53 侯爵へのお願い(雇用)
夜中まで続いた宴は眠そうな子供たちもいるということで流石に終わりを迎えた。
締めの言葉を侯爵が告げ、とりあえず各自解散するという時にグランドフェンリルがふと何かを思い出した。
「そういえば我、封印解けて浮かれてしまったがミッツと…ついでにサイに礼をしとらんではないか」
「礼?いや俺大したことしてへんし」
「俺はそもそも封印に携わってもいませんし」
「何を言う。例えお主がここへ来たのが偶然であったとしても我に触れることなく去ってしまった可能性だってあるではないか!更に言えばそこのサイとやらもいなければ里に寄る可能性も無かったかもしれんのじゃろ?」
前足をたしたしと祭壇に打ち付けながらグランドフェンリルはミッツにどうしても礼をすると言う。
「んー…宴の準備待ち中モフモフいっぱいさせてもろたし…割と満足やで?」
「うむ、あれは良い撫でであった。しかしあれは我にとっても褒美のようなもの、もっとお主の為になるような何かはないかの?」
「ついでに言わせて貰うと我々ダルダット家からも二人に礼をしなければならないからな?」
「え、でも泊めて貰っとるし」
「そうですよ」
「あれしきの事でポメルを助けて貰った礼になると思われていたことが不覚なんだが…」
「つまり、我からの礼とダルダットからの礼、どちらも考えよということだの。お主らいつ出発するんじゃ?」
「えっと、明日の昼頃には発とうと思っていますが」
「では昼までに考えよ。今日はもう帰って寝るがいい」
「「ええー…」」
とりあえず全員解散とし、屋敷に戻ったサイとミッツは何も考えず寝ることにした。
「おはようさん」
「おう、おはよう。考えたか?」
「考えられとるってほんまに思っとる?」
「まだだと思ってる」
「それ」
特に夢も見ず爆睡した二人は朝食を頂きつつまだ悩んでいた。
ハウダとアーショは既に食卓についており、一緒に朝食を食べている。子供たちはまだ起きていない。
「それで。何かお願いは思いついたかね?」
「うーん…普通に寝てしもて考えられてませんわ」
「同じく」
「まあ後日フェリルに連絡をくれてもいいが、神狼王様の祝福は受けて行ってくれよ」
「うっ…むしろ向こうで決めてくれた方がええんやけどなぁ」
「いっそのことお任せにするか」
「それもええな、んでそのままフェリルお暇しよか」
デザートの果物を頂いていると子供たちも起きてきたのか、食卓へとやってきた。
正確には、入ってきたビグルがポメラニアンとスコティッシュフォールドを抱えて来た。
「おはようございます…」
「きゃん…」「にゃ…」
眠そうなビグルは当たり前のように眠そうなポメラニアンとスコティッシュフォールドを椅子の上に座らせて、自分の席に座った。
二匹の前の朝食はメイドが下げ、別のメイドがミルクの入った皿を置いた。二匹はちびちびとミルクを舐めている。
「あー、ポメルくんもスコルちゃんも『先祖化』してしまいましたか」
「そのようだな。まだ幼いし、昨日は夜中まではしゃいでいたようだ」
「これが先祖化…!触ってもええかなぁ?」
「基本的に先祖化したら撫でられるのは好きだからね。いいよ」
ミッツが嬉々としてポメルとスコルを撫でに行き、ポメルとスコルもあっさりと椅子の上でお腹を出してゴロンと転がっている。『神狼王の贔屓』は今日も絶好調だ。
先祖化とは、獣人であれば誰にでも起こる生理現象である。
大昔に獣から人型へと進化した先祖を本能が覚えているというのが通説であり、獣人が精神的に成長するまでその本能に引きずられて、獣人の意識を持ったまま先祖の姿になってしまうのだ。
そのせいでポメルは先祖にいたポメラニアンの姿に、スコルは先祖にいたスコティッシュフォールドの姿へとなっている。意識はなんとなくある。
ビグルは長男の12歳で先祖化しやすい歳だが、しっかりしなきゃという気持ちで先祖化を耐えたようだ。
ちなみに大人になっても感情的になれば先祖化してしまうこともあるし、自分で先祖化することも可能だ。
「…あぁーーーっ!!!これや!!」
「きゃんっ?!」「にゃー?!」
「うわびっくりした」
「これやサイ!俺お願い決まった!モフモフカフェの従業員や!」
「…なるほど、先祖化を利用するのか!」
「モフモフカフェ…とは?」
「ハウダ様、俺な、実はこういうこと考えとんねん!」
ミッツは動物カフェの説明と構想、そして動機をダルダット家に説明していく。
初めはぽかんと聞いていたハウダたちも、段々と理解を深めたのかしきりに頷いている。
「なるほど…、わざと先祖化した獣人を従業員として採用か。普通の動物では噛むなどの事故を起こすかもしれないが、獣人の先祖化なら意識はある程度残るので基本的には襲わない。あと普通に撫でられるのは嬉しいし給料も出る。なるほど!」
「獣人には働かせられないという差別もまだ国内にありますし、ちょうど良いかもしれないわね!貴方!」
「ああ、しかも『天遣い』と『悪魔憑き』を原則省くというのが素晴らしい!奴らは大半が獣人や幻獣を何故か下に見ているからな!」
「えー…そうなん?」
「ああ、冒険者だと特に下に見てくるぞ。ミッツも何回か経験あるだろ」
「そういやミチェリアでちょっと仲良うなった冒険者に、個人的にチョコ分けたってもええかなーと思うてたら
【渡り人だから仲良くしてやってるけど『獣使い』ってのがなー。ほんと嫌なっちゃうよねー。あのチョコ?も獣臭いんじゃないの?あははは!(鼻につく声)】
って隠れて仲間と嗤っとったからスマホで録音して受付に報告しといた上で、『この冒険者は昔10股かけていました』って根も葉もある事実を掲示板に貼っといた」
「次からそういうことは俺にも報告しなさい、初耳だぞ。あとは…その事実はどこから?」
「すんません。事実はミチェリア主婦連盟から」
「主婦を味方につけると本当怖いなぁ」
「こほん、ではミッツ殿のお願いは『ひとまずミチェリア冒険者ギルドに開設予定のモフモフカフェの従業員の派遣』で良いかな?」
「いつ稼働するかは分からんけど絶対カフェは開くんで、お願いします!」
「ハウダ様、俺のお願いもそこに上乗せしておいて下さい。特に思い付かないので」
「…分かった。だがもし何か思い付いたら連絡してくれ」
「了解です」
ミッツは モフモフカフェの 派遣スタッフを ゲットした!
次はグランドフェンリルにお任せする気満々なので、ちょっと安心して荷物を纏める二人であった。