51 むかしむかしフェリルでは
「ここはフェリルという名から変わらんのは分かった。我がここに来たのは戦乱と迫害の時代……今が何年だとかは我、暦に縛られるような者ではないから答え辛いが……ざっくり500年程経つのではないかの?周りの木々から見てそのぐらいであろう」
「はあ」
「とにかく酷い時代であった。今はあるか知らぬが当時の大国が国土を広げようとしておっての、確かバグレー王国だったか」
「今はないですね」
「はっ!大陸から消えたか!良い気味だの!意味もなくこの辺りに祝福を授けたい気分だ!」
狼は神妙な気配を少し緩め、一目見ただけで分かるぐらいウキウキとしている。供えられていた酒をちびちびと舐めてご機嫌だ。
「すごい。準神様から消えたことを喜ばれるぐらい酷かったんや」
「うむ、あの愚王は我ら獣から見てもなかなかに酷かった。人間至上主義での、人間の住む地を広げるためにエルフの住む森を毒で蝕み、逃げたエルフは生け捕りにして奴隷や猟奇趣味の貴族の元へ送られた。人間の武器が足りなくなればドワーフの住む洞窟へ兵を向けドワーフの宝である秘宝を取り上げ、同胞をも殺す武器を不眠不休で造らせた」
「なんで俺その時来んかったんやろう。スマホで出来得る限り最大限の攻撃魔法ぶちかましたんに」
「まあミッツ落ち着け。最後まで冷静に聞こう」
「ついでに言うと人間至上主義と言っても、平民は人間として数えられておらんかった。平民の半分は奴隷という扱いよ」
「なんで俺その頃生まれてなかったんだろう。山にでも逃げて反乱軍作って打倒愚王くらいしたのに」
「サイも冷静なってへんで」
二人が憤って、狼が咳払いをして話を戻す。
ちょっとしたお詫びにクッキーをお供え酒の横にそっと置いて、背筋を伸ばす。
「まあその愚王が、手札を強化するために国民の大半を犠牲にして異世界から戦士となる者を召喚し、後に自らを苦しめたんだがの、何じゃこれ美味だの」
「あ、それ地球…俺のおった世界のクッキーや。こっちにもクッキーあるけど、製法が違うらしいねん。というかその話なんか聞いたことあるな」
「確かシルフが話してくれたな」
「なんだ、この辺りは聞いたことがあるか。その異世界からの戦士は途中から『渡り人』と呼ばれるようになった。当時既にフェリルを守るために戦っていた我は渡り人と会い、愚王を倒すための力となったのだ。クッキーおかわり」
「はー、まさに守り神やな。はいどうぞ」
「しかし…我も長い戦いで流石に疲れてしまっての。フェリルの中心で力をまた蓄えるために渡り人から封印を施して貰ったのだ。次見る景色が、我が戦わなくても良い平穏なフェリルであったら、条件を持つ者が我に触れた時に封印が解かれるようにした。うむ美味」
「条件?」
「平和な時代であること、渡り人が触れること、個人的に狼や犬が好きであれば尚良し」
「ミッツじゃないか」
「俺やなぁ」
「あの渡り人も言っておった。『犬派に悪い奴はいない。猫好きも兎好きも、動物好きならたぶん悪くない』と」
「それは言い過ぎちゃうか」
「そういうわけで、渡り人でも犬好きであれば我の祝福が入るようになっておると思うんだが、それらしき物は持っておるかの?」
祭壇が少しだけ静かになった。
狼はむしゃむしゃとクッキーを食べ続けている。
「えっじゃあ俺の称号にある、神狼王の贔屓っちゅうのは…」
「うむ、渡り人の中でも犬派に付く称号である。犬や狼、その系統の獣人から特に信頼されやすくなる」
「…あー、なるほどね…」
昔話と石化解除の条件を聞いて納得した所で、侯爵家の馬車がまた最大速度で帰ってきて急停車した。
この馬車が普通に走っている所をあまり見てないなぁとミッツが思いつつ、シャーフを置き去りにしてハウダが階段を駆け上がって来るのを見守った。
「サイ殿!!!神狼王様が!?」
「落ち着いて下さいハウダ様。こちらにおられます」
ハウダが息を整え、毛繕いしていた狼と対面する。
「お初に御目にかかります!私、狼吼里フェリルを代々治めるダルダット侯爵家が当主、ハウダ・ダルダットと申します。貴方様は、このフェリルを戦乱からお守り下さり、フェリルに安寧の結界を張って下さった、かの神狼王様で間違いありませんか?」
「…うむ、段々思い出してきたぞ。いかにも。ここで石のように佇み、お主らが信仰してくれていた存在を神狼王と呼ぶのなら、まさしく我が神狼王だ」
「おお…!」
その言葉にハウダを含めその場にいたフェリルの住民全員が更に伏して祈りを捧げる。
サイとミッツはぽかんとその光景を眺めていたが、ミッツがふと疑問を口にした。
「思い出したて、何を?」
「うむ、我は封印により石化はしておったが意識はうっすらあっての。封印直後から今までの記憶全て思い出した。皆、良く我を奉ってくれての、少々照れてむずむずする所もあった」
「まさか意識があったとは…」
「ハウダと言ったか。お主あれだの、長男生まれる前日に我に安産祈願しに来たじゃろ?我、流石に安産まで祝福出来なんだが翌日出産報告に来た時に供えた上に我へとかけた酒、あれ美味であった」
「うっ…覚えておられたか……長男は難産でして…無事生まれてつい…」
「かけて貰った方があの時は味が分かったから良い良い。まだあれば慶事の際少し呑みたいだけだ」
「今日がその慶事ですので、よろしければこれからお持ちします!が、その前に…」
ハウダは振り向くと、祭壇の丘から見える祈り続けている者に向かって大声を出した。
「ここで見ている者は既に把握している通り!今この時をもって神狼王様が再びこのフェリルに元気なお姿を見せて下さった!これ以上ない慶事である!よって急ではあるが……今宵この祭壇丘で宴を執り行う!まだ知らぬ者にも告げ、店を出せる者は準備をし、そして出来る限り参加せよ!我らダルダット侯爵家からの命である!」
「「「はい!」」」
住民が各々駆け出し、ハウダも準備のために戻ることを伝えて馬車はまた急発進していった。そろそろ馬車の車輪が不安になってくる。
「では、いらないとは思うが俺たちはここで警備でもするか」
「せやなぁ。そういや、えっと神狼王さん」
「む?」
「昔のフェリルでは何て呼ばれとったん?渡り人と契約でもしとった?」
「いや、渡り人は『非契約者』で、ただの友であった」
「我はしがないグランドフェンリル。渡り人にして英雄ユーヤの友である。名はあるが契約者もおらぬ身、故に好きに呼ぶがいい」
「うーん、英雄が同郷の可能性。ますますラノベやなぁ」