50 神狼王
「えっ俺この石像と関係あんの?!俺、犬に関しての心当たり、柴犬のフウマしかおらんのやけど!?」
ミッツがスマホを起動させて待受画面を皆に見せる。
通話アイコンと音声検索アイコンと設定アイコンの下には、ミッツにとっては見慣れた松島家の愛犬、柴犬のフウマが笑顔で写っている。
「あら可愛いですわ、少しむちむちですわね」
「凛々しいです!」
「見たことのない外見の犬ですな、シバイヌと言うのですか?」
「俺のおった国固有の犬種やで」
称号については今考えてもよく分からないので、ひとまず皆と一緒に正式なお参りをすることにした。
お祭りでなくても正式なお参りは出来るため、見本としてまずシャーフが狼石の前に立つ。
「通りすがる時などは簡単に両手を組むだけで結構ですが今回は正式なお参りですので最初から。まずは今のように階段を上り、狼石の前に立ち、両手を組み合わせ、ご挨拶をします。思うだけでも良いですし、声に出しても構いません」
シャーフが両手を組みながら「神狼王様、お久しぶりです」と声に出して挨拶をする。
「次に横にある、聖なる杖を模した棒をお口に添えます。これは神狼王様が里を守る際に咥えていた聖杖をモチーフに作られたものです」
狼石の祠横にある台に置かれていた、珠がいくつも付いた金属の棒を手に取り、口を開けている狼石にそっと咥えさせる。
棒を咥えてきた犬のように見えなくもない、とミッツは思ったが黙っておくことにした。
「ここで神狼王様に告げる願いなどを頭の中でお伝えし、終わったら棒を外して元の位置へ戻し、頭をお撫でして、後は帰るだけです」
咥えた棒を外し、狼石の頭を撫で回してシャーフが一同の元へと帰った。
ダルダット一家もサイも同じくお参りをし、最後にミッツがお参りする番となった。
「えっと、初めまして。渡り人のミッツ言います。こっちは飼い犬のフウマ」
なんとなく狼石の目の前にスマホを見せてみる。
次に狼石に棒を咥えさせ、とりあえず近況報告をした。
(えーと、ここに何でか分からんけど来てしもて、まあまあやってると思いますわ。でも契約?もまだ出来てへんしほんまに一人になって暮らしていけるんかまだまだ不安やけど、何で俺ここ来たんやろ?、まあそんな感じです)
ミッツがふわっとした考え事をして棒を外そうとした。
が、しかし。
「…外れんのやけど?」
「え、そんなはずは…」
サイとシャーフが狼石の口元を見ると、さっきより口の開きが小さくなっている。
何かおかしいと思い、ミッツを狼石から一旦離れさせようとした次の瞬間、石像が急に金色に光り出した。
「えっ?!」
「なぁに!?」
「母上!ポメル!スコル!僕の後ろへ!」
「もしもし!『とりあえず防壁』!」
ビグルがアーショと兄妹を庇いその前でミッツがスマホで全員を覆う防御魔法を発動させている間に、光は金色から虹色へと変わり、銀色の光のシルエットを一瞬放った後、そこにあった石像は既に無かった。
そこには『大きな純白の狼』が一匹いた。眩しそうに目をしぱしぱさせ、キョロキョロと辺りを見渡して伸びまでしている。
「……ねえシャーフ…狼石様がないよ…?」
「…左様、ですな…」
「…まさかとは思うが…」
ダルダット一家と執事と冒険者たちはヒソヒソと話し合いをし、代表してシャーフが話しかける。狼は誰か話しかけそうだがしばらく時間がかかりそうな雰囲気に痒い痒いして待っていたが、やっと話しかける者が向かって来たので向き直っていた。
「…あの…お言葉は通じますでしょうか…?」
「……うむ、話すことも出来る」
「私、この狼吼里フェリルを領地に治めるダルダット侯爵家の筆頭執事でシャーフと申します…。失礼ですが、貴方様は、…神狼王様であらせられますか?」
「我が名乗ったことはないが、この身が準神となっているのは解る。今はそう呼ばれておるのならば、我はその神狼王という存在なのだろうよ」
妙に頭に響く、しかし穏やかな男の声で狼はしっかりと答えた。長年狼石として奉られていた存在であるのは間違いない。
シャーフは慌てて祭壇をサイに一時任せると、混乱でふらつく夫人を抱き抱え子供たちを馬車まで急かし、領主であるハウダの元へ急いだ。
その間にもフェリルの住民が異変を感じて集まってくるが、狼の神々しさを見るや否や全員がその場に両膝をつき頭を下げて拝んでいる。
なんとなく居心地が悪いが動くわけにもいかないサイたちを、狼はぶるぶるした後のんびりとした様子で観察して話しかける。
「のう、そこの。お主、渡り人であろう?」
「えっ?俺?まあ、せやけど…」
「平和な時代となっても渡り人は来るのか、なんとも不思議よの!」
カラカラと笑っている狼にサイが質問をする。
「何故今が平和だとお分かりで?渡り人だと分かったのは?」
「む、お主もなかなか数奇な……まあ良い、話してやろう」
狼は伏せると自分のことについてを語り始めた。