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美しき人

 矢のような速さで脈打つ鼓動と、サウナにでもいたのかと思われるほどの大量の汗。足がもげんばかりに走ったせいで痙攣のごとくプルプルと震えている。メイドは良く利く耳を持っているのか、玄関で倒れこむ慎也のところにすぐさま駆けつけてきた。

「どうなさったのですか?こんなに汗が…」

 優佳はそう言うなりどこか行ったかと思うとすぐにタオルを持ってきて、ご主人様の体から吹き出る水分を拭きとるのであった。

「お身体は大丈夫ですか?」

 まさか慎也が外で立派な犯罪を犯してきたなどとは微塵も思っていない優佳は、誰かに暴力を受けかけたのではないかと思っていた。せっかく外の世界に馴染もうとしているのに、ひどい人たちね、と都合のいい誤解をしていた。


 優佳はそれからもいくつかの質問をしたのだが、慎也は何も答えることもできず、焦点の合わない目で天井を見つめていた。その一方で頭は熱く働いていた。俺はこれからどうなるんだろう。間違いなく警察に通報される。俺の顔は特徴的すぎる。顔を覚えられていたらもう絶体絶命だ。…いや、大丈夫だ。確かあの娘は俺の顔は見てなかった。そうだ。俺の股間こそまじまじと見ていたものの、俺の顔は一瞬しか見てなかったはずだ。…それなら大丈夫だ。大丈夫だ。心配することはない。慎也の心を覆っていた暗雲はあっという間に消え去った。そしてすっかり安心したのか、玄関にそのまま眠ってしまった。あまりに深い眠りで、優佳がいくら身体を揺すろうとも起きる気配がなかった。そこで優佳は慎也の細い体をなんとか背負って、2階の慎也の部屋まで運ぶというメイドがやることではないような重労働を嫌な顔せずにやってのけたのであった。



 家にたどり着いた直後は気が動転していた慎也だったが、一夜明けて落ち着くと、昨日の素晴らしい表情を早速思い浮かべていた。優佳とは違った配色に、また顔を赤くして息を荒げるのであった。ただ、さすがに警察は怖いらしく、しばらく外出することはなかった。数日の間はあの娘の表情を何度も何度もしがむように味わっていたのだが、次第に慎也の日課の矛先は再び優佳へと向いたのだった。


 久しぶりに優佳という女性を意識した慎也が改めて認識させられたのは、優佳の全ての面での素晴らしさであった。確かに先日の娘はこれまでの学生生活で出会った女性の中でも飛びぬけて可愛らしかった。だが、慎也を一時的に苦しめたあの行動を思い出すと、反抗するわけでもなく全てを受け入れてくれているような優佳に軍配が上がったのだった。



 しかしながら、優佳もさすがに逸材といえど、望み通りの色を出せないのでは魅力も半減だ。これからはどうすればよいものかと慎也は頭を悩ますのであった。

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