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part10

体を揺さぶられている。緩やかに、緩やかに。

気遣うようなその優しい揺さぶりは玖音を起こそうとしているものなのだろうか。

心地の良いその揺さぶりはまるでゆりかごの中にいるようで、もし玖音を起こすためのものならば、これ以上もない。

これ以上もないというのは全くの逆の意味。むしろ快適な睡眠への後押しだと言える。

しかしながら、さすがの玖音もこうも揺さぶられ続ければ、ほんの少しは意識は覚醒する。

かすかに「起きろ」という声が聞こえるほどには。

「起きろ」といわれれば起きるしかない。

やっとこさ、玖音はものを考えられる程度には意識を覚醒させた。

まず、目に飛び込んできたのは眩いばかりの光だった。同時に頬に誰かの手が当てられていることにも気が付く。

警戒態勢を上げる。ともかくは意識を早急に回復させるのが先決である。

そう思ったのもつかの間、その警戒が杞憂のものであることが判明する。

相手が葵だったからである。

玖音は内心ほっと安堵する。男に無理やりにでもされれば玖音のような貧弱ものでは太刀打ちできない。女であっても対処できないかもしれない。

相手が葵なら万が一もないだろう。万が一があったとしてもまあ、その時はその時で考えることにしよう。

「どうしました。もしかしてもう朝なのですか。体感的にはそう眠れたようには感じなく、せいぜい三時間ごろといった具合なのですが」

「どうしたって……やっぱり聞こえてなかったみたいだな。さっきものすごい音がしたんだ。ついでにちょうど前悲鳴も聞こえた。どうも緊急事態らしい。今の時刻は午前三時ごろ。僕らが就寝したのが午前零時であるから、玖音の言う通り三時間後といったところだ。いやに正確だな。それに丑三つ時ときている。確認していないが人死にでも起こったんじゃあないだろうか」

玖音にはまるで聞こえなかったがそんなことが起こっていたらしい。

「何はともあれ、ありがとうございます。葵に起こされていなければ今もぐーすかと眠りこけていたことでしょう。危うく第二の犠牲者になるところでした」

実際に人死にが起きているのだとすると、玖音の言ったことはまるきり現実になっていてもおかしくはない。

命の恩人といっても過言ではないのだ。

ということはだ。葵はその大きな音に起こされて、緊急事態だと知る。そうして現場に行っていないということからそのまま最速で玖音の部屋に来たということになる。

全く嬉しい話だ。小躍りでも始めてしまおうか。

冗談はおいておいて、葵が玖音にどれほどの優先順位をつけているのか気になるところである。

大事には思われているのは確かなはずだ。

現に今この場で状況確認を後回しにし、玖音のもとへと出向いてくれた。

普段の言動からも気遣われているのは確かなはずだ。そのことは六年もの付き合いだから本当にそうだと思う。

しかし、執着を垣間見るかというとそうでもない。

玖音のほうから絶縁を言い渡せばどこへなりとも消えていくようにも思える。

葵は頼まれたことをめったに断ることをしない。友達付き合いもよい。これまたよほどのことがない限り、断ることをしない。

けれど、ほとんどの人に対して自ら誘おうとはしない。

葵の行動指針が「好かれたい」というよりも「嫌われたくない」に振られているように思う。

その葵の行動指針について何度か推理してみたことがある。

推理はこうだ。

「嫌われたくない」行動をとるだけで周りの人はみんな葵のことを好きだと思ってしまうから、「好かれたい」行動をとる必要がない。

伊藤がいい例だ。

彼は最初葵のことを気に入らなかったと言っていた。これは葵の行動指針と合致する。

しかし、自分で推理しておいてだが全く腑に落ちない。おそらく間違っている。

そして、少し話を戻して、葵が自ら誘おうというそぶりを少しでも見せるのは彼自身の家族はともかくとして、玖音と、最近は真昼も、兄は入れてやらんでおこう。

そう、玖音は己惚れているのだ。自分はその他大勢と違い、葵には特別視されていると。

特別視されていても、その程度のことではある。

遊びに誘われたり、今回のように旅行すうことだってあるが、それだけである。

「好かれたい」という思いが少しは葵の行動から見え隠れはしている、だが何度も言うがそれだけ、たったそれだけ。

今まで六年とそばにいてきたが、葵から玖音に対して恋心など友としては逸脱した特別な感情を向けられたと感じたことは一度もない。

さっきも言ったようにすぐに逃げられてしまいそうなのだ。

六年も共にしてきたというのに。

彼の顔のあどけなさもあるだろうか。なんというかはかなげで、今にも消え入りそうで、一緒に歩いていてもいちいち振り向いて確認したくなる、どこかに逃げないよう手をつないでおきたいようなそんな可憐なはかなさを持っているのだ。

「無視するなって、なあ玖音」

肩をポンとたたかれ、思考の海から海上する。

「無視していましたか」

「話しかけてもうんとも言わない。緊急事態だということを分かっているのか」

葵が非難の声を上げる。

それも至極当然である。

人死にが起きているかもというときにのんきに考え込んでいたのだから。

「大方、今のことについて考えていたんだろうけどさ……。後でもできるはずだろ。今はみんなと合流して安全確保が第一だ」

全く持って申し訳ないが、事件について思考していたわけではない。

けれど、助かった。葵は良い方向に勘違いしてくれているらしい。

ならば、ありがたくその勘違いに乗っておこう。

「そうですね。何が起こったのかなと少し考え込んでいました。すいません」

玖音は若干の罪悪感を抱えながらもいけしゃあしゃと言い訳を口にする。

「何が起きたのかはじっくりみんなから聞こう。何はともあれまずはこの部屋から出ることからだ」

葵はそういい、玖音の手を引き部屋を後にした。


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