48 やりがいのあるお仕事です
一方、ミチェリアでは…の回
シャグラス王国の主となる大きな町には、その近辺で捕らえられた犯罪者や盗賊を一時収容するための施設として『拘留屋敷』という国公認施設がある。
一見大きな普通の屋敷にも見えるが、王国直属の騎士が配備されており、地下牢や尋問設備なども完備された正統派拘留所である。ここで尋問を受けて重罪だった場合はシャグラス王国最北端にある最も過酷な監獄へと運ばれるのだ。
少し前に捕まったダルダット侯爵次男の誘拐犯たちもミチェリアの北門へ着くと同時に、先に連絡を受けていた王国騎士と警備兵と冒険者によって拘留屋敷へと丁重に案内されていった。ルージュバジリスクは馬車に巻き付いたままシャーシャー鳴きながらしっぽ?をぶんぶん振り町を眺めている。たぶんご機嫌だ。
「シャーキュルルッ」
「そうですよルージュバジリスクくん。ここが辺境町ミチェリアです。私は普段ここで暮らし、仕事をしているんです」
「シャ!」
「え、いい町ですか?ふふ、ありがとうございます」
「あの…商業ギルドのタレゾさんですね?お話…?お話し中すみません。王国騎士団のミチェリア配属隊副隊長ブラハーナであります」
「あっ失礼しました、商業ギルド職員タレゾ・クルールです。今回の件は先に連絡させた通りですが……詳細は拘留屋敷でお話ししましょうか?」
「そうですね、そうして頂けると……ところで…その蛇は…」
「シュー」
「ひっ」
「ゴッド級冒険者であるサイ・セルディーゾ様から護衛にと付けて頂いたルージュバジリスクくんです!私とすごく仲良くなって、しばらくお世話もさせて貰えるんですよ!」
「シャー!」
「『こんにちは!ここはいい町ですね!』だそうです」
「今のが?!」
騎士であろうと兵であろうと怖いものは怖い。とにかく職務を全うすべく誘拐犯たちは尋問室へ連行され、タレゾは事情を話すために応接室へ通された。
その間ルージュバジリスクは屋敷の前の庭で丸くなっていることにした。ルージュバジリスクの顔の真横が尋問室で、うっかり窓を見たらルージュバジリスクとバッチリ目が合うのはきっと偶然だろう。たまに応接室まで悲鳴が聞こえるのは尋問に怯えているからに違いない。
「私たちが野営地に一番乗りしまして、しばらくして少し荒々しく貴族馬車が入ってきました。やけに粗暴な私兵もいて、おかしいと薄々感じつつも確証もないのでそのまま宿泊の準備を続けていると、冒険者が2組野営地に入ってきたのです」
「ほう、その内1組がサイ殿のパーティだったと」
「ええ、ミチェリアで既に知り合いだったもので挨拶もしっかりされ、その後は別行動だったのですが…その間にポメル様を保護されたと」
「確か報告だと、サイ殿の連れが保護したとあるな。…変声魔法も使って保護?女のふり……?」
「そこは私も詳しく聞いてないのですが、ミッツ様は渡り人ですので我々には思い付かない方法でも取られたのかと思います」
「ああ!あの渡り人のミッツ、サイ殿と同じパーティだったのか!偏屈婆の案件は本当に助かったんだよな!」
「商業ギルドでもあのクエストは解決することがないと思われてましたよ…」
「ああ……ここに配属される調子乗った新人の心を砕くのにちょうどいいクエストではあったんだが、解決出来たのは普通に有難かった」
ミッツがビショップ級昇格となった『ミチェリア偏屈婆の立ち退き案件』はミチェリアにやってくる冒険者・王国騎士団・兵士たちを常に悩ませていたので、しみじみとした空気が応接室に流れた。
「えーと何でしたか。そう、それでポメル様を保護してサイ様が我々に報告をして、サイ様の魔法で全員を捕縛、そして監視としてルージュバジリスクくんを呼んでくれたのです」
「なるほど…話は分かった。あとはこちらで尋問を行って、その詳細はタレゾさんとフェリル冒険者ギルドに伝えるように手配しよう」
「よろしくお願いします。あっブラハーナ様、指名手配捕縛の報酬も分けて各口座に送られるようにお願いしますね」
「ああ!」
タレゾはにこやかに拘留屋敷を出ると、上司への報告と自分の代わりに王都へ行く職員を探すために商業ギルドへ向かった。
そんなタレゾを見送るとブラハーナは尋問室へ様子を見に向かった。ちょうど騎士の一人が出て来たので様子を聞く。
「調子はどうだ?」
「ああブラハーナ副隊長。だいたい吐いたと思いますよ」
「…そうか……ところで今日の尋問は…」
「えっと……一番やる気だったのであいつが…」
「…御愁傷様だな」
尋問室の扉の隙間から中がチラリと見える。見えてしまう。
見える範囲では数人の誘拐犯が倒れており、全員もれなくやつれている。そして全員泣いている。おそらく尋問室にいる誘拐犯は、ネルギも私兵もどきも全員泣いているだろう。
尋問室から一仕事終えた騎士がぞろぞろと出て来て、最後に出て来た騎士はとても生き生きしている。
「あ!ブラハーナ副隊長!お疲れ様です!」
「…あ、ああ。今日はまた一段と…その、楽しかったか?ティモ」
「はい!とても!俺、久々にこんな大人数と遊べました!見て下さいこれ!」
ティモと呼ばれた、金髪碧眼のいかにも王子様といった外見の青年はその甘い顔を赤らめながら数個の白いものをブラハーナに見せてきた。
「……その………歯、だな…?」
「はい!これは尋問中に脱走しようとしていた男たちの新鮮な歯です!綺麗に飛び抜けたので嬉しいです!」
「抜けちゃったか…」
「ええ!俺がちょっと顎を打った時に綺麗にポーンって!いやぁ我ながら…いい拳でした…。そこを見た他の人のあの怯えた顔!正直ゾクゾクしました…!」
血と肉片がちょっと付いた歯をうっとりと眺めている青年ティモは、少しばかり王都で問題児だった為、半月前にミチェリアへ左遷させられた青年である。
普段は女にモテる青年で騎士としても問題はないのだが、尋問担当になると、ついうっかり尋問対象…特に男を楽しそうに殴ったり、嬉々として実力行使するのだ。つまりちょっぴりサイコパスである。
「…そうか…まあ、普段の仕事は大丈夫そうだし…この調子で半殺しまでで頼むわ、な?頼むぞ?」
「はっ!このシャグラス王国騎士団ミチェリア配属隊ティモ・ビートバイト、ここで精一杯頑張ります!ええ!」
ティモは爽やかな笑みを浮かべながらハキハキと上司に告げる。
「実にやりがいのある仕事ですので!」