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世界征服方法を企画せよ 〜ある商社マンと生成 AIの7日間〜  作者: 松本 俊介


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第十章 独立と再会

## 第十章 独立と再会


会社を辞めたのは、その後しばらくしてからだった。


大きな事件があったわけではない。長い時間をかけて、少しずつ、「自分が本当にやりたいことをやろう」という気持ちが固まっていった。あの七日間が、その種を植えたのかもしれない。自分一人で考え抜いた経験が、会社という組織の外でも自分は生きていけるという、根拠のない自信を与えてくれた。


コンサルタントとして独立した。


古いビルの四階、六畳ほどの一室を借りて、小さな看板を出した。最初の半年は暇だったが、口コミで少しずつ仕事が来るようになった。中小企業の経営改善、新規事業の立ち上げ支援、組織開発のサポート——それまでの商社での経験が、案外いろいろな場面で活きた。


ある日の午後、三時過ぎ。ドアをノックした人がいた。


少し年配の男性だった。スーツの質はいいが、全体的に草臥れた様子で、どこかを長い間探し歩いていたような疲労が顔に滲んでいた。


「松本様でいらっしゃいますか」


「はい、そうですが」


「やっと、見つけました」


男性は室内に入ってきて、私の手をしっかりと握った。力が強かった。


「私は、かつて会長の秘書を務めていた者です。橘と申します」


橘。その名前を聞いた瞬間、私は数年前の朝を思い出した。「秘書室の橘でございます。至急、会長室へお越しいただけますでしょうか」という、あの落ち着いた女性の声の。


しかし目の前の人物は、声の感じとずいぶん違った。男性だった。もしかしたら別の橘さんかもしれない、と思ったが、続きを聞くことにした。


橘さんは椅子に座り、鞄の中から一枚の書類を取り出した。


「会長がお亡くなりになって、しばらくして、書斎の壁の後ろに隠し金庫があることがわかりました。開けてみると、現金と、いくつかの書類が入っていました。その中に、これが」


橘さんが差し出したのは、私が数年前に提出した企画書のコピーだった。


七つの征服者たちの計画が並んだ、あの比較表。豊臣秀吉、チンギス・カン、スペクター、ショッカー、ドクターヘル、ドクターゲロ、火星人——七人の名前が並んだ表を見た瞬間、あの七日間が一気に蘇ってきた。コンビニ弁当を食べながらノートパソコンに向かっていた夜、AIが次々と長大な計画書を吐き出してくる興奮、「さすが秀吉」とか「火星人高すぎる」とかつぶやいていた自分。


表紙の右上に、細い字で走り書きがあった。


「かせい、たのみむ」


震える手で書いたのか、字が少し乱れていた。それでも、一文字ずつ丁寧に書こうとした形跡があった。


「火星」と「頼む」——おそらく、そういう意味だろうと私は解釈した。会長は最後まで、火星人案にこだわっていたのかもしれない。七案の中で唯一「捨て企画」と判断したものを、隠し金庫に入れて保管していた。会議の場では一言も発しなかった会長が、心の中ではずっとあの計画書を温め続けていたのだ。


「他の企画書はありましたか」と私は聞いた。


橘さんは少し考えてから、「他の方々の企画書も金庫に入っていましたが、会長が自分で選んで手書きメモを添えていたのは、これだけでした」と答えた。


なぜ火星人案だったのか。最も現実性が低く、費用が最も大きく、おまけに地球の大気を変えてしまうリスクまである案を、なぜ会長は選んだのか。


「会長は、宇宙がお好きだったのですか」と聞いてみた。


橘さんは少し目を細めた。「子どもの頃から天文観測が趣味で、自宅に望遠鏡が三台ありました。晴れた夜は必ず屋上に上がっていたと、ご家族から伺いました。亡くなる少し前まで」


そういうことか、と思った。


「会長の夢だったと思います」と橘さんは言った。声が少し詰まった。「コンサル料はきちんとお支払いします。ぜひ、実現してください」


私はしばらく、その走り書きを眺めた。「かせい、たのみむ」。七文字。晩年の会長が、震える手で書いた七文字。その向こうに、星空を見上げていた少年の姿が見えるような気がした。


「えー」


気づくと声に出していた。橘さんが「はい?」と聞き返した。


「いや、あの……」


どう答えたらいいかわからなかった。「無理です」とも言えなかったし、「やります」とも言えなかった。ただ、「えー」という音だけが口から出た。

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