのなら寝ている僕たちに聞こえるほどのものじゃあなかったとしても十分真下にいる彼女は気づけるほどのものだったろうし、気付けたのならばその程度の大きさのもの、簡単に躱す、もしくは防御出来ただろうからああも無防備にやられることはないということだな、真昼」
「その通り。だからその意見は却下ですね」
真昼は冷たく良の意見をあしらう。
さすがについさっき寡男になったばかりなのに辛辣過ぎないだろうか。
「それならば、十分に理由は説明できる」
「へぇ」と真昼は目を鋭くさせる。
「彼女は……」
良が言いよどむ。
その先は玖音が言うことにした。
良を気遣ってのことではない。
玖音が自分自身でいうべきだと判断したからだ。
「彼女は身ごもっていた。だから回避も防御もとっさにはできなかった。そういうことですね」
玖音を除く全員が目を見開いた。
「………………………そうだ。妻は妊娠していた」
絶句。
その言葉がこれほど似合うことはないだろう。
「じゃあ、死んだのは香だけじゃあなかったていうのか!」
伊藤の絶叫がこだまする。
「……そうだ」
「なんてことだ。そんな不幸なことがあるのか」
久我も絶叫する。
「頃合いを見てみんなに発表して驚かせようと香と話し合っていた」
公開処刑もいいところだ。
ついに良は耐え切れず胃の内容物を吐き出した。
すかさず田中が良のそばへと駆けつけ、背を優しく撫でる。
「残らず吐いてしまいなさい。あとは私が片付けるから」
「すまない」良はそういって田中の介錯を受ける。
「話し合いはまだ終わっていません。玖音は」どうしてあなたはそのことを知っていたの。彼れらの仲間でも何でもないあなたが。昨日あなたと長くともに行動していたけれどそんなことつゆも知らないわよ」
当然の疑問。
「観察……というか推理ですね。香さんの昨日の言動から予測しました。例えば、田中さんは風呂場での時異常に香さんを気遣っていました。田中さんはこのことを知っていたんじゃあないでしょうか」
田中が玖音を睨む。
「よくもまあそんなことまでわかるものね。そうよ、私はそのことを知っていた」
田中の行動だけじゃあない。
彼女は運動もお酒も控えていた。
それだけなら別に妊娠にはつながりづらいかもしれない。
しかし、香は風呂場でしきりに彼女の左手薬指をかゆそうに掻いていた。これはきつくなった指輪が指の血管を圧迫していた証明である。
指輪の跡から見て彼女は最近指輪がきつくなるほど体型が変わった。平たくいってしまえば太ってしまった。
単純に太ったのももちろんあり得るが、玖音には別の可能性が思い浮かんだ。
それは妊娠をしてしまったために体型が変わったのだと。
「君は知っていたのか」
「まあね。というか、あなたより先に知っていたのよ。まだ、婚約もしてないのにどうしようって良に捨てられるんじゃあないかって、堕した方がいいんじゃあないかって私に泣きついてきたのよ。もちろんその時私はあの人はそんなこと絶対に言わない。喜んでくれるはずだって、万一、香のいうようなことがあれば縁を切りなさいって」
そうであれば、今回の婚約というのも授かり婚というやつだったのだろう。
「それはありがたかった。香のこと気遣ってくれてたんだな。そしてすまない」
「あなたが謝るようなことじゃあないわ。そう思うなら早く元気に……とは口が裂けても言えないけれど、気を強く持ちなさい。死んでも自殺何てするんじゃあないわよ。もしそれをしたらあなたを殺すわ」
「あはは。本当にありがとう。絶対死なない。香だってそんなこと絶対望んじゃあいないんだから」
「これでひとまず話は終わったかしら。終わったのなら良を彼の部屋……いいえ、私の部屋へ連れて行って休ましてあげたいのだけれど」
出来ればそれは遠慮してほしい。
玖音の心のうちを真昼が代弁する。
「それは却下です。単独行動ではないかもしれませんが、別行動は禁止します。ここに全員で固まって救助を待ちます。幸いインフラに問題はありません。話し合いも終わりましたし、今すぐに本土へ、というか望月家へと連絡します。おそらく救助の船が来るまでに二時間とかからないでしょう。それまでここで安全確保です」
真昼の言っていることは間違ってはいない。
ただそれは……。
「香は事故死と決まったんじゃあないのか。なぜ安全確保にこだわる。話を蒸し返してまだ人狼ゲームを続けようというのか」
伊藤が声を荒げる。
「人狼ゲームいいえて妙ですが、私だって今の話で上条香は事故死だということには納得しています。しかし、それとこれとは話が別。ではあなただけ部屋へと戻りますか。どうしてもというのなら、止めはしません。あなたたちの行動を禁止する権利何て私にはないのですから。ただし、出ていくというのなら安全面は保証しかねます。まあ、ここに全員固まったとしても確実に安心というわけではありませんが。部屋に戻るよりはいくらか安全だと思います。ああ戻る際に「ばかばかしい。俺は部屋へ戻る」などとのたまうのも、もちろん止めはしません」
「ぐぬぬ……」
「伊藤もういいだろ。真昼お嬢様の言う通りだ。ただ、真昼お嬢様も言葉には気を付けていただきたい」
「善処しますとも」
普段と変わらなすぎる表情のままに片目をつむり、紅茶を啜る真昼。
相変わらず真昼は憎らしい面もあるが、その分冷静でいて、頭も回り、口もたつ。
議論をスムーズに進行できたのも彼女の功績が大きい。
「真昼、私と葵は一旦別行動を希望します。理由は現場の調査。いいでしょうか?」
「いいわよ。行ってらっしゃい」
「おいおいおいおいおいおい。さすがにそれは話が違うだろ、お嬢さん。なんで俺らはダメで彼女らはいいんだ」
「さすがにこれは僕も頷きかねる。理由を説明してもらうよ」
伊藤と久我が同時に真昼に疑問を投げる。
至極当然である。
「確かに矛盾しているかもね。けれど、もし上条香を殺した犯人がいたとして私たち三人は考えにくい。だって何の関係もなかったんだもの。それにさっきも言った通り私にあなたたちの行動を禁止する権利はない。だからあなたたちのうち誰かが、お目付け役に立候補するというのならそれはそれでこちらとしても望ましいわ」
真昼の理論も至極当然。
「それで、誰か彼女らについていく?」
「いや、よそう。君の言う通り僕らも命が惜しい」
真昼はやはり弁が立つ。




